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8月11日(金)
非常勤先の飲み会に参加。私を呼んでくれているA先生が前期の打ち上げを企画したのだけれど、おもったほど人があつまらなくて、急遽、お呼びがかかった。
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参加者は六名。うち二名は、昨年度、私の授業に出てくれたので顔なじみ。初対面の人のなかにBさんがいた。男性。歳は四十すぎ。仕事の合間に、講義を聴きに来ているらしい。はじめは講義だけだったが、今学期からA先生の講読演習にも参加するようになった。
この人、妙にクラシック音楽にくわしい。二十年以上にわたって、 CD を買っては、批評家の文章を読んでいるという。
このあいだ、らびさんが、 CD の解説文を丸写しにした人のことを話題にしていた。剽窃は世のクラヲタに共通する問題なのだろうか。そんなことが気になって、Bさんをかなり冷静に観察してしまった。
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A先生の専門は英米文学だが、ドイツ文化にも造詣がふかい。クラシック音楽も大好きで、チェロを弾かれるし、某オーケストラの演奏会には毎月いっておられる。演習のあとで、音楽専攻の学生と一緒に CD を聴いて、議論されることもあるらしい。今日も、話題は、先生の大好きな《ザ・グレイト》へ。ラトルの演奏は第一楽章があざといとか、そんな話をされていた。いつものことなので、適当に相槌を打っていたら、C嬢が、先生にお薦めの CD を尋ねた。
「なんと答えるだろう?」とおもっていたら、ここぞとばかりに、Bさんが発言。「一番いいのはヴァントですね。あと、チェリビダッケとか、セルとか。マイナーなところでは、テンシュテットやケンペなんかもいいですよ。すごいのはフルトヴェングラーですが、まあ、初心者にはベームを薦めます」といったことを延々くりかえす。そういわれても、C嬢はクラシック音楽についてほとんど知らない。困ったような、感心したような顔をするだけ。
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Bさんの言葉は、もちろん、親切心から発せられたものだ。しかし、多少の自己顕示欲を感じさせないでもない。自分はたくさん CD を聴いてきて、他人よりもくわしいという思いがあるのだろう。そういう気もちについてあれこれいうつもりはない。私が、Bさんの発言で気になったのは、つぎのふたつ。
ひとつは、「初心者」という語を連発すること。素朴な疑問だが、 CD を聴くのに、「初心者」ということが、どれほど意味をもつのだろう。Bさんは音楽の勉強をしたことはない。楽譜を見て音が浮かぶ人でもない。音楽史の知識がそれほどあるわけではないし、ハンスリックやアドルノの本を読んだこともない。その点では、A先生も私も似たようなもので、素人というしかない。学生にくらべて、音楽に接している時間が長いだけ。そんな素人が他の素人を「初心者」と呼ぶことがなんだかおかしかった。C嬢も、「初心者」といわれつづけて、すこしづつ機嫌をそこねているようだった。目くじらを立てるほどのことでもないけれど、ちょっとした驕りのようなものを感じないでもない。
疑問におもったのは、「初心者」のための演奏が存在するかということ。Bさんの紹介の仕方だと、最初に聴くべき CD 、中級者向けの CD 、上級者用の CD といったものが用意されていることになる。ベームは初心者用の指揮者らしい・・・。たしかに、極端にクセのある演奏もあるので、Bさんがいろいろいいたくなるのもわかる。だが、そのことをきちんと説明しないから、C嬢は、「初心者」むきの、いわばワン・ランク下の演奏があると誤解していた。それに、Bさんだって、二十数年まえに、「初心者」用の CD を買ったわけではない。重要なのは、まず曲を聴いてもらうことだろう。饒舌なのは「ヲタク」の常にしても、「初心者」にあれこれいっても混乱するだけ。演奏にどんなクセがあるか、どの演奏が気に入るかといったことは、「初心者」が自分の耳で発見していけばいいのではないか。
