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ドアーズと60年代

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 「ドアーズ/まぼろしの世界(When You're Strange)」 監督トム・ディチロ
http://www.thedoors.jp/index.html

 かつてメキシコシティの地下鉄駅構内で、ドアーズの映画のやたら大きなポスターが、至る所に貼り出されているのを目にしたことがある。ドアーズってメキシコでこんなに人気があったんだっけ?と目を白黒させたものだ。
 その映画とはもちろん今回の作品ではなく、オリヴァー・ストーン監督が作った「ドアーズ」の方だ。日本ではすでに前年に公開され、話題を集めていた作品である。

 今回の映画公開に際して、そのオリヴァー・ストーンが可哀想になるくらいけなされている。「これはアンチ・オリヴァー・ストーンの映画であり、ここにこそ真のドアーズがある」(レイ・マンザレク)という訳である。
 確かに、ジム・モリソンを演じたヴァル・キルマーの演技はオスカーものだったとはいえ、あれはドアーズのドキュメンタリー映画というより、「オリヴァー・ストーンの映画」だったのかもしれない、と今になって思う。
 
 さて真打ち、今回の映画である。もし、あなたがドアーズを全く知らなかったとしても、そのユニークな音楽性はさておいて、ジム・モリソンという才知溢れる一人のカリスマ・ロッカーの強烈なキャラクターを目の当たりにして、きっと何かしら感じるものがあることだろう。

 ドアーズほど「1960年代」を強く想起させてくれるロック・バンドはない。それはなぜだろう?1967年のデビューから、1974年のモリソンの死まで。映画はそれを自明の理のごとく、60年代アメリカの世相を随所に挟み込んでいく。
 泥沼化するベトナム戦争、ケネディ兄弟の暗殺、公民権運動の高揚、キング牧師の暗殺、黒人暴動、ヒッピー…。オリヴァー・ストーンの映画のとき以上に、我々はいやおうなく60年代に引き戻される。ジム・モリソンは、60年代という時代を全力で駆け抜け、燃え尽きた男なのだ。

 ところで、ここで言う「60年代」とは1960〜1969年のことではない。誰が言ったのかもう覚えていないのだが、こういう説があるのだ。
 「60年代とは、1964年のJ.F.ケネディ暗殺事件に始まり、1974年のニクソン辞任までの間のことだ。」

 これを初めて聞いたとき、私は膝を打って納得した。

 1971〜1974年の間、アメリカのソウル・ミュージック界では、信じられないようなレコードが次から次へと世に出ていた。マーヴィン・ゲイ(What's Goin' On)、スライ・ストーン(There's a Riot Goin On)、カーティス・メイフィールド(Superfly)、テンプテーションズ(Papa Was a Rollling Stone)、オージェイズ(Back Stabbers)、スティーヴィー・ワンダー(Innervisions)、それに、ウォー、シャイ・ライツ、アル・グリーン、ステイプル・シンガーズ、華麗なるフィリー・ソウルの数々…
 あれはいったい、何だったのだ?私のレコード棚には、見事なまでに、これら1972年や1973年のレコードばかりがずらりと並んでいる。

 一つだけ言えるのは、あれは断じて「70年代ソウル」なのではない。公民権運動の後のブラック・コミュニティに出現した、1960年代の「最後の輝き」だったのだ。

アラバマとレイシズム

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 アトランタから始めたディープサウスの旅は、ジョージア州を越えてアラバマ州へ。このとき私の脳裏にあったのは、この映画のワンシーンであった。

☆「ドライビングMissデイジー」(1989年、監督ブルース・べレスフォード)=写真=

 ユダヤ人で元教師のミス・デイジー(72歳)、男やもめの黒人運転手のホーク(60歳)。この二人が心を通わすようになるまでの過程を、心優しく描いたアカデミー受賞作である。
 南部ではともに差別の対象であった「ユダヤ人」と「黒人」という設定。「見え透いている」との評もあったが、とにかくデイジー役の故ジェシカ・タンディ(主演女優賞受賞)、ホーク役のモーガン・フリーマン(上映中の「インビクタス」ではネルソン・マンデラを演じている名優)、この二人の演技が実に素晴らしい!

