Gladius Dei

落ち着いたら、能登半島に旅行しようとおもう。大したお金は落とせないけど。

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11月5日(日) 17時開演


ルイージ指揮 ウィーン交響楽団

モーツァルト 《フィガロの結婚》序曲
グリーグ 《ピアノ協奏曲》、ピアノ: ユンディ・リ(李雲迪)
モーツァルト 《交響曲第四十番》

フェスティバルホール 二階B列L


ひさびさにルイージの顔を見ることができた。ミュンヘンに住んでいたころ、この指揮者の演奏するオペラや交響曲を聴き、楽団や合唱をまとめあげる力に感服していた。ドレスデンとの契約が決まったとき、「バイエルン国立歌劇場はいったい何をしているんだ」とおもったものだ。

とても期待して出かけたのだが、《フィガロ》序曲を聴きながら、どうしても、昨日のウィーン・フィルとくらべてしまった。もちろん下手なんてことはないけど、響きが地味で、ややくすんでいる。ニュアンスにもすこし欠けるような気がする。これは、オペラ劇場のオーケストラとコンサート・オーケストラの差だろうか。シンフォニカーもブレゲンツなどでオペラ公演をおこなっているが、毎晩オペラの演奏をしている楽団とは自ずと性格がちがってくるだろう。

編成と会場の差もあって(昨夜はブルックナーだし、ホールも最新)、「パワーがすこし足りないんじゃないか・・・」とおもっていたら、グリーグの冒頭で、オーケストラの力を垣間見ることができた。音の塊がまったく崩れることなく直截につたわってきたのだ。剃刀のような鋭敏さと鉈のような豪腕さをそなえた迫力。身構えていたのに、予想を超えていた。そのほかの部分も、オーケストラは着実にピアニストをささえていた。素人の怖いもの知らずで勝手なことをいうと、あの曲のピアノは「北欧のショパン」らしく魅力的だが、オーケストラ伴奏はそれほど面白くない。そんなこともあって、シンフォニカーは、緊張感を保ちながらも、若々しく力強いピアノの陰に隠れているという印象が否めなかった。

ルイージの実力が示されたのは、後半のト短調交響曲。ゆっくりとしたテンポではじまったので、演歌調に歌いあげるのかとおもったら、そうではなかった。一歩一歩、おずおずとすすんでいく。まるで自分の足もとを確かめているかのよう。そんな演奏に耳を傾けていたら、ふと、ハイデガーが、「不安 Angst によって人間 Dasein の本来的な存在の意味が開示される」といっていたのをおもいだした。

ルイージの描き出したモーツァルトを聴きながら、無 Nichts におののく人間の姿をおもわずにはいられなかった。モーツァルトの音楽について、よく、「悲しみ triste 」という言葉がつかわれる。短調の作品における寂寥感や暗い衝動はもちろん、たとえ明るい曲であっても、モーツァルトの作品は、そこはかとない「悲しみ」をたたえている。澄み切った空から静かに雨が降ってくるような感じ。おだやかな笑みをうかべているのに、目には涙がたまっている。そうした情感を表現しようとして、人は、モーツァルトの「悲しみ」という。モーツァルトは、たしかに、神に愛されていたが、経済的な困窮をはじめ、さまざまな苦悩に苛まれてもいた。人間的な経験をつむことによって、神の子は、ふかい「悲しみ」から、このうえない歓びにいたるまで、あらゆる感情を音楽に結晶させることができた。おそらく、そのように理解されているだろう。

ルイージのモーツァルトは、しかし、ふつうの意味での「悲しみ」を超えて、さらに、人間の背負っている本質的な悲劇性まで考えさせるものだった。

私たちは、日々、揺るぎない世界に生きていると信じている。だが、何かのきっかけで、周りのものが滑り落ちてしまうことがある。そのとき、一切は意味を失う。すべてのものが色あせ、透明になる。清らかで静けさにみちているが、途轍もなく「悲しい」世界が現れる。そして、理解する。人間には、何のよりどころもないことを。私たちは、意味もなく世界に投げ込まれ、何を目指して生きているのかも知らない。確固としたものは「何もない」という現実。たしかなのは、やがて死んでいくことだけ。

