Gladius Dei

落ち着いたら、能登半島に旅行しようとおもう。大したお金は落とせないけど。

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2月6日(火)


「教育の国際比較」という書類を読んで、日本という国が、教育にお金をかけていないことをあらためて認識した。


<GDPに占める教育全体への財政支出>

アメリカ・・・5.4%
イギリス・・・5.0%
ドイツ・・・・4.4%
日本・・・・・3.7%

<GDP に占める高等教育への財政支出>

アメリカ・・・1.2%
イギリス・・・0.8%
ドイツ・・・・1.0%
日本・・・・・0.4%

高等教育への支出は欧米の半分に満たない。アメリカやイギリスの有名大学は授業料も高いから、教育や研究環境は、日本にくらべて、格段に恵まれているだろう。ドイツの大学はこのあいだまで学費が要らなかった。授業料収入なしで、世界的なレヴェルを保っていた。しかし、再統一以降の経済状態では、教育支援にも限界がある。授業料や寄附金収入が潤沢なアメリカやイギリスの大学とわたりあっていくこともできない。そこで、州によっては、いくらかのお金を徴収するようになった。

ちなみに、大学にかかるお金は日本とドイツではこれだけちがう(2005年)。

日本・・・・・817,800円(国立大学の初年度納付金)
ドイツ・・・・18,100円(社会保険・福祉会計費など。授業料・入学金はなし)

もちろん、単純な比較はできないが、日本は、奨学金制度も不充分だし、個々人の負担が、まさに桁違いに大きいことがわかる。


「全入時代」をむかえ、日本の大学はどこも予算を獲得するために右往左往している。教員は、国や企業に支援を請うための申請書づくりで手一杯。大学の活動をアピールするために、学術的にはあまり意味のない催し物もたくさん開かなければならない。さらに、外部評価のための書類も膨大な量になる。当然、教育や研究の時間はどんどん削られていく。

大学は、お金がないから、充分な数の教員を雇えない。教員はひとりで何コマもの授業を受けもたなければならない。専門外のことであっても、他に人がいなければ仕方がない。さらに、事務職員の数も切り詰められているから、雑用もたくさんある。専任の教員が追い詰められている一方で、大学院を修了しても職につくことのできない人の数は増えつづけている。

学生にしてみれば、少人数で密度の濃い授業を受けたいだろうが、それでは大学の経営が成り立たない(国立大学も法人化されたので例外ではない。とくに、地方の国立大学法人には合理化の波が押し寄せようとしている)。ひとりの教員がたくさんの学生を教えないと効率がわるい。だから、どうしても、大教室での「やっつけ仕事」が多くなってしまう。学生が質問をしにきても、丁寧に答えている時間はない。


医療や福祉にかかるお金もどんどん削られていくようだけれど、国家予算はいったい何につかわれているのだろう。まさか無駄遣いで消えてるとか・・・? そんなことないよね・・・。

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そういわれても・・・

2月1日(木)


電車に乗っていたら、おばちゃんふたりの会話が聞こえてきた。声が大きいので、聞きたくないのに耳に入ってくる(以下、いいかげんな大阪弁でしょうが、ご勘弁を)。


A:「スーパーのとこの ATM がなくなるんやて」
B:「郵便局のやろ。あれなくなるとこまるなあ。そういえば、うちの田舎の郵便局がなくなるらしいわ」
A:「不便になるなあ」
B:「おばあちゃんは車運転できへんから、大変やゆうてた」
A:「かなわんなあ」
B:「どうなってんのやろ。小泉さんが郵便局をよくするいうから投票したのに。うそばっかりやん」
A:「ほんまになあ。政治家はやっぱりあてにならんわ」

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女心

1月30日(火)


以下、授業の前ふりに話した内容。

* * * * *

某TV局の番組で捏造がおこなわれていた事件。ずいぶん騒がれているようだ。番組製作の倫理が失われているとか、だから性悪説に立ったチェック体制が必要だとかいわれているけど、新聞を読んでいて、「なぜ情報を受ける側の問題が指摘されないんだろう」とおもった。

はっきりいってしまえば、あんな情報に踊らされるほうだっておかしいでしょう・・・。私たち夫婦も、偶然、番組の一部を見ていたが、ふたりして、「茨城に太った人はいないのか?」などととつっこんでいた。

生き物は食べることによって身体が大きくなる。栄養のあるもの、健康によいものを摂れば成長する。食べたのに痩せるとすれば、なんの栄養もないか、かぎりなく毒にちかいものだろう。

納豆という食品。当然、カロリーはある。ご飯にのせて食べれば、ご飯のカロリーも摂取する。それらのエネルギーや体内に蓄積した脂肪が、納豆によって、どれだけ燃焼するというのか。

過度に体重が増えるのは、消費カロリー以上のエネルギーを摂取した場合。痩せたければ、食べる量を減らすか、運動するしかない。ごくごく常識的なことだとおもうのだが・・・。

そもそも、楽して痩せようという風潮に疑問を感じる。お金を出して、納豆やその他のダイエット用食品を買う・・・。どこかおかしくないか。健康って、そんな安易に手に入るものなのか。

元気でいるためには、バランスのよい食生活をこころがけ、適度に運動しなければならない。言葉にすると簡単だけど、食品にふくまれる栄養素を知り、過不足なく摂取するのはけっこう大変。もちろん、お酒や脂っこいおつまみ、砂糖と脂肪の塊(洋菓子に多いですね)はなるべく我慢する。駅ではエスカレーターをつかわない。安易にタクシーに乗らない。ビルも五階までなら階段をのぼる。そんな地道な努力の積み重ねが健康につながるのではないか。

面倒なことを避け、楽なことには、飛びつく。TVでやっていることは疑わない。考えない。そんな人が多いのは、番組の捏造とおなじくらい由々しき事態だ。

* * * * *

授業のあと、女子学生がやってきて、「納豆の話はそのとおりですけど、綺麗になるならなんでも試したくなるのが女心なんですよ」といわれた。

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車内大移動

1月27日(土)


週に一度、御堂筋線に乗って大阪市内を縦断している。よくいわれるように、関西は街によってずいぶん印象が異なる。電車のなかの雰囲気も、ふだん利用している阪急や京都の地下鉄と、大阪の御堂筋線ではかなりちがう。最近、面白がって見ているのは、電車のなかを移動する人の多いこと。前方にむかう人もいれば、後方をめざす人もいる。多少混んでいてもおかまいなし。立っている人をかきわけながら、ひたすら進んでいく。

おそらく、みなさん下車駅の出口階段にちかい車両をめざしているのだろう。淀屋橋駅の後方階段は京阪線に直結しているし、難波で南海に乗り換える人は前方、近鉄を利用する人は後方が便利だ。天王寺駅は後方が近鉄だったかな。車内を移動する人にインタヴューしたことはないけど、たぶん、電車を降りてからホームをあるく時間が勿体ないのだろう。そう考えると、いかにも商人の街らしい光景だとおもう。

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花林糖

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黒糖がからみつき、ねっとりと、やや重苦しい味。そんな先入観をくつがえすのが、銀座「たちばな」のかりんとう。すっきりした甘さで、ごく軽い。噛むと、小麦粉のよい香りがただよう。あくまで上品な味わい。「ころ」(太いもの)と「さえだ」(細いもの)の二種類ある。どちらもあとをひくけど、私は細いほうが好み。

お店があるのは、以前紹介した「天亭」( http://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/16968086.html )の近く。支店はない。地方発送はしているが、お店まで出向いて、自分で宅急便の伝票に記入しなければならない。通信販売でなんでも手に入るご時勢、そんな不便が、かえって好ましい。

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