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			<title>Gladius Dei</title>
			<description>ドイツからもどってきました。</description>
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			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>Gladius Dei</title>
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			<description>ドイツからもどってきました。</description>
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		<item>
			<title>国内総生産に対する公財政支出学校教育費の比率</title>
			<description>2月6日（火）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「教育の国際比較」という書類を読んで、日本という国が、教育にお金をかけていないことをあらためて認識した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜ＧＤＰに占める教育全体への財政支出＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカ・・・５．４％&lt;br /&gt;
イギリス・・・５．０％&lt;br /&gt;
ドイツ・・・・４．４％&lt;br /&gt;
日本・・・・・３．７％&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜ＧＤＰ に占める高等教育への財政支出＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカ・・・１．２％&lt;br /&gt;
イギリス・・・０．８％&lt;br /&gt;
ドイツ・・・・１．０％&lt;br /&gt;
日本・・・・・０．４％&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高等教育への支出は欧米の半分に満たない。アメリカやイギリスの有名大学は授業料も高いから、教育や研究環境は、日本にくらべて、格段に恵まれているだろう。ドイツの大学はこのあいだまで学費が要らなかった。授業料収入なしで、世界的なレヴェルを保っていた。しかし、再統一以降の経済状態では、教育支援にも限界がある。授業料や寄附金収入が潤沢なアメリカやイギリスの大学とわたりあっていくこともできない。そこで、州によっては、いくらかのお金を徴収するようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、大学にかかるお金は日本とドイツではこれだけちがう（2005年）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本・・・・・817,800円（国立大学の初年度納付金）&lt;br /&gt;
ドイツ・・・・18,100円（社会保険・福祉会計費など。授業料・入学金はなし）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、単純な比較はできないが、日本は、奨学金制度も不充分だし、個々人の負担が、まさに桁違いに大きいことがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「全入時代」をむかえ、日本の大学はどこも予算を獲得するために右往左往している。教員は、国や企業に支援を請うための申請書づくりで手一杯。大学の活動をアピールするために、学術的にはあまり意味のない催し物もたくさん開かなければならない。さらに、外部評価のための書類も膨大な量になる。当然、教育や研究の時間はどんどん削られていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学は、お金がないから、充分な数の教員を雇えない。教員はひとりで何コマもの授業を受けもたなければならない。専門外のことであっても、他に人がいなければ仕方がない。さらに、事務職員の数も切り詰められているから、雑用もたくさんある。専任の教員が追い詰められている一方で、大学院を修了しても職につくことのできない人の数は増えつづけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生にしてみれば、少人数で密度の濃い授業を受けたいだろうが、それでは大学の経営が成り立たない（国立大学も法人化されたので例外ではない。とくに、地方の国立大学法人には合理化の波が押し寄せようとしている）。ひとりの教員がたくさんの学生を教えないと効率がわるい。だから、どうしても、大教室での「やっつけ仕事」が多くなってしまう。学生が質問をしにきても、丁寧に答えている時間はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
医療や福祉にかかるお金もどんどん削られていくようだけれど、国家予算はいったい何につかわれているのだろう。まさか無駄遣いで消えてるとか・・・？　そんなことないよね・・・。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/45901991.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Feb 2007 16:28:17 +0900</pubDate>
			<category>兵庫県</category>
		</item>
		<item>
			<title>そういわれても・・・</title>
			<description>2月1日（木）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電車に乗っていたら、おばちゃんふたりの会話が聞こえてきた。声が大きいので、聞きたくないのに耳に入ってくる（以下、いいかげんな大阪弁でしょうが、ご勘弁を）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ａ：「スーパーのとこの ATM がなくなるんやて」&lt;br /&gt;
