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吹奏楽指導者(JBA会員)、作編曲者

日記

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 2019年始まったばかりですが、気になることが2つあります。それは2019年度の課題曲と部活動の在り方についてです。


 まず、課題曲ですが12月に発刊されている「会報すいそうがくNo209」には作曲者のコメントが掲載されています。作曲者のプロフィールを見ると若手の台頭が目立ちます。課題曲機屬△鵑燭たどこさ」の主題による幻想曲の林先生は1993年生まれ、課題曲競沺璽繊屮┘ぅ廛螢襦Ε蝓璽奸廚龍疇先生も同じく1993年生まれ、課題曲犬硫田先生は1995年生まれ、課題曲好咼好泪后Ε汽ぅ吋妊螢↓気瞭景先生は1990年生まれです。委嘱作品の福島先生を除くと20代の作曲家ということになります。同年代の作曲家の作品が公開されるのが楽しみです。

 ただその一方でマーチが多いと話題になっています。3曲がマーチとなっています。近年、マーチの形式を無視した作品が課題曲のマーチとして採用されたり、マーチの形式を無視した演奏をしたりということが起こっています。色々な作曲家が課題曲のマーチに苦言を呈する場面も見られました。

 行進曲「春」を手掛けた福島先生によると、本来はマーチ以外の作品を書くという依頼だったそうですが、無理を言ってマーチを書いたそうです。そこには近年の「4拍子マーチ」が「定型文のようになっており、普通の2拍子のマーチがあっても良い」という考えからとのことです。形式の上でしっかりとしたマーチをプロの作曲家が書いて課題曲のラインナップに上がることはとても意味のあることだと思います。全国の中高生にこれぞマーチというものを認識してもらえるいい機会なのではないでしょうか。私も4拍子マーチを書いて朝日賞に応募した一員なので改めてマーチを学ぶ1年にしたいと思います。

 マーチの形式については作曲の面だけではなく演奏の面からも問題提起がされています。先日の第37回吹奏楽ゼミナールの中で植田中学校をモデルバンドにしたマーチ演奏法のクリニックがありました。講師はJBA副会長の井上学先生でした。スーザの「美中の美」を演奏しながらのクリニックでした。楽器の配置、日本風の勝手な曲解釈、グルーピングなどについて学ぶ機会となりました。井上先生も審査員を務める中でマーチの演奏について指導者が理解していない現状を指摘しておりました。井上先生は私がJBAに入会するときに大変お世話になった先生です。入会後も各講習会のお知らせを直接くださいます。少しでも吸収して地元に還元していきたいと思っています。

 もう1つ気になっているのが、これまた12月に出された「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」です。言うまでもなく吹奏楽部の指導の現場に大きく関わるガイドラインになると思います。
基準として以下のようなものが文言として整理されました(以下、引用)。


〇 学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合は、休養日を他の日に振り替える。)

○ 長期休業中の休養日の設定は、学期中に準じた扱いを行う。また、生徒が十分な休養を取ることができるとともに、文化部活動以外にも多様な活動を行うことができるよう、ある程度長期の休養期間(オフシーズン)を設ける。

○ 1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う。

引用以上

 学校の設置者がこのガイドラインをもとに各校の部活動の在り方を制定していくことになると思います。本校はもともと練習が多くないほうですが、それであっても今のペースでは練習ができなくなります。そうなると本番の数を見直す必要も出てくるので活動としては縮小傾向に向かうことになるでしょう。色々な方が平成31年度に向けて議論しているところとは思いますので、動向を見守っていくところです。ただ先に話題にあげた吹奏楽ゼミナールでも話題になっていました。全国から集まった吹奏楽指導者にとっても気になるところです。運営法で講師をされていた片倉高校の馬場先生も「これからは変えていく必要がある」とおっしゃっていました。従来の気合と根性のスタイルから短時間で効率の良い練習に変化させていくノウハウを指導者が学ぶ必要が出てきたと言えます。

 マーチの形式にしても、これからの吹奏楽指導の方法にしても、とてもタイムリーにJBAでは学ぶことができます。学んで終わりではなく、地域に発信していく活動を展開していこうと思っています。

会報すいそうがく No.209
http://www.ajba.or.jp/suisougaku209.pdf

文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/bunkakatsudo_guideline/h30_1227/index.html

