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ラオスの古都ルアンパバーンとタイ国境に位置するフェーサイを結ぶ、メコン川のスローボート。旅行者には、きわめて利用価値の高い航路である。
この船旅、途中の田舎町パクベンで1泊。2日がかりの旅となるので、急ぎの旅人の中にはスピードボートで移動しようとする輩がいるが、やめておこう。耳をつんざくようなすさまじい轟音をたてて疾走するスピードボート、あれはとても人間の乗り物ではない。ここは、スローボートでのんびり行こう。
「尻が痛くなる」とか、「ひどく退屈」とかいう口コミも聞こえてくるが(「地球の歩き方」など)、そんなことはない。本当にのんびりした快適な船旅であり、ヨーロッパ人旅行者の利用も多い(2枚目の写真)。まあ、最近のスローボートはトイレ付きでとても快適になった、という事情はあるようだ(「旅行人」最新号の読者の投書にもある)。
私はパクベンで降りて、ここから北部ラオスに向かったので、フェーサイへは行ってない。パクベンは18時から22時の間しか電気が使えない、何もない村である。ボートが到着する時間帯のみ、ゲストハウスの客引きがやってきてにわかに活気づくのがちょっと微笑ましい。
夕刻になると、裸足で遊ぶ子供たちの歓声があちこちから聞こえる。一番下の写真。子供たちが何をしているかわかるだろうか。これ、家の中にあるテレビを覗き込んでいるのである。
もし退屈だったら、村のメインストリート(1本しかないが)市場を見学するといい。近隣の農家が野菜などを道端に無造作に並べているだけであるが、カエルやネズミも売っている。
ラオスでは、いつもどこか懐かしい光景に出会う。
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ラオス・ベトナム
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ホイアンの町並みが世界文化遺産に登録されたのは、たしか1999年。それ以来、このどこか懐かしさを覚える町並みに魅せられた観光客が押し寄せ、すっかりベトナムの有名観光地の一つとなった。麗江(中国)、ルアンパバーン(ラオス)同様、できれば世界遺産になる前に一度訪れておきたかった町のひとつである。
しかし、あのランタン祭の大変な賑わいの翌日に町を歩いてみれば、静かで寂しいベトナムの地方都市のように感じられてくるから不思議なものだ=写真1枚目・2枚目=。
ホイアンの観光については5年前、近郊のミーソン遺跡とともに一通りすませているので、5年前を思い出しながら少しだけ書く。
この町にかつて日本人町があったことはよく知られているが、現在のホイアンにその痕跡は全くない。来遠橋(別名:日本橋)=写真3枚目=の向こう側が、かつては日本人居住区だったと聞いている。
その代わり、ホイアンの町はずれに「日本人の墓」がある。レンタサイクルで一人探しに行ったのだが、場所がわかりにくいこと甚だしい。地元の人に何度も何度も尋ねながら、ぐるぐる迷ってようやくたどり着いた。
その一つは民家の敷地内にさりげなく建っていて、大きく「BANJIRO」と表記されている墓である。そしてもう一つは、何と田んぼのど真ん中に建っている。
細いあぜ道を自転車を押しながら墓へ向かったが、墓参りをしている間に自転車が田んぼの中へ横転(笑)。マイ自転車はすっかり泥だらけになって、近所で田植えをしていた農民にまで笑われてしまった。
ちなみにこの墓の住人、谷弥次郎兵衛は江戸幕府の対外貿易禁止令に従って帰国することになったのだが、ホイアンに住む恋人に会いたくて戻ろうとする途中、倒れたのだといわれている。
日本人にはもちろんであるが、ヨーロッパ人の間でも非常に人気が高いホイアン。現代の観光客は、恋人がいなくてもまたいつかホイアンに戻りたいと思うのだろう。
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2010年2月27日、旧暦14日(満月)の夜。 |
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写真は今から1年前、ラオスの田舎町ノーンキャウで民家の新年パーティに招かれたときのもの。 |
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ムアンシンからトレッキングで訪れたPawai村。 |