Ｂ：「郵便局のやろ。あれなくなるとこまるなあ。そういえば、うちの田舎の郵便局がなくなるらしいわ」&lt;br /&gt;
Ａ：「不便になるなあ」&lt;br /&gt;
Ｂ：「おばあちゃんは車運転できへんから、大変やゆうてた」&lt;br /&gt;
Ａ：「かなわんなあ」&lt;br /&gt;
Ｂ：「どうなってんのやろ。小泉さんが郵便局をよくするいうから投票したのに。うそばっかりやん」&lt;br /&gt;
Ａ：「ほんまになあ。政治家はやっぱりあてにならんわ」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/45769086.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 Feb 2007 19:27:14 +0900</pubDate>
			<category>兵庫県</category>
		</item>
		<item>
			<title>女心</title>
			<description>1月30日（火）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、授業の前ふりに話した内容。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* * * * *&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
某ＴＶ局の番組で捏造がおこなわれていた事件。ずいぶん騒がれているようだ。番組製作の倫理が失われているとか、だから性悪説に立ったチェック体制が必要だとかいわれているけど、新聞を読んでいて、「なぜ情報を受ける側の問題が指摘されないんだろう」とおもった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はっきりいってしまえば、あんな情報に踊らされるほうだっておかしいでしょう・・・。私たち夫婦も、偶然、番組の一部を見ていたが、ふたりして、「茨城に太った人はいないのか？」などととつっこんでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生き物は食べることによって身体が大きくなる。栄養のあるもの、健康によいものを摂れば成長する。食べたのに痩せるとすれば、なんの栄養もないか、かぎりなく毒にちかいものだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
納豆という食品。当然、カロリーはある。ご飯にのせて食べれば、ご飯のカロリーも摂取する。それらのエネルギーや体内に蓄積した脂肪が、納豆によって、どれだけ燃焼するというのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過度に体重が増えるのは、消費カロリー以上のエネルギーを摂取した場合。痩せたければ、食べる量を減らすか、運動するしかない。ごくごく常識的なことだとおもうのだが・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも、楽して痩せようという風潮に疑問を感じる。お金を出して、納豆やその他のダイエット用食品を買う・・・。どこかおかしくないか。健康って、そんな安易に手に入るものなのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元気でいるためには、バランスのよい食生活をこころがけ、適度に運動しなければならない。言葉にすると簡単だけど、食品にふくまれる栄養素を知り、過不足なく摂取するのはけっこう大変。もちろん、お酒や脂っこいおつまみ、砂糖と脂肪の塊（洋菓子に多いですね）はなるべく我慢する。駅ではエスカレーターをつかわない。安易にタクシーに乗らない。ビルも五階までなら階段をのぼる。そんな地道な努力の積み重ねが健康につながるのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
面倒なことを避け、楽なことには、飛びつく。ＴＶでやっていることは疑わない。考えない。そんな人が多いのは、番組の捏造とおなじくらい由々しき事態だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* * * * *&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
授業のあと、女子学生がやってきて、「納豆の話はそのとおりですけど、綺麗になるならなんでも試したくなるのが女心なんですよ」といわれた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/45690859.html</link>
			<pubDate>Tue, 30 Jan 2007 00:28:02 +0900</pubDate>
			<category>兵庫県</category>
		</item>
		<item>
			<title>車内大移動</title>
			<description>1月27日（土）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
週に一度、御堂筋線に乗って大阪市内を縦断している。よくいわれるように、関西は街によってずいぶん印象が異なる。電車のなかの雰囲気も、ふだん利用している阪急や京都の地下鉄と、大阪の御堂筋線ではかなりちがう。最近、面白がって見ているのは、電車のなかを移動する人の多いこと。前方にむかう人もいれば、後方をめざす人もいる。多少混んでいてもおかまいなし。立っている人をかきわけながら、ひたすら進んでいく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく、みなさん下車駅の出口階段にちかい車両をめざしているのだろう。淀屋橋駅の後方階段は京阪線に直結しているし、難波で南海に乗り換える人は前方、近鉄を利用する人は後方が便利だ。天王寺駅は後方が近鉄だったかな。車内を移動する人にインタヴューしたことはないけど、たぶん、電車を降りてからホームをあるく時間が勿体ないのだろう。そう考えると、いかにも商人の街らしい光景だとおもう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/45622440.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Jan 2007 12:28:05 +0900</pubDate>