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 新しい年が始まりました。2019年は吹奏楽に関わるものとしては記念すべき1年の幕開けとなります。
 日本の吹奏楽は、明治2年(1869年)に薩摩藩士が神奈川県横浜市山手地域にある妙香寺で、イギリスの陸軍軍隊長であるジョン・ウィリアム・フェントン(1831〜1890)の指導を受けて始まりました。
鎌田新平を楽長とする薩摩藩士30余名で構成された最初の軍楽隊「薩摩藩洋楽伝習生」は「薩摩バンド」と呼ばれます。島津公の私費で英国ベッソン製の楽器が揃えられ、ここに日本初の吹奏楽団が産声をあげたのです。
 練習生たちに「西洋の諸国には国歌というものがあるが、日本にはあるか」とたずねたそうです。国歌というものがない当時の日本でした。話し合いの末に「君が代」にあたる歌詞を選出し、これを鎌田新平を通して作曲をフェントンに依頼して国歌が生まれました。ただし、この国歌は私が今、知っている「君が代」ではありません。フェントンは通訳者・原田宗助が歌っていた「武士の歌」を参考にし、旋律は五音階の日本風の旋法を加味しました。この「君が代」の評判が悪く、1876年(明治9年)11月3日の天皇誕生日を最後に廃止となったのです。日本語の音節からするとなかなか歌いにくそうではあります…。

 今から30年前、平成元年(1989年)に日本吹奏楽指導者協会(JBA)は、「日本吹奏楽発祥の地」として記念碑を妙香寺境内に建立しました。毎年、記念の演奏会が開催されています。2019年は日本で吹奏楽が始まって150年のメモリアルイヤーです。きっといろいろな取り組みが企画されるのではないでしょうか。


日本吹奏楽指導者協会(JBA)
http://www.jba-honbu.or.jp/


日本吹奏楽の始まりと薩摩
http://www.meijiishin150countdown.com/topics/discovery/852/

フェントン作曲の君が代
http://pietro.music.coocan.jp/storia/kimigayo.html


 私自身はこの年越しはFinleを立ち上げながら編曲活動に追われていました。どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

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【12月29日】 
 ゼミナールの2日目はモデルバンド(名古屋音楽大学)を指揮する時間がありました。ホルストの「吹奏楽のための第2組曲」を取り上げての実践的な内容でした。洗足などで教鞭をとられている川本先生のレッスンは専門的でありながら大らかな人柄が伝わるレッスンでした。
 指揮をする順番が最後だったので4楽章「ダーガソンによる幻想曲」を一度通して終わりでしたが、編成や技術的に充実した良い音のもとで気持ちよく「グリーンスリーブス」を奏でることができました。
時間が押していたためにコメントもあまりもらえませんでしたが、「顔の表情が豊かで良い」と褒めていただきました。指揮の実習を終えた後は、他の受講生からも「良い指揮でした」と声をかけていただきました。非常に緊張しましたが、オーボエの学生さんの笑顔だったので緊張が少しほぐれました。直接、お礼が言えなかったのでここに記して感謝申し上げます。

 ただこの日は、正直に申し上げればゼミナールどころではありませんでした。不運なことに朝のタクシーに財布を忘れてきてしまい無一文の状態になってしまったのです。慣れない名古屋で無一文は精神的にやられます。

 個人タクシーのため問い合わせができない、タクシー協会は年末休業、交番は「届いていません。年明けの4日以降になればタクシーから届くかもしれない」としか言ってくれない…現金数万円はもちろん、各種カードや免許証、保険証などの身分証明書、新幹線のチケットも財布の中でした。
 ホテルは先払いだからこの日は泊まれますが、そのあとはホームレス状態になってしまいます。名古屋に身よりはないし、お金がなければ神奈川に帰れないし、食べ物にもありつけない…自分の不注意ですが、つらい状態です。貧しい者が生きるために犯罪を起こしてしまうのは、この状況の延長にあるのかもしれませんね。
 ただ大変な状況で力になってくれるゼミナール受講生がいたので救われました。やはり音楽の仲間は大事ですね。

【12月30日】

 520円を握りしめ、ゼミナール最終日に向かいました。名古屋音楽大学までの交通費は仲間が工面してくれました。新幹線の券は家族に協力してもらい新横浜で払ってもらい代わりの券を発行してもらう手続きをしました。新横浜から自宅までの交通費についてもゼミナールの仲間が貸してくれました。ただし、財布に入っていたものを再発行するには相当な手続きと労力がかかります。年末年始で対応できない部分もあるので大変です。

 ゼミナール最終日は秋山先生の講演と川本先生の質問コーナーに参加しました。半日日程なのであっという間に閉校式となりました。「中級機廚鯡技に修了しました。

 午後からは年に一度の吹奏楽指導者認定試験です。とにかく準備不足で落ち着いて受験できなかったことが悔やまれます。去年ならホテルで最後の追い込みをしていましたが、今年は財布の件であたふたしてしまいました。帰りの新幹線の手続きの関係上、理論の筆記試験は棄権し実技だけ受験しました。
合奏は「シンフォニア・ノビリッシマ」の冒頭でした。
 結果から申し上げれば、音の間違いには気づくことができませんでした。間違いハーモニーの濁りには気づいて取り出しましたが、半音上げる指示ができませんでした。私のあとに受験した人は見事に指摘しました。後ろで聴くと普通に分かるものも指揮台で緊張すると分からないものですね。もう1カ所についても後ろで気づくことができたので悔やまれます。その後の「吹奏楽のための第2組曲」は2楽章「無言歌」の終わりと3楽章「鍛冶屋の歌」の通しでした。昨日の4楽章のように楽しく振ることができませんでした。

