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読売日本交響楽団第515回名曲シリーズ
6月8日(月) サントリーホール
指揮:下野 竜也
クラリネット:ザビーネ・マイヤー
ウェーバー:
歌劇〈オイリアンテ〉序曲
クラリネット協奏曲第1番
ドヴォルザーク:交響曲第1番〈ズロニツェの鐘〉
「ゲテモノ担当」って、ぼくが決めたわけじゃないですよ。下野さんご自身が昨年5月の定期、山根明季子さんの読響委嘱作品初演での舞台あいさつでそう発言されました。名曲はスクロヴァチェフスキ先生がいらっしゃるから、自分はゲテモノ担当ですと。作曲者のいる前で「ゲテモノ」ってのは、さすがにちょっと失礼じゃないかと思いましたが、すっかりゲテモノ担当になられたらしく、先月、今月と演奏会場で配布されるプログラム冊子でもゲテモノ担当として紹介されています。ぼくにとっては、ヒンデミットもシュニトケも偉大な“20th Century Classics”で、下野さんが演奏したライラック・レクイエムも、シンフォニア・セレナも、マティス・シンフォニーも極上のセンスに満ちた愛すべき佳品です。まあ、彼一流の洒落なんでしょう。お話をうかがった時もよほどヒンデミットを愛しておられるらしく、いつもより多くのリハーサルセッションを持ったとおっしゃっていましたから。
で、今夜のドヴォルザークの1番シンフォニー、これは正真正銘のゲテモノだとぼくは昔から思っています。さまざまな模倣スタイルが混淆したパスティッチョ。例えば、スケルツォはメンデルスゾーンだし、フィナーレは和声法、楽器法からコーダの複合リズムまで何から何までまごうことなきシューマンスタイル。で、自分の持ちネタを全部吐き出したような楽想の横溢で冗長になり、とってつけたような冒頭主題の回帰がそこらじゅうにあって、どうも整理がつかない。作曲者自身が出版を許さなかった事実、さもありなんと頷けます。しかし、さすがゲテモノ担当の下野さん。彼の手にかかると、ゲテモノがそれなりのB級グルメに仕上がっています。牛肉、鶏肉、豚肉、白身魚、漬け物、海苔の佃煮、トマト、ゴーヤ、全部使ってうまい鍋を作ってみろといわれ、悶絶しながらあるものをメインに、あるものを隠し味にと工夫の限りを尽くしたら、何となくうまい料理に仕上がったという感じ。まさにゲテモノ食材のカリスマシェフです。たしかに、1楽章なんか、暴力的なリズムと音響の中に「真昼の魔女」など後年の傑作で作曲者がたどりついたマジカルサウンドの片鱗が窺えます。アダージョは、自分の好みとしてはちょっと元気よすぎ。もっと静謐な美しさがあるはずだと思う。スケルツォのリズム感はさすが下野さん。フィナーレはあれだけがんがん鳴らすとちょっと痛快でもあります。
ザビーネ・マイヤーさんは圧倒的な存在感で舞台を支配しました。クラリネットという楽器にこれほどの表現力と表現の幅があるのに驚きました。彼女、なんと指揮をしているではありませんか。重要なパートの方に向かって、片手を振って合図をしている。で、それを見て下野さんは場内整理、彼女のやりたい放題にしっかり食らいつこうとオケも必死という構図。指揮台とセコバイの間をバレエで言うとシャッセのようなステップで幅2メートルくらい動き回る彼女。ソロクラリネットのアルペジオにフルートやオーボエがメロディを乗せるような場面でもマイヤーさんはおかまいなしにずっと主役。これはこれで痛快。やはり、カラヤン大先生くらいの格じゃないと、全身表現意欲のかたまりのようなこの美しきじゃじゃ馬のプロテジェにはなれないのかな?
と、好き放題書きましたが、やはり下野さんが立つ時の読響の溌剌と弾むサウンドは、ぼくには魅力的に聴こえます。
ところで、来年の定期はカンブルラン氏がかなり意欲的なプログラムを考えているようです。4月のシェーンベルクに始まり、オネゲル、ヴァレーズ、メシアン、デュティユー、ハイドン、シューマンと来るそうで、20世紀の音楽が大好きなぼくは大歓迎ですが、営業は頭を抱えているでしょう。まあ、プログラム冊子では、名曲路線の某オケに対し、シェフとともに新レパートリーの開拓に努める読響、みたいな調子で書いているわけだから、行動で示すというのはすばらしいことだと思います。シェフまでゲテモノ担当になって、ゲテモノ担当が2人です。これは凄いゲテモノパワーだ。
ゲテモノ好きのぼくとしては、読響万歳!!
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