			<category>兵庫県</category>
		</item>
		<item>
			<title>花林糖</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fd-5d/kalos1974/folder/1072499/22/45288122/img_0?1168857053&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
黒糖がからみつき、ねっとりと、やや重苦しい味。そんな先入観をくつがえすのが、銀座「たちばな」のかりんとう。すっきりした甘さで、ごく軽い。噛むと、小麦粉のよい香りがただよう。あくまで上品な味わい。「ころ」（太いもの）と「さえだ」（細いもの）の二種類ある。どちらもあとをひくけど、私は細いほうが好み。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お店があるのは、以前紹介した「天亭」（　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/16968086.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/16968086.html&lt;/a&gt;　）の近く。支店はない。地方発送はしているが、お店まで出向いて、自分で宅急便の伝票に記入しなければならない。通信販売でなんでも手に入るご時勢、そんな不便が、かえって好ましい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/45288122.html</link>
			<pubDate>Mon, 15 Jan 2007 19:30:53 +0900</pubDate>
			<category>食べ物</category>
		</item>
		<item>
			<title>阿蘇再訪</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fd-5d/kalos1974/folder/435180/61/44739161/img_0?1167191888&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fd-5d/kalos1974/folder/435180/61/44739161/img_1?1167191888&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
熊本空港で車を借りて阿蘇山へ。ときおり晴れ間がのぞくものの、あいにくの曇り空。だが、日差しがつよくないのはありがたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回は途中から国道325号線を経由。原生林の生い茂る渓谷はふかくて、下をのぞくと眩暈がする。百メートルはあるだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.yado.co.jp/hasi/kumamoto/asoh/sirakawak/sirakawak.htm&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.yado.co.jp/hasi/kumamoto/asoh/sirakawak/sirakawak.htm&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前回、火山ガスの濃度がたかくて見られなかった阿蘇の火口、今回は、間近までいくことができた。しかし、気温が低くて、水蒸気がすごい。残念ながら、火口にたまっているという真っ青な水を見ることはできなかった。また挑戦することにしよう。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://rkk.jp/mmeye/aso_kakou.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://rkk.jp/mmeye/aso_kakou.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山麓の「カドリー・ドミニオン」へ。ここは、十種類のクマが飼われている動物公園。園内をのんびり見てまわった。ヒグマが日向ぼっこをしていた。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.cuddly.co.jp/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.cuddly.co.jp/&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/44739161.html</link>
			<pubDate>Wed, 27 Dec 2006 12:58:08 +0900</pubDate>
			<category>熊本県</category>
		</item>
		<item>
			<title>ハイアット リージェンシー 京都</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fd-5d/kalos1974/folder/1467765/65/44190565/img_0?1165578791&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fd-5d/kalos1974/folder/1467765/65/44190565/img_1?1165578791&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
夜まで京都で仕事、翌朝十時には東京にいなければならないという日。一時間半かけてうちまでかえるのは面倒だし、妻も出張で留守。そこで、宿をさがしたが、京都駅周辺は、紅葉シーズンということもあって、軒並み満室だった。このホテルは、駅からすこしはなれているけれど、タクシーに乗れば、五分の距離。それに、ハイアットが古い建物をどう改装したのか（二ＯＯ五年一月に営業を終了した京都パークホテルの建物を利用し、二ＯＯ六年三月に開業）、気になっていたので、泊まってみることにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■客室&lt;br /&gt;