お薦めの CD を訊かれた場合、自分がいちばん感動したものを、素直に、紹介すればいいとおもう。録音が古かったり、演奏にミスが多かったりするなら、そう断ればいい。相手はこちらのセンスを信用して尋ねているのだから、正直に、それに応えるべきだろう。どうせ究極至高の一枚なんてものはないのだし、尋ねた人がもし興味をもったら、あとは自分で CD を集めたり、演奏会にいったりするのではないか。
もうひとつBさんの発言で気になったのは、むかし読んだ評論家とそっくりな表現をすること。「ロマンティックさが匂い立つようなカンタービレ」とか「チャーミングなルバート」なんて、ふつう、いわないでしょう・・・。音楽用語を多用するのは衒学的だし、質問してきたC嬢が「初心者」なだけに、不適切だとおもう。Bさんは、どこかで聞いたような表現をつかって CD の特徴を挙げていく。他人の表現や感想を、無邪気に自分のものにしている。どうせなら、二十年以上 CD に親しんできたというBさんの感想を、Bさんの言葉で聞きたかったのだが、出てくるのは、評論家の意見ばかり。らびさんの挙げたような「ヲタク」は稀な存在だとおもっていたが、まさか似たような人に出会うとは・・・。
そんなことを考えていたら、やおらA先生が、「Bさんは評論家みたいですね」といった。Bさんは褒められたような顔をしていたが、どう考えても皮肉だろう・・・。
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念のために書いておくが、Bさんは、決してわるい人ではない。大学で会ったら、一緒にお茶を飲みにいってもいい。それだけに、強烈な「ヲタク」ぶりを見せつけられて、かなりおどろいてしまったのだ。
私が友だちと話しているときも、Bさんと似たようなものかもしれない。他人の感想を鵜呑みにしていることだってあるだろう。あまり偉そうなことをいうつもりは毛頭ない。だが、すくなくとも、自分のつかう言葉を吟味し、知らないことは知らないという素直さをもっていたい。それが、素人の良心のような気がする。
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【続き】「匂い立つようなカンタービレ」「チャーミングなルバート」って、言われても(困)。オイラ、目の前でそんなこと言われたら「はぁ?」と聞き返すいぢわるな人間です。理詰めで困らせるかも。「どの部分がカンタービレ?楽譜に書いてある?」とか「ルバート?リタルダンドでなくって?」とか。・・・いやいや、今度から言われても無視するようにしましょう。心の広い人間になりたいもので(毒)。
2006/8/13(日) 午前 9:21
そのB氏のような方は、クラシックに限らず何についても自分より「後発」の「初心者」がいると得意になってしまうんでしょうね。長く長く聴いている人も「初心者」もないと思うんですけどね。おっしゃる通り単純に素直に自分が好きだったものを言って終わらない。まさに「自己顕示欲」そのものなのでしょう。
2006/8/13(日) 午前 11:05 [ mar*in*bba*o ]
>イリゴミさん、そういうふうにいいたくなりますよね。私も CD 棚を見ながら、似たような感じで、「これはどんな演奏だったかな?」と考えますし、ヲタクな人とはおなじような会話をしていることでしょう。ただ、具体的な話をしないなら、あまり生産的ではないですね。まず「いい」という語を説明しないと・・・。
2006/8/13(日) 午後 1:29
>らびさん、あの記事のあとだったので、私自身かなり驚きました。知識は非常に重要ですが、音楽経験は知識に還元されるものではない。これが、藝術の面白いところであり、面倒なところでしょうね。ただ、すくなくとも、自分のつかう言葉には責任をもたなければなりません。説明できない言葉はつかわないとか、ね。。。 語弊があるかもしれませんが、この世界、「知ったかぶり」が横行しているのかもしれません・・・。
2006/8/13(日) 午後 1:37
>マルさん、Bさんは完全に空回りしてましたね・・・。自分の経験を、実技や音楽史や音楽学、あるいは美学の見地などから、しっかり解明しようとしているのなら、「初心者」発言はまだわかります。ですが、Bさんの場合、評論家の言葉をそれらしくつかえるようになればいいとおもっているところが問題です。
2006/8/13(日) 午後 1:44
