HKの音楽夜話

在京オーケストラの定期公演を中心に、コンサート、オペラのレビューを掲載します。

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新国立劇場 「蝶々夫人」
2009年1月21日(水)
蝶々夫人:カリーネ・ババジャニアン
ピンカートン:マッシミリアーノ・ピサピア
シャープレス:アレス・イェニス
スズキ:大林 智子 ほか
指揮:カルロ・モンタナーロ
管弦楽:東京交響楽団
演出:栗山 民也

2004/05シーズン以来3度目の上演となるプロダクションですが、すばらしい舞台だと思います。白木と紙の色を基調とした簡素な装置に工夫をこらした照明が効果的です。開演前のプロセニアムには紗幕が降りていて、蝶々さんの寓居として下手奥から上手手前を長手方向にした白木の床の上手手前角に1本立てられた五寸角の高い柱の影が上手の壁に大きく投影され、孤立する墓標のように、早くも悲劇の結末を暗示します。ソフォクレスの昔から、観衆は悲劇を見るとき、悲劇の結末をあらかじめ知っているわけですが、その結末の一点に収斂していくドラマの力を舞台上の印象的なオブジェがドラマの展開に従って意味や位相を変転しつつヴィジュアライズするという手法がぴたりとはまっていました。

この白木の柱は、蝶々さんの儚い寓居をささえる柱であり、1幕終盤のデュエットで2人のシルエットとともに投影される時には蝶々さんのまっすぐで純真な心のシンボルであり、幕切れ近く、床に打ち捨てられた花嫁衣装に赤い花をそっと置いた蝶々さんのシルエットに重なって投影される影となる時には、彼女の動かぬ決意のシンボルとなります。薄明かりとその影が蝶々さんの心象を織りなす舞台は、幕切のロ短調VI六和音トゥッティと同時に、蝶々さんの最期を煌々たるフルライトで照らし出し、そして暗転。ポネルのトリスタンの幕切れみたいで、残酷なリアリティを胸に突きつけられるようです。

ババジャニアンさんは、この役のドラマティコな系譜とは一線を画し、繊細で端正な表現。ちょっとロス・アンヘレスの歌い口を思い出しました。確かに慟哭しなくても音楽が語ってくれるし、そういう表現がこのヌヴェル・ジャポネスクな趣味のよい舞台によく調和しています。“Un bel dì, vedremo “では、美しいピアニッシモで最初の高いGesを難なく決め、“E poi la nave appare”の低いDesまで一気に下る広い音域を、音色の切れ目なくスムーズに歌い、見事。こういう蝶々さんのスタイルもあってよいし、自分は好きです。

このオペラは、タイトルロールがよければなんとか格好がつきますが、ピサノア氏、イェニス氏、大林さんもしっかりとしたサポートでした。モンタナーロ氏率いる東響は端正で美しい演奏でした。ウィーンやスカラ並みとはいえないまでも、コヴェントガーデンのオケよりもずっとうまいです。

この舞台、ヨーロッパに持っていってもかなり受けると思います。

余談ですが、「ある晴れた日」と題されたアリアの歌詞とメロディラインについてちょっと考えてみました。歌詞の第1スタンザ:

Un bel dì, vedremo
levarsi un fil di fumo
dall'estremo confin del mare.
E poi la nave appare.

先ずは空を見上げると晴れている。
視線をちょっと下げると蒸気船の煙が水平線から立ち上る。
さらに視線を下げると、水平線の下から船が立ち上ってくる。

メロディ(上掲楽譜)も、最初のges-es-ges-es-f-fという音型とほぼ平行な音型がges->es->asと全体として詩行ごとに下降し、4行目の“E poi”ではdesからの上行音型で終止する。なるほど、このメロディは、夢想する蝶々さんの視線の動きなんですね。そんな風に詩とメロディの関係を考えるのもおもしろいです。

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