明るく機能的な部屋。ハイアットらしいモダンさと、京都を意識した和の風情がうまく調和していて、なかなか居心地がよい。木のやわらかな色調が目にやさしい。部屋はちいさな庭に面していて、窓を開けても静か。四十平米には足りない広さだが、かなりゆったりしている。&lt;br /&gt;
浴室には大きなバスタブと洗い場。最近、日本式のお風呂をそなえたホテルがふえてきた気がする。ゆっくりお湯につかれるし、お湯が飛び跳ねるのを気にしなくてもよいので、ありがたい。&lt;br /&gt;
こまるとおもったのは、クローゼットがちいさいこと。冬に、夫婦で泊まったら、コートや鞄を収納しきれないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■サーヴィス&lt;br /&gt;
仕事のあと、懇親会（打ち上げ）に参加しないでホテルに直行。つかれているし、居酒屋で数千円もつかうのがもったいない。一階のレストランで晩御飯。「ひとり客」をそれとなく気遣ってくれた。料理の薦めかたもうまい。薪のオーブンで焼かれたオーストラリア産の牛肉は香ばしかった。「肉を食べたぞ」という感じ。&lt;br /&gt;
とくに不満はないが、ひとつだけ。フロントに手荷物をのせる台がないのは不便。手続きをしているあいだ、鞄を床に直接おくのは抵抗がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
■雰囲気&lt;br /&gt;
玄関周辺の竹林が清々しい。&lt;br /&gt;
京都駅からも河原町からもはなれている（ただ、三十三間堂のとなり、京都国立博物館のむかいというロケーションは観光にもってこいだし、あるいて五分くらいのところに京阪電鉄の七条駅があるので、宇治方面や大阪に出るには便利）ので、落ち着いた空気が流れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホテルのサイト：　&lt;a HREF=&quot;http://www.hyattregencykyoto.com/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.hyattregencykyoto.com/&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/44190565.html</link>
			<pubDate>Fri, 08 Dec 2006 20:53:11 +0900</pubDate>
			<category>旅行</category>
		</item>
		<item>
			<title>有名すぎる曲を再発見</title>
			<description>11月25日（土）　17時開演　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マリス・ヤンソンス指揮　ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ドヴォルザーク《交響曲第九番「新世界より」》&lt;br /&gt;
ストラヴィンスキー《春の祭典》&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都コンサートホール　一階十五列&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私がヨーロッパのオーケストラの響きに魅せられるようになったのは、オイゲン・ヨッフム率いるコンセルトヘボウ管弦楽団の演奏会を聴いたのがきっかけだった。いまでも、ヨッフムのつかっていた指揮台の鮮やかな赤色とともに、東京文化会館の四階席に響いてきた、ブルックナーやヴァーグナーの響きをおもいだすことができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな大恩あるコンセルトヘボウだけれど、この演奏会にいくかどうか、かなり迷った。今秋は、新国立劇場の《イドメネオ》にはじまって、昨夜のシュターツカペレ・ドレスデンまで、五回の音楽会にいっている。コンセルトヘボウを聴きに、京都まで出向くべきかどうか。しかも、曲目が・・・。はっきりいって、いまさら聴きたくない二曲がならんでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな私にチケット購入ボタンを押させたのは、好奇心だった。ヤンソンスがコンセルトヘボウをどう指揮するのか知りたかった。この指揮者の演奏会には、ミュンヘンに住んでいたころ、何回も足を運んだけれど、最近は、バイエルン放送交響楽団以外のオーケストラとの演奏を聴いたことがなかった。それに、ドヴォルザークも、ストラヴィンスキーも、私の好みではないにしても、ヤンソンスには合っているにちがいない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンセルトヘボウは、ウィーン・フィルやシュターツカペレ・ドレスデンなどとともに、響きのすばらしさで知られている。光沢のあるつややかさと重厚な深さ。パンフレットにもあるように、「ベルベットのような弦、黄金の金管、類希な個性的音質をもつ木管」は、人々を魅了しつづけてきた。そんな極上の響きが、曲の冒頭から会場に流れた。弱い音ではあるが、充実した響きが会場を充たした。あの緊張と充実こそ、私が演奏会にもとめているものかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤンソンスの《新世界》、きっと、パワー全開で、重戦車のような演奏だろうとおもっていた。コンセルトヘボウの機能性を前面に出すにちがいないとおもっていた。しかし、予期に反して、ずいぶん洗練された演奏だった。オーケストラの巧さを感じさせながらも、繊細で優美な響きが活かされている。たとえば――聴かせどころではあるのだが――第二楽章の中間部、まるで湖畔にたたずむ貴婦人がシルクのハンカチをぬらしているといった風情。はかなく、こわれやすい美しさをあれほど見事に表現するとは・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、コンセルトヘボウの重厚な響きも、充分に堪能することができた。とくに第四楽章は、予想を超えた迫力で、ただただ釘付けになっていた。金管の輝かしさ、勇ましく、それでいてどこか切ない響き。