初めてお邪魔します。専門用語を振りかざせば分かったような振りができるし、相手を納得させることも「それなりに」可能でしょうね。ただプロの批評家の中にも「この人本当に分かってるのかな」と思うときもあります。なるべく平易な言葉で本質を語りたいと、自分も含めて思います。
2006/8/13(日) 午後 2:34
クラシック鑑賞歴の浅い人からお勧めの演奏を尋ねられ、答えなければならないことほど、難儀なことはありません。最初は録音の古いものを避けたほうがいい。わたしができるアドヴァイスはこれくらいでしょう(カロやんと意見が違うでしょうが)。ところでわたしが「一番いい演奏は誰々…」というような人と話さなければならない立場だったらどうするだろう。しばし考えてしまいました。「評論家みたいですね」と言われて皮肉と気づかないセンスの人と話さねばならないとしたら…。
2006/8/13(日) 午後 2:55
> dsch156 さん、はじめまして。クラシック音楽になにをもとめるか、どう係わっていくのか、といったことは人それぞれです。趣味の話だし、とやかくいうのは無粋かもしれません。ただ、他人にむかってなにかを発信するのであれば、守るべき事柄があるような気がするんですよ。「平易な言葉で本質を語りたい」。これは、ほんとうに、おっしゃるとおりですね。そうありたいものです。
2006/8/13(日) 午後 3:33
>ふじさん、専門家でも悩みますか。そうでしょうね。たしかに、私は、録音のことはほとんど意識しないです。「古い録音でもいい?」と聴いて、イヤだといわれたら、また考える、といった感じです。「いちばんいい演奏はどれですか?」といってくる人もいますね。人間はどうしても客観的な尺度や順位を要求し、できれば最高のものを得たいとおもうんですね。ただ、そういうことが藝術の世界にも簡単にあてはまるかどうか・・・。むずかしいです。
2006/8/13(日) 午後 3:46
> *** さん、どうなんでしょう。あとでうかがいます。
2006/8/13(日) 午後 4:26
> *** さん、了解しました。
2006/8/13(日) 午後 9:13
> *** さん、そんなことないですよ。事情はわかりました。いまからうかがいます。
2006/8/16(水) 午後 11:16
そちらのゲストブックにメッセージを書きました。
2006/8/16(水) 午後 11:38
消さんでいいところまで消してしもた。しかしこの記事、いろいろあったねぇ。。。
2006/8/16(水) 午後 11:50
> *** さん、どういたしまして。どうぞよろしくお願いします。
2006/8/17(木) 午前 11:53
>ふじさん、すまんのし。 たしかにね。まあ、いろんな意見をいただけるというのはありがたいことです。
2006/8/17(木) 午前 11:54
ご無沙汰してます。率直に自分の言葉で語るのって、難しいですよね。私は苦手です(苦笑) 見たまま聴いたまま、感じたままを言葉にする事なのでしょうが、言い終わって暫らくしてから、あっこう言えば良かったとかあれをいい忘れたとか・・・、いつもこんな感じです(笑)
2006/8/18(金) 午後 9:28
僕が狂言はまだしも、能楽の演奏家を聞いたら「なにそれ?」と思うのと同じでしょうね。作曲者と曲がきまってるのなら、とにかく誰でも良いから聴いてみる、と思いますね。好きになってしまった曲や演奏家があるなら一度コンサートに足を運ばれてと思うのですが。まあ、いろんな方が見えますね。
2006/8/20(日) 午後 3:07
> Guitarra さん、こんにちは。そうですね、感じたことを言葉にするのって、むずかしいです。適当な文句が浮かばなくて、結局、陳腐な表現で済ませてしまったりして・・・。言葉を見つけるのは、面倒な作業ではありますが、いろいろ悩むのもまた面白いですね。
2006/8/20(日) 午後 5:26
> makoto さん、クラシック音楽にかぎらず、藝術に接するとき、私たちは、なぜか「能書き」や「解説」を重視してしまいますね。ときには、実際の作品にふれることなく、解説だけ読んでわかった気になったりして・・・。おっしゃるように、まずは、聴いたり観たりすることが大事なんですけど、つい頭でっかちになってしまう。なるべく見聞をひろげたいとおもう今日この頃です。
2006/8/20(日) 午後 5:27