サルサ・フォルクローレ

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 今年は中止かな…と勝手に決めつけていた福島県川俣町のコスキン祭。今年も例年通り、10月8日〜10日まで、3日間にわたり開催された。

 いつもとちょっと違うなと感じたのは、ゲスト・ミュージシャンの顔ぶれが例年になく豪華で充実していたこと。そう、皆「川俣の復興」を願って参集してくれたのだ。おかげで2日目にあたる9日夜、レベルの高いステージをたっぷりと堪能することができた。

 個人的には、アルパ弾きの上松美香さん(写真一番下)と握手できたのが収穫かな?(ミーハーだなあ)。

♪ミネーロ(鉱夫)

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 旅先でふと耳にする音楽。それが街中であれ、乗っているバスの車中であれ、耳が釘付けになってしまい、音源を日本へ持って帰りたいと思うときがある。
 そんなときはすかさず、現地の人に曲名やアーティスト名を尋ねたり、CDショップで探したりするのだが、これがいつもうまくいくとは限らない。

 チリ北部、サン・ペドロ・デ・アタカマやチュキカマタ銅鉱山へ向かう拠点となるオアシス都市、カラマに滞在したときのことである。
 下町の安食堂で、実にゴキゲンなサルサが聞こえてきた。「♪ミネーロ、ミネーロ」の繰り返しがとても印象的だ。ミネーロ(minero)とはスペイン語で鉱山、鉱夫のことである。鉱山が暮らしを支えてきたチリの地方都市で、これから鉱山見学にも行こうというタイミングでこれだ。まさに、旅のテーマにうってつけではないか。
 店のおばさんに曲名を尋ねてみると、「ミネーロ」だという。何だ、そのまんまじゃないか。

 後日、カラマのCDショップで探してみたのだが、サルサのコーナーには、ありきたりのコンピレーションアルバムしか置いていない。(それにしてもサルサのCDって、どうしてあんなに品のないジャケばかりなんだろ?)店員さんに「サルサ」「ミネーロ」と聞いてみたが、埒が明かない。
 その後、チリの他の町でも探してみたのだが、結局、「ミネーロ」の音源は旅の最後まで見つからず、私にとっては幻の名曲となってしまったのである。

 サルサといえば、1991年、ちょうどキューバがパンアメリカン・オリンピックの開催地だった年、テレビの競技中継で連日流れる大会のテーマソング?が実にカッコいいサルサだった。これも絶対欲しい!と思ったのだが、当時経済危機に陥っていた社会主義国キューバにまともなCDショップなどあるはずもなく、アーティスト名も曲名もわからずじまい。

 こうして、二度と耳にしないかもしれないけれど、記憶にいつまでも残っている曲って、意外に多いのではないだろうか。

 <写真は、必見!巨大な露天掘り、チュキカマタ銅鉱山(絵葉書)>

 

 

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 今年も行ってまいりました、福島県川俣町のコスキン祭。
 
 阿武隈山地の山間部に位置するこの川俣町、自称「ケーナの里」。小学生が学校の授業でケーナを練習するという変な町。そして10月の3日間、全国からこの町に集結する日本の若者たち、おじさん・おばさんたちが、ペルーやボリビアやアルゼンチンの生粋のフォルクローレを心を込めて演奏し、唄い踊りまくるという変な祭典。
 などと野暮なことは言うまい。なにしろこの祭典、なんと今年で36回目を数える。日本最大のフォルクローレの祭典として、すっかり定着した感がある。1グループあたり2曲、わずか10分そこそこのステージに立つために、わざわざ名古屋あたりからバスをチャーターして出演者がはせ参じるのだから、たいしたものだ。
 
 私が訪れたのは,10日の日曜日。毎年楽しみにしている東京都のToda la Vida(昨年は、メルセデス・ソーサの曲でおおいに泣かせてくれた)の出演時間に合わせて、川俣に到着したつもりだった。ところが、今年に限って会場から遠く離れた駐車場へ案内されてしまい、会場へのシャトルバスを待っている間にToda la Vidaのステージが終わってしまっていた(泣)。残念。
 
 毎年大人数でステージを盛り上げてくれる、A大学中南米音楽愛好会La miaの皆さんは、今年も元気一杯だった。南高校出身のKさんはすでにA大学を卒業していたが、今年も変わらず演奏しに来ていたようだ。
 なお、ステージ写真については掲載許可をとっていないのであしからず。
 
 夜の「日本代表審査会」では、エントリーした5組のうちの優勝チームに対し、本場コスキン市(アルゼンチン)で行われる音楽祭への出場権がプレゼントされる。今年は、宮城県のグループが優勝!
 コスキン市は、アルゼンチン北西部コルドバ州の北に位置する町で、フォルクローレが盛んな土地柄である。私もいつの日か、音楽祭の日程に合わせてこの町を訪れてみたい。
 
 それはさておき…。
 アルゼンチンには未だ足を踏み入れたことがないのだが、チリのコピアポなら行ったことがある。まさしく「典型的な」鉱山町であった。落盤事故のあったサンホセ鉱山は、このコピアポ市から50kmのところにある。
 「南米の優等生」といわれ、経済的にも比較的順調なチリにおいてさえ、鉱山労働者の仕事を取り巻く環境は相当劣悪で、賃金も低い。今回の事故をきっかけにして、そんな側面にもスポットが当たればいいな、と思う。
 
 
 
 
 
 
 
 

エル・カンタンテ

 危うく見逃すところだった。

★「エル・カンタンテ El Cantante」 監督:レオン・イチャソ、出演:マーク・アンソニー(エクトル・ラボー役)、ジェニファー・ロペス(製作およびエクトルの妻プチ役) 封切:2007年(全米)2009年(日本)