 で、伯父の誕生祝いのため、ホークの運転で二人がジョージアからアラバマへと向かうシーン。このときスクリーンには、「ここよりアラバマ。」の道路標識が映し出される。
 これ一つで、緊張感がぐっと高まるシーンなのである。二人の行く手に、暗雲が漂うことを暗示している。
 同じ南部とはいえ、アラバマ州はジョージア州と比較しても、明らかに黒人差別が露骨で激しかった。アラバマ州知事を4度務めたジョージ・ウォーレスは、筋金入りの人種差別主義者として有名だった人である。

 かつてニール・ヤングは、「アラバマ」「サザン・マン」という曲を書いて、南部人の人種差別を厳しく糾弾した。これに対するアンサーソングとして作られたのが、サザンロックの人気バンド、レイナード・スキナードのアラバマ賛歌「スウィート・ホーム・アラバマ」である。能天気な歌のように聴こえるが、ヒット曲として悪くはない。

 アラバマには、公民権運動の「聖地」がいくつもある。

1.州都モンゴメリー…公民権運動が盛り上がるきっかけとなった、有名な「バスボイコット運動」が始まった場所。公民権運動で命を落とした人々の名を刻んだ記念碑もある。ちなみに、その近くにある州議事堂はなぜかまぶしいほど真っ白。
2.セルマ…モンゴメリーから1時間の小さな町であるが、アラバマ川にかかるベッタス橋に注目。キング牧師率いる平和的なデモ隊「自由の行進」が州兵と衝突、多数の死傷者を出した「セルマの悲劇」の現場である。
3.バーミングハム…アラバマ州最大の都市。広場には、警察が黒人のデモ隊に犬をけしかけるシーンなどを再現した銅像が多数ある。この公園から見えるバプティスト教会では過激派の白人による爆破テロが発生、この町は‘Bombingham’の異名をもつ。その向かいは充実した内容の公民権記念館。

 初めてニューヨークへ行ったとき、タワーレコードの第1号店に入った。黒人音楽のコーナーを見ようと2階に上がると、恰幅のいい黒人のおばさんがアレサ・フランクリンのBGMにあわせて腰を振っていた。ふと見渡すと、フロアには黒人しかいない。
 1階は白人だけ、2階は黒人だけ。
 この光景に、軽いショックを覚えたことを思い出す。

 先日日本でも放送された、BBC制作のソウル・ミュージックの歴史を描いたシリーズ「Soul Deep」。これを見て,改めて強く認識した。
 黒人音楽が人種を問わず聴かれるようになるヒップホップ時代のソウル・ミュージックに至るまでには、長い長い「レイス・ミュージック」(人種別音楽)としての歴史があったのだということを…。



 

◆「ニュー・シネマ・パラダイス」 'NUOVO CINEMA PARADISO' (1989年) 主演:フィリップ・ノワレ
◆「みんな元気」'STANNO TUTTI BENE'(1990年) 主演:マルチェロ・マストロヤンニ

 先日、BSで「ニュー・シネマ・パラダイス」の「完全版」(オリジナル短縮版とはずいぶん違うんだな。)を見て、以前シチリア島のロケ地の村を訪ねようと計画をたてていた事を思い出した。
 「ニュー・シネマ・パラダイス」は日本でとても評判をとった映画だから、同じ事を考えた人が多かったのだろう、「地球の歩き方」のコラムでも、しっかりとこのロケ地の場所が紹介されていた。(映画の中では「ジャンカルド村」であるが、もちろんこれは架空の村名だ。)

 シチリアに行ったことはある。しかしわずか5泊。パレルモとタオルミーナとカターニャだけの、駆け足の旅だった。次回は夏の強烈な太陽の下、毎日パスタを腹いっぱい食べながら(笑)、シチリアにどっぷりとつかってみたいものだ。

 翌年公開された「みんな元気」も大好きな映画なのだが、こちらはなぜかほとんど話題にならなかった。「ニュー・シネマ…」に優るとも劣らない、素晴らしい作品だと思うのだが…。こちらは、老優マストロヤンニ演じる父親が、イタリア各地に散らばる子供たちを訪ね歩く、「老人版ロードムービー」である。

 監督ジュゼッペ・トルナトーレ。この2作品に満ち溢れる「映画への限りない愛情」は、彼がいかに映画マニアであるかを雄弁に語っている。
 しかし、私がこの2作品に引かれたもうひとつの理由が、おそらくシチリア人である彼が表現する、「シチリアへのこだわり」なのだろうと思う。

 「ニュー・シネマ…」では、ナポリ人(ナポリは北イタリアではないのだが)が宝くじを当てると、村人たちは「北イタリア人は幸運だ」とつぶやく。トトの恋人エレーナも北イタリア人である。アルフレードは「青い目は一番手ごわい」と、トトに強く警告する。
 「みんな元気」では、父親が夜の広場で職務質問されるシーンがそう。身分証明書をちらりと見た警官に「シチリア人?」と質問された彼は、「有罪かね?」と即答する。