おそろしい深淵に直面して、ただ存在している私。「嘔吐 nausée 」する人もいるだろうし、夢中で逃げ出す人もいるだろう。モーツァルトは「疾走する」。そして、駆けるうちに、それでも生きていかなければならないと悟る。死ぬまでの時間に意味をあたえなければならない。なぜかはわからない。しかし、そうしなければならない。無を直観するとき、すべてはたよりなく、はかない。だが、はかなさにおもいをはせると、かけがえのなさが浮かびあがってくる。あらゆるものははかない、だからこそ、かけがえがない。

はかなさをみとめ、唯一無二なものとの邂逅を、「有り難く」感謝する。存在しているものを受け入れて、「イエス」という。モーツァルトの音楽には、絶望と感謝のダイナミズムがある。

シンフォニカーのややくすんだ響きは、オペラというより、やはり、交響曲、それも「暗い」曲に合っている。だが、ウィーンの楽団らしく、甘くせつない音を出すこともできるから、作品の深さがより際立つ。そうしたオーケストラが、エネルギーを孕んだ精緻な演奏をしたせいか、柄にもなく、哲学的なことを考えてしまった。ここで述べたことは、もちろん、単なる深読みにすぎないが、ルイージの指揮は、ためらいがちに歩みをすすめる第一楽章や第二楽章といい、何かを決意したかのような第三楽章や第四楽章といい、そうした思索をうながすに充分なものだった。

この演奏会、陽気な音楽を期待していた人や、モーツァルトに癒しをもとめる人には、肩透かしだっただろう。だが、音楽は耳に心地よいだけのものではないし、人を熱狂させるだけのものでもない。私たちを、情け容赦なく、真理のまえへと引っ張っていくもの、そうしたものが藝術と呼ばれるのである。

閉じる コメント(7)

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すこしむずかしい話をしてしまったので、理解されないかもしれないと心配していましたが、まさに、そのとおりです。さすがですね。私もよいヒントをいただけてうれしいです。

2006/11/8(水) 午後 8:57 kal*s*974 返信する

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こんばんは。初めまして。以前ルイージ指揮のウィーン交響楽団を聞いた事があります。アンコールがJシュトラウスの天体の音楽でしたが、この曲はウィーンフィルでも聴いた事があり、私も同じくウィーンフィルと比べて響きが地味でニュアンスが乏しい印象を受けました。

2006/11/8(水) 午後 9:22 こばっき 返信する

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ボクも聴きました。初めて聴いたので比較はできません。確かに地味です(苦笑)。>陽気な音楽を期待していた人や、モーツァルトに癒しをもとめる人には、肩透かしだっただろう 仰る通りかと。でもあれはあれでよいのではないかと思いました。・・・さすがに哲学的な話は深いですね。(TBさせていただきます。)

2006/11/10(金) 午前 6:11 irigomi45 返信する

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> kkobakki さん、こんにちは。どうしてもウィーン・フィルとくらべてしまいますよね(苦笑)。今回二夜連続でウィーンのオーケストラを聴いたお蔭で、両者のちがいが、それなりに、わかりました。できれば、サントリーホールかシンフォニーホールで、ブラームスを聴いてみたいですね。

2006/11/10(金) 午後 0:37 kal*s*974 返信する

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> IRIGOMI さん、トラックバックありがとうございます。あの演奏を聴いて、記事に書いたようなことを考える人はすくないとおもいますが、私は、一瞬、モーツァルトの深淵を見た気がしました。音楽は、文学や哲学をはじめとして、さまざまな文化と密接にむすびついていることをあらためて実感した次第で・・・(苦笑)。

2006/11/10(金) 午後 0:54 kal*s*974 返信する

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モーツァルトの晩年の作品は哲学的な思考へといざないますね。モーツァルト・イヤーということで、いろんな場面でモーツァルトの音楽が取り上げていますが、今なお彼の音楽を単なる「癒し」として見る傾向が強いことは残念です。「癒し」ならフンメルでもクレメンティでもいいはずですから。

2006/11/12(日) 午前 9:38 zar*th*s*rafu*i 返信する

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昨今の風潮は、これまでクラシック音楽に縁のなかった人が、モーツァルトを聴きはじめるきっかけとしては面白いですが、底の浅いブームでおわってしまわないか、たしかに、心配ですね。ただ、ある程度「聴く耳」をもっている人なら、モーツァルトが「癒し」に還元できないことは、理解してくれるような気もします。いずれにしても、なんらかの効能がないと興味をしめさないという気風は、苦々しいですね・・・。

2006/11/13(月) 午後 7:47 kal*s*974 返信する

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