 ああエクトル・ラボーの映画、仙台でやってたんだ!上映は今週限りという事で昨夜、映画館へ直行。同館で上映していたマイケルの「This Is It」は軽くスルーしてね(笑)。

 振り返ってみれば、サルサを聴き始めたきっかけがエクトル・ラボーだった。最初に買ったサルサのレコードも彼の70年代の傑作、「De Ti Depende」(1976年)と「Comedia」(1978年)だった。エクトルが「お前との愛なんて、昨日の新聞のようなものさ」とニヒルに歌いだす「Periodico de Ayer」。やがて流麗なストリングスが押し寄せ、そこにホーンがたたみかけてくると、いつも胸が締め付けられそうな気持ちになった。まさにニューヨークならではの、都会のサルサだった。
 
 映画の中で、ニューヨークサルサが最も熱気を帯びていた70年代、さらには80年代の「エル・バリオ」、すなわちスパニッシュ・ハーレムのザワザワした雰囲気が描かれている事が嬉しい。私が初めてスパニッシュ・ハーレムを訪れたのも1980年代後半のことだったから。

 当時、プエルトリコ系移民の平均所得はアフリカ系アメリカ人よりも下だった。多くのプエルトリコ人が、貧困から脱出しようと島を出て、スパニッシュ・ハーレムに居を構えた。エクトルも、そんな大勢のプエルトリカンの一人に過ぎなかった。そこから彼は「エル・カンタンテ(歌手の中の歌手)」と称賛される大人気歌手へとのしあがっていく。しかし、彼はいささか繊細すぎる人間であったようだ。

 私がスパニッシュ・ハーレムをさまよっていたその頃、エクトルはすでに酒とドラッグにやられ、心身ともボロボロの状態であった。まもなく、彼はプエルトリコのホテルから身を投げ自殺をはかった。一命を取り留めたものの、5年後にはエイズによる合併症でこの世を去った。

 映画には出てこないが、こんな忘れられないエピソードを聞いたことがある。
 死の少し前、彼がステージにたつという噂に聴衆は半信半疑、誰も信じていなかった。そこへエクトルが現れた。よれよれで立っているのもやっと。それは見るからに痛ましい光景だった。ところが、バックの演奏が始まるやいなや、彼は突然しゃきっとマイクをつかみ、あの声で歌い始めたそうである。
これは本能だったのか。彼は最後まで「エル・カンタンテ」だったのだろうか。
 
 あなたがもし、8月にスパニッシュ・ハーレムを訪ねる計画があるのなら、土曜日に行くことを勧める。その日は通りは歩行者天国となり、沢山の出店が並び、即席のステージで演奏されるサルサにあわせて、おばあちゃんたちも腰を振っていることだろう。
 そんなとき、隣で踊っている人に聞いてみよう。「エクトル・ラボー知ってる?」って。

 もちろん今のスパニッシュ・ハーレムは、70年代や80年代とは違う。住民の多くはニューヨリカン(ニューヨーク生まれのプエルトリコ人)だし、街並みもずいぶん変わった。だから次の現地ツアーに参加する、というのもひとつの手かもしれない。
→www.HarlemJP.com
ラテン好きのガイドの案内でスパニッシュ・ハーレムだけ3時間のツアーがあるんだってさ。
  
 

カルカス ライブ!

 先日、テスト前の多忙な日々の間隙をぬって、東京でライブのはしごをしてきました。
 6月14日 「相対性理論」 恵比寿リキッドルーム
 6月15日 「カルカス」 府中の森芸術劇場

 「相対性理論」と「カルカス」。一見全くつながりのない異種ジャンルの音楽を、軽々とはしごしてしまうところが私らしい、と解釈しておいてください(笑)。
 相対性理論について書きたい事は山ほどあるのだけれど、今日はカルカスの報告です。

 ボリビア否、南米を代表するこのバンドの歴史は、今年で38年にもなる。ゆえに、個人的にはあれも聴いてみたい、これも聴いてみたい、という気持ちがないわけではないが、この日のセットリストでも十分。おそらく、ほとんどの聴衆は大満足して家路についたことだろう。
 さすがに、実にプロフェッショナルなステージだった(前日が相対性理論だったから余計そう感じたのかも)。
 今やすっかりメンバーの一員として溶け込んでいる、チャランゴ奏者の宍戸誠。彼はまだ若いけれど、あんなに日本のおばさん達に人気があるとは思ってもいなかった。彼が神奈川県松田町の出身だということは、今回初めて知った。コチャバンバ出身の4人(今回はリーダーのみが来日していない)と、神奈川県人が1人。その他にアシストとしてベース、ドラムの2人が加わった今回のメンバー構成である。
 もし「コンドルは飛んでいく」しか知らない、というフォルクローレファンがいるのだとしたら、彼らの作品は絶対最初に耳にしておくべき。過去のベストアルバムでもいいし、近年出た35周年記念アルバムでもいい。

 終演後、楽屋前で待っていたらメンバーが次々と出てきて、全員が笑顔で快くサインに応じてくれた。ムーチャス・グラシアス!
 それに、5日前の電話予約だったにかかわらず、まさにど真ん中、前から3列目の席を用意していてくれていた民音の方にも感謝感謝(決して席がガラガラだった訳ではない)。

 PS. ハードが壊れてしまったと思われたパソコンですが、しばらくぶりに念のため電源を入れてみたら、何としっかり復活していました。
あれれ?どういうこっちゃ。
ひょっとしてパソコンも、長期休暇が欲しかったのでしょうか?

 というわけで、次回は画像アップします。

 

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