 シチリアの光と影。
 シチリア人の「北」への屈折した思い。

 「シチリアにいると、ここが世界の中心に思えてしまう、シチリアでは何も変わらない。だからここを去れ、すべてを忘れ、決して戻ってくるな、と。この言葉はアメリカ映画の受け売りではなく、アルフレード自身のものだ。これはシチリア人の魂の叫びでもある。」〜竹山博英氏(イタリア文学)〜

 次の「海の上のピアニスト」が期待はずれだったので、その後トルナトーレの作品を見なくなった。しかし、2000年の作品「マレーナ」はシチリアものだったんだね。

機会があれば見てみようと思う。

 

シリアの花嫁

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 先月、仙台でも公開されたばかりの「シリアの花嫁」(2004年モントリオール世界映画祭グランプリ)。

「第三次中東戦争の結果、ゴラン高原に住むドゥルーズ派の人々はすべて無国籍者となった。」
「一度境界線を越えてシリアへ行ったら、二度と家族の元へは帰れない。」

 冒頭から映像に惹きつけられていった理由は、それがまさに私が旅したシリア、ゴラン高原の風景そのものだったから。そして、家族や親戚どうしが「境界線」をはさんで互いの姿を遠くに確認しつつ、拡声器で近況を報告しあう、そんな話を実際に現地で聞いていたから。

 主人公の花嫁のパスポートに「イスラエル出国」の印が押されてしまったゆえ、シリア側では「入国」を拒否され、右往左往するラストシーン。生々しいの一語に尽きる。 
 私がシリアのビザを取得する際にも、あなたは「占領されたパレスチナ」に行ったことがあるか、という質問事項があった。これにyesと答えれば、イスラエルに入国したとみなされ、当然ビザは発給されない。

 少ない観客にもかかわらず、パンフレットは完売であった。おそらく映画を観た後、初めてその複雑な背景を理解しようと買っていった人が多かったのであろう。

ゲバラ

 現在も仙台駅東口の映画館で公開中のチェ・ゲバラの映画。
 「ゲバラのプリントされたTシャツなどを着てくれば千円!」との触れ込みだったので、以前チリの港町ヴァルパライソで手に入れた、ゲバラを表紙にあしらったノートを試しに持参してみた。「これで千円になる?」と聞いたら即OKだった。ラッキー!

 それにしても、時代を超えたゲバラの根強い人気。本当に驚かされる。今の若者たちは、ゲバラの人生にいったい何を見いだしているのだろうか?

 さて肝心の映画の方だが、残念ながらがっかりだった。
 年代がめまぐるしく行き来し緊張感をそぐ構成はともかくとして、ゲバラの人となりがうまく表現されていたかというと、これは大いに疑問。たとえば、裕福な生まれのアルゼンチンの若者が、なにゆえに革命という理想にあそこまで身を投じることになるのか?
 ま、アメリカ人が制作した初めてのゲバラ映画という事に意義があるのだろうし、全体としてはニュース映像をなぞるような作りだから、キューバ革命とゲバラを最初から勉強したい、という初心者だったら観てもいいかもしれない。
 
 で、代わりに若き日のゲバラの旅を描いた「モーターサイクル・ダイアリーズ」をお薦めする。
 ゲバラが旅の途上立ち寄った、チリ北部のチュキカマタ銅鉱山。この映画を観て1年後、私もこの巨大な露天堀り鉱山の前に立ってみたのだった。
 そもそも、こうした「ロードムービー」に私はめっぽう弱いのである。旅好きなせいか、つい主人公と一体化して共感を覚えてしまう。それに、ロードムービーには地理の教材になりそうなシーンが結構多いのである。

 昨年観たなかで最高のロードムービーといえば、ショーン・ペン監督の「イントゥ・ザ・ワイルド」。
 アラスカをはじめとする映像の美しさもさることながら、授業で使いたいシーンもちらほら。
 たとえば、主人公がアリゾナの砂漠で野宿していた際に洪水に遭うシーン。普段は水流のないワジ(涸れ川)が濁流で溢れるときの迫力は見もの。あるいは、ノースダコタの春小麦地帯での収穫作業シーン。コンバインの巨大さひとつとってみても、映像を見て初めて実感が湧く。

 振り返ってみれば、過去にも授業で使わせてもらった映画が何本もあった。
 世界史なら本も出ているのだが、ここはひとつ「地理の授業に使える映画のシーン特集」でも作ってみるか。
 

 
 
 
 

 

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