HKの音楽夜話

在京オーケストラの定期公演を中心に、コンサート、オペラのレビューを掲載します。

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「ホログラフィー」という言葉をご存知でしょうか。見る角度によって違った画像が見える立体画像技術で、身近なところでは、1万円札に印刷されています。見る角度によって日本銀行のマークと「10000」という数字が浮き出てきますね。( http://www.bekkoame.ne.jp/~muraoka/shihei_2.html )今週のN響定期Cプロで演奏されるアントン・ヴェーベルンのパッサカリアの楽譜を読んでいて、この「ホログラフィー」という言葉を思い出しました。ホログラフィーとはいっても、この楽譜に違った角度から光を当てると別の音符が見えるというわけではありません。ハーモニー(和声)とトナリティ(調性)のホログラフィーという意味です。

まずは、曲の冒頭に提示され、このパッサカリアの中心主題となるオスティナートバスをご覧ください。( http://www.rr.iij4u.or.jp/~hkamata/ostinato.jpg )調性記号はニ短調。注目すべきは矢印をつけた4小節目のAs(変イ)です。もしこの音がA(イ)なら、単純なニ短調のバス進行です。和声演習のバス課題に出てきそうです。ところが、このAsのせいで、ニ短調の調性感がはっきりと確立されず、聴き手は調性感を見失います。次の5小節目のFも、ニ短調音階の第3音とは直ちに認識しにくいのではないでしょうか。F-E-A-Dと進んで、ようやくこの旋律線が基本的にニ短調であることを確認できます。

さて、このオスティナートに和声をつけると、どうなるでしょうか。第1変奏では、1番トランペットがオスティナート主題を吹奏し、1番フルートが対旋律をつけ、ヴィオラ及びチェロが4部に分かれて4声部の伴奏をつけます。( http://www.rr.iij4u.or.jp/~hkamata/var1.jpg )非常に美しいヴォイシング(声部進行)です。音にするとこうなります。( http://www.rr.iij4u.or.jp/~hkamata/var1.mid )どうでしょうか。ivの和音から始まるのはちょっと意表をつきますが、2小節目までは何となくニ短調に聴こえます。ところが、3小節目でいきなり得体の知れない響きになって、一気に調性感がぐらつきます。しかし、5小節目まで聴くと、何となく変ニ長調の ii - V+5 - vi の和声進行に聴こえます。“V+5”は、属和音の第五音(変ホ)を根音(変イ)に対して増五度に変化(ホ)させた和音です。ジャズなら、Ab+5とか、Ab augと書きますね。

ところが、変ニ長調の調性感が浮かび上がってきたところで、また6小節目で得体の知れない和音になって再び調性感がぐらつきます。この6小節目の和音、変二長調にむりやりあてはめるとvi7--5でしょうか。でもニ短調に当てはめると、VI 7-3-5という和音になり、7小節目のV7に向けてきれいに解決します。実はこれはいわゆる「トリスタン和音」ですね。( http://www.rr.iij4u.or.jp/~hkamata/tristan.jpg )こちらはイ短調ですが、和声の機能としては全く同じです(注参照)。ウェーベルンに話を戻すと、パッサカリアの第1変奏では、3小節目、6小節目と2回調性感が揺らぎ、ニ短調から変ニ長調、そして再びニ短調へと調性がシフトしています。フルートの対旋律が2つの調性の間を渡りながらも実にスムーズに聴こえます。

第2変奏( http://www.rr.iij4u.or.jp/~hkamata/var2.jpg )では、ハープがオスティナートを担当し、クラリネットが対旋律をつけ、弦楽器が伴奏をつけますが、和声進行は基本的に第1変奏と同じです。一番下の小譜表は、その小節につけられた和音を構成する音を拾い出したものです。やはり3小節目での変ニ長調へのシフト、6小節目のトリスタン和声と7小節目でのニ短調属和音への解決によるニ短調の調性感回復がポイントになっています。この変奏では、第2ヴァイオリン及びヴィオラの伴奏音型に経過音が含まれていて、より流れるような表情になっています。最後が完全終止せず、iiの和音に変化して半終止っぽく終わることによって、第3変奏の頭のニ短調主和音にスムーズにつながるように工夫されています。

いかがでしょうか。ニ短調ー変ニ長調ーニ短調、光の具合で見える絵柄が微妙に変化するような、「調性のホログラフィー」です。

この作品をホログラフィーに喩える理由はもう一つあります。変奏が進むにつれ、オスティナートに対するハーモナイゼーションがいろいろと変化していきます。例えば、第13変奏を見ましょう( http://www.rr.iij4u.or.jp/~hkamata/var13.jpg )。この変奏はニ短調ではなく、ニ長調で始まり、変ニ長調ーニ長調と調性がシフトします。基本となる調性が長調になって、表情が一変します。低弦に埋められたオスティナートの上にクラリネットが美しい旋律をつけます。譜例の下に和声記号を書き加えましたが、後半の和声進行が序盤の変奏とは違っています。このように、変奏が進むにつれて、ひとつの変奏の中での和声進行も微妙に変化していきます。こちらは「ハーモナイゼーションのホログラフィー」というべきでしょうか。

ドイツ/オーストリア的な「機能和声」は、ヴァーグナーのトリスタンでその可能性の極限に到達したといわれることがありますが、なかなかどうして、ヴェーベルンは、機能和声的なテクニックである増五度、減五度を利用した和音の変化をブリッジとして、従来の転調とはひと味違う調性感のシフトを実現しています。そして、それが衒学的な技法にとどまらず、まさに光の微妙な角度で絵柄が変化していくホログラフィーのような官能的な美しさをこの作品にもたらしています。トリスタン和音の引用は、機能和声の可能性を極限まで高めたヴァーグナーへのオマージュであるとともに、さらに新たな和声と調性音楽の可能性に挑戦するんだというヴェーベルンの高らかな宣言なのでしょうか。

(注)「トリスタン和音」の記号表記については、いろんな方法がありますが、これを代理コードとテンションノートを組み合わせたドミナントモーションと解釈すれば簡単じゃないか、と一刀両断する面白いエッセーがあります。「芸大和声」に代表されるペダンティックな和声論を勉強していなくても、ジャズの人はこの和声進行を直感的に把握しているのですね。( http://www5.famille.ne.jp/~piano/TALKING/tristan/tristan_2.htm

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