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NHK交響楽団第1655回定期公演Aプログラム
10月17日(土) NHKホール
W. リーム / 厳粛な歌(1996)
R. シュトラウス / 歌劇「カプリッチョ」作品85から「最後の場」*
R. シュトラウス / 家庭交響曲 作品53
指揮:アンドレ・プレヴィン
ソプラノ:フェリシティー・ロット*
若き日の私の音楽体験を豊かにしてくれたお二人の芸術家との再会。マエストロはN響に頻繁に来演されているが、デイム・フェリシティの歌を聴くのは本当に久しぶりだった。デラ・カーサやシュヴァルツコップフを録音でしか知らない私にとって、劇場のシュトラウス体験は、グンドゥラ・ヤノヴィッツからはじまった。彼女が一線を退くのとほぼ同じ頃、デイム・フェリシティの舞台を初めて見た。25年くらい前、たしかコヴェントガーデンでのローゼンカヴァリエだったと記憶する。ぴんと張りつめた声でシャープな輪郭をつくり、厳しいまでの凛々とした舞台姿が印象的なヤノヴィッツとは一味違って、クリーミーでよく伸びる柔らかい声で、瀟洒なコケットが素敵な美しい舞台姿だった。マエストロ・プレヴィンには、ロイヤルフィルハーモニー、ヴィーナーフィラモニカとの美しいシュトラウス、ブラームス、ハイドン、ウォルトンなど、生涯の宝となる美しい演奏を聴かせていただいた。
今夜のマドレーヌのモノローグ、全盛期にくらべると、高音域でのフレーズの滑らかさがやや失われたとはいえ、気品ある歌い回しと長身の美しい立ち姿は昔のまま。そのままマドレーヌとして劇場の舞台に立てるような、オレンジ色のローブデコルテにワインレッドのガウンをはおったような衣装。ディクションはあいかわらず美しい。’u’, ‘o’の深い音色、アクセントの有無による’e’の音色の使い分けなど、本当にドイツ語の母音が美しい。“Kannst du mir raten, kannst du mir helfen ...”のところで夢見るような淡い音色、内省的な歌い回しにさっと変化するところは昔のまま。
今夜の演奏は、執事役のバリトンがいなかったので、月光の間奏曲のあと、執事の“Wo ist mein Bruder?”から“Morgen Mittag um elf”までの34小節を省略。最後の“Frau Gräfin, das Souper ist serviert.”は伴奏だけ。間奏曲がA-durで終わって、中抜きで突然G-durってのは、ちょっと違和感あるな。。
伴奏については、つらいところがあった。劇場での演奏経験がないのだから致し方ないが、オーケストラがこの曲の美しいイディオムを自分たちのものとしていない感じ。アラ・ブレーヴェ風にリズムをとるようにとの指示がある“Ihre Liebe schlägt mir entgegen...”のあたりはもっと流れてほしい。“für Olivier den starken Geist...”の直前は、アンサンブルが危なかった。
ドメスティカは、もうしわけないが、雑然とした演奏だった。マエストロはオーケストラを決して追い立てない。自分のこれまでの経験上、彼がすばらしい演奏を聴かせるのは、オーケストラが曲を十分知った上で自発的にぐいぐい弾いて、そこにマエストロがところどころ美しいニュアンスをつけていくような絶妙なコンビネーションが実現するようなときだと思う。今夜はどんどん重くなっていくような感じで、酔えない。演奏記録は知らないが、N響はこの曲をそれほど演奏していないのでは?何度か危ないところをマロさんがうまく事態収拾していた。
フルートは先月に続いて渡邊玲奈さんが客演。先日定年退団された磯部さんはB管クラ2人の左側で、A管のパートを吹いておられた。
冒頭のヴォルフガング・リームの作品、はじめて聴いたが、なかなか美しいと思う。ややこしい音が入っているが、基本的には冒頭と最後のクラリネット、途中の弦楽合奏にD-durのトナリティがはっきりと聞こえる。もやの中からブラームス風の音が聞こえてくる感じ。
最後にひとつ、なぞ。添付の楽譜、マドレーヌがモノローグの中で歌うソネットです。作詞:オリヴィエ、作曲:フラマン。矢印は、詩の強音節。この詩は、イアンブス(iambus:強弱格)という韻律で書かれていて、強音節と弱音節が交互にリズミカルに現れます。手書きの矢印は、詩の強音節を示していますが、みごとに音楽の強拍をはずしていますね。。。これじゃ、オリヴィエが、“Das schöne Ebenmass ist dahin.”(均整ある韻律が吹っ飛んだ。)と歎くのも無理からぬこと。シュトラウスの名誉ために、2つ目の譜例。「最後の4つの歌」の「春」冒頭です。見事に音楽のリズムと詩の韻律が一致しています。シュトラウスのセッティングは、わざと音楽の強拍と詩韻の強音節をちょっとずらすことによって、意表をつく美しさを醸し出すことがあります(例えば、「ばらの騎士」の三重唱)が、ここまではずすのは、意図的としか思えません。ベックメッサーのお間抜けな懸賞歌なみ。マドレーヌは最後まで結論を明らかにしませんが、このソネットを聴く限り、音楽家であるシュトラウスはやはり、“Prima la musica, dopo le parole”(まず音楽、そして言葉)と宣言しているように思います。ああ、かわいそうなオリヴィエ。。
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