 今年の上半期はJBAの会員になり、指導者研修会に参加したり、企画したりするなど吹奏楽に関わる者として充実した日々を送ることができました。その一方で下半期は精力的に音楽活動をすると、その分マイナスの波を受ける日々でした。良かれ思って行った音楽活動が問題視されたり、不運なできごとにつながったりと、立て続けにありました。おとなしくしていれば何もなかったかもしれません。今回の財布の件もしかりです。見えない力が音楽活動を阻む気さえしてきました。
 でも、音楽は嫌いになれません。もっとレベルアップする必要があるし、やりたい音楽だってある。「出る杭は打たれる」のかもしれませんが歩みは止めません。うまくいかないピンチこそチャンスと捉えていく!
 そして、2019年はこのどん底から這い上がってみせます。反省を活かしながら、マイナスの波に抗ってみせます。

 最後になりますが、無事に神奈川に帰着しました。チャイコフスキーの編曲と小論文を仕上げようと思います。

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 寒波が心配されましたが無事に名古屋につきました。今日から3日間の日程でJBA主催の吹奏楽ゼミナールに参加しています。昨年に引き続き2年連続の参加となります。去年は初めてということで異界に飛び込んだような気がしていましたが、今年は去年の受講生やJBAの知り合いもいるのでとても親近感がわく初日となりました。
 開講式に引き続き、汐澤先生のリハーサルクリニックを聴講しました。「運命の力」序曲(JBA会員の杉本先生のアレンジ)を名古屋音大モデルバンドの演奏で聴きました。質の高い演奏と指揮を目の前で体感できることで吹奏楽ゼミナールに来たという実感が湧きました。
 今年は中級気鮗講していますので、その後は川本先生の指揮法講座でした。川本先生には指揮法アカデミーでもお世話になったので、ぜひご教授いだきたいと思い中級を選びました。明日はモデルバンドで第2組曲で指揮をするので楽しみですね。その後は杉本先生のアレンジ、馬場先生の運営法を受講しました。初日は半日の日程でしたが充実していました。宿泊先のビジネスホテルで復習と試験の勉強頑張ります。

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ヨハン・デ・メイ(オランダ)

 ハーグ王立音楽院で吹奏楽指揮法とトロンボーンを学ぶ。作曲活動の他にもユーフォニアムやトロンボーン奏者として活躍している。アムステルダム・ウインドオーケストラのメンバーでもある。

交響曲「指輪物語」
この曲はメイの作曲活動の始まりの作品。3年9か月かけて作られた代表曲。イギリスの小説家トールキンの「指輪物語」を題材した作品です。物語に基づいて5つの楽章から構成されている。



アルフレッド・リード(アメリカ)

 15歳から作曲を学ぶ。1960年にはフレデリック・フェネルのあとを継いでマイアミ大学のウインドアンサンブルの指揮を23年間務めた。1981年に東京佼成ウインドオーケストラの招きで初来日し、その後毎年のように来日。大変な親日家としても知られる。

オセロ
 シェークスピアの戯曲に基づいてつくられた作品。オセロを書く前にハムレットを書き上げている。この曲も5つ場面から構成されている。ムーア人が白人の貴族を妻にする衝撃的な内容、またそこから生じる悲劇を見事に描いた作品。



フィリップ・スパーク(イギリス)

 王立音楽院でピアノ、トランペット、作曲を学ぶ。GUSバンド(職場の金管バンド)のメンバーでもあった。同バンドの50周年記念作品が「ゴールデン・ジュビリー」である。大変、好評だったため吹奏楽に改編され、彼の代表曲の1つとなった。

ドラゴンの年
 ブラスバンドのための作品として作られた。ウェールズ南部のコーリーバンドの創立100周年を記念して作られた作品。3楽章で構成されている。ブラスバンドヨーロッパチャンピョンシップの課題曲としても採用された名曲。なお、この曲も吹奏楽改編されている。




ウィリアム・H・ヒル(アメリカ)

 カルフォルニア州立大学の助教授として作曲と理論を教えながら同大学ウインドアンサンブルを率いていた。ABAでは、1977年に「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」で第1位に入選した。


セント・アンソニー・ヴァリエーション
 主題となっているのは17世紀の聖歌として有名な「セント・アンソニー」。ブラームスもこの主題で変奏曲を書き、ハイドンも木管楽器のための作品を書いている。日本では1985年に天理高校によりコンクールで演奏されて有名になった。
 


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