それをささえる弦のシルクのような光沢。もう、なにもいうことはない。至福のひととき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤンソンスは、昨年の来日公演で見せたベートーヴェンの《交響曲第七番》のように、いわばロシア臭い演奏をするのは、もちろん、得意。かとおもえば、今日のように、有名すぎる作品の高貴な姿を、あざやかに再現してみせることもできる。細部をおろそかにすることなく、といって、全体を見失うこともない。だから、安定感をたもったまま、作品のもつさまざまな面を、聴衆に呈示することができる。オーケストラの美質を活かす手腕も大したものだ。そうしたバランスの妙が、あちこちのオーケストラから呼ばれている理由なのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アンコールは、ブラームスとドヴォルザーク。まだ十九時まえだし、あともう一時間くらいアンコールをやってくれればいいのにとおもってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* * * * *&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は、コンビニエンス・ストアには寄らず、まっすぐ地下鉄の北山駅まで歩いたが、途中で見知らぬ若者に声をかけられた。どうやら、ドイツにいくまえに、ある人の代理で、半年だけ出講していた芸大の学生らしい。あの講義では、「芸大生たるもの、展覧会でも演奏会でも、とにかく実物に接しなさい」と口を酸っぱくしていっていた。若者は、その教えを守った結果、演奏会中毒になったそうだ。合掌。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/43795065.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Nov 2006 22:37:55 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>ドイツの響き</title>
			<description>11月24日（金）　19時開演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チョン・ミョンフン指揮　シュターツカペレ・ドレスデン&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラームス《ヴァイオリン協奏曲》　ヴァイオリン：樫本大進&lt;br /&gt;
ベートーヴェン《交響曲第五番》&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ザ・シンフォニーホール　二階ＬＥブロック&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラームスの最初の音が鳴った途端にため息が出てしまった。なんとやわらかく充実した響きだろう。演奏会の最初から、あんな悠然とした広がりを見せることができるなんて、やはり、このオーケストラは別格というしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オーケストラで演奏している友だちが口をそろえていう。「シュターツカペレ・ドレスデンはドイツ一の楽団だ」と。日本には CD の数で演奏家を評価してしまう人が多いから、この意見は一般にはみとめられないだろう。それに、私は、友だちの気もちもわかるけれど、内心、「順位をつけたって仕方ないじゃん」とおもっている。しかし、ひさしぶりにドレスデンの響きに接して、ただただ、このオーケストラを礼賛するしかなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以前、たしか、 IRIGOMI さんのブログで、「いぶし銀」という常套句がいかに胡散臭いか議論になったことがある。シュターツカペレ・ドレスデンの響きは、冷たくもないし、くすんでもいない。どちらかといえば、夕陽のように、あたたかく輝いている。「いぶし銀の響き」という表現は、&amp;quot;Wie Glanz von altem Gold&amp;quot;を訳したもので、これは、このオーケストラの四百五十周年を記念して出版された本のタイトルにもなっているが、直訳すれば「古くなった金」という意味。つまり、真新しい金のようにピカピカしていないということ。時間の経過によって、人の目を射るような派手さがなくなり、やわらかく光っている様子を表している。そんなわけで、「いぶし銀」という常套句が安易につかわれているのを見ると、疑問を感じてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラームスの第二楽章冒頭、管楽器があれほどの存在感をもって合奏したことがあっただろうか。清冽にして芯のある響き。実にみずみずしく輝かしい。それらが一体となったときの幸福感。一流のオーケストラはどこも管がうまい。だが、あれだけのくっきりとした存在感をもつ管はなかなかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベートーヴェンの第二楽章、第三楽章の弦。これまたなんともいえない深さを見せつけてくれた。年代物の赤ワインのような色かとおもうと、さわやかな白ワインのような色になったりする。肌理のこまかい、やわらかな織物のよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極上の管と弦が融合し、一緒になりながら、立体的に聴こえてくる。コントラバスが揺るぎのない土台をつくり、ヴァイオリンが歌い、木管が奏でる。大音量になってもうるさく感じることはないし、無機質な響きになることもない。「これこそドイツのオーケストラだ」といいたくなる瞬間。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うれしい誤算だったのが、樫本大進。若い演奏家が一流の楽団と共演して霞んでしまうという状況になんどか接しているので、今回も心配していたら、そんなことはなかった。シュターツカペレ・ドレスデンと堂々とわたりあっていた。しかも、あの難曲で。樫本のヴァイオリンは音に力があった。若葉におちた朝露のような響きから、悲痛な叫び声まで、全身をつかってしぼりだしていく。そして、切々とした憧れや束の間の安寧が見事に表現されていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆったりと歌わせたブラームス、猛烈に駆け抜けたベートーヴェン。チョン・ミョンフンという指揮者は、オーケストラを制御するのに長けているし、作品のメッセージを聴衆につたえるのが上手だとおもう。その核心には、よくいわれるように、「熱さ」がある。ただ、その「熱さ」のせいで、作品のほかの美点が掻き消されてしまうきらいがなくはない。「《第五交響曲》といえばこう」という先入観を増幅したら、ああなるだろうか。もちろん、そういう「熱い」演奏を聴くと、熱狂する。だから、不満はないのだけれど、なにか作品のふくらみを感じさせるような面がほしい気もする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例によって、ただただ響きに引き込まれたり、演奏の意味を考えながら音楽を聴いたりしていたが、アンコールのヴェーバーには完全にやられた。だいたい、このオーケストラの演奏するヴァーグナーやＲ・シュトラウス、それにヴェーバーは、ちょっと比類がない。伝統を過大評価しても仕方ないにしても、伝統の力というものはたしかに存在する。「これこそまさにウェーバー」、「これこそまさにドイツの音楽」といった演奏を見せつけられて、もう、ただ鳥肌を立てているしかなかった。&lt;br /&gt;
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演奏がおわって、興奮をしずめるべく、コンビニエンス・ストアでお茶を買って飲んでいたら、目の前に数人の白人がやってきた。「そこでなにか食べられるだろうか」、「入ってみよう」、「ダメだ、英語が通じなかった」、・・・。ドイツ語で話しているし、楽器のケースをもっているし、どう考えても、シュターツカペレ・ドレスデンの団員たちだろう。すこし困っている様子だったので、おもいきって話しかけてみた。&lt;br /&gt;
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「そこはヌードルのレストラン（ラーメン屋）ですよ」&lt;br /&gt;
「あ、そうですか。このあたりに、シャブシャブのお店はありませんか。あまり高くないところで」&lt;br /&gt;
「残念ながら、シャブシャブは高いです。日本はなんでも高い。それに、このあたり・・・。ご覧のとおり、オフィス街ですから。居酒屋ならあるかもしれませんが」&lt;br /&gt;
「居酒屋ですか。ところで、あなた、なぜドイツ語を」&lt;br /&gt;
「ミュンヘンに住んでいました。あなた方の演奏会は、なんどか聴いているし、ゼンパー・オーパーにも三回いったことがありますよ」（われながら、かなり恩着せがましい）&lt;br /&gt;
「それはありがとう。では今日も・・・」&lt;br /&gt;
「もちろんです！」&lt;br /&gt;
「来年はオペラの公演でまた日本にきますよ」&lt;br /&gt;
「ええ、楽しみです。でも、できれば、ドレスデンにもいきたいですね」&lt;br /&gt;
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そんな話しをしながら、居酒屋らしきお店まで案内した。興奮をしずめようとしていたのに、あの音楽をつくりだしていた人たちと話してしまって（ひさしぶりのドイツ語だったし）、ますます興奮してしまった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/43768273.html</link>
			<pubDate>Fri, 24 Nov 2006 23:11:49 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>言葉を重視した《メサイア》</title>
			<description>11月18日（土）　17時開演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ニコラウス・アーノンクール指揮　ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス&lt;br /&gt;
アーノルト・シェーンベルク合唱団&lt;br /&gt;
ユリア・クライター（ソプラノ）&lt;br /&gt;
ベルナルダ・フィンク（アルト）&lt;br /&gt;
ヴェルナー・ギューラ（テノール）&lt;br /&gt;
ルーベン・ドローレ（バリトン）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヘンデル： 《メサイア》&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都コンサートホール　二階Ｐブロック&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
演奏がおわってから、らびさんと延々話し合った。オーケストラの鮮烈さ、合唱の清らかさ、独唱の深さ（バリトンの一部箇所をのぞく）、そしてなにより、八十歳間近のアーノンクールの見せた「すごさ」は、筆舌に尽くしがたい。泣いている人も何人かいた。今回は、感想に代えて（詳細な内容分析は、らびさんが、復活第一号の記事に書いてくれるかも）、東京にお住まいの方々にメッセージを。&lt;br /&gt;
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マルさん、IRIGOMI さん、みうさん、東京在住の方々、21日のサントリーホール公演にぜひいってください。&lt;br /&gt;
この《メサイア》を聴きのがしてはいけません。勿体ない。&lt;br /&gt;
これを聴かないなんて、「人生の損失」です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Labilaby&lt;br /&gt;
Kalos&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kalos1974/43584421.html</link>
			<pubDate>Sun, 19 Nov 2006 00:19:11 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
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