HKの音楽夜話

在京オーケストラの定期公演を中心に、コンサート、オペラのレビューを掲載します。

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N響10月Aプロ

NHK交響楽団第1656回定期公演Cプログラム 
10月24日 ( 土) NHKホール
プレヴィン / オウルズ(2008)[日本初演]
モーツァルト / ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488
ショスタコーヴィチ / 交響曲 第5番 ニ短調 作品47
指揮:アンドレ・プレヴィン
ピアノ:池場文美

先週のAプロに関する日記で、次のように書いた。
「マエストロはオーケストラを決して追い立てない。自分のこれまでの経験上、彼がすばらしい演奏を聴かせるのは、オーケストラが曲を十分知った上で自発的にぐいぐい弾いて、そこにマエストロがところどころ美しいニュアンスをつけていくような絶妙なコンビネーションが実現するようなときだと思う。」

今日のCプロは、まさにそういう機会だった。オーケストラは、ショスタコーヴィチのこの曲を知り尽くしている。しかも、シュトラウスのドメスティカと比較すればずっと合わせやすいだろう。全曲を通じて、遅めのテンポながらメリハリよく聴かせ、マエストロのスパイスの効いた指示がとても有効だった。オーケストラの出来はやはりモティベーションによって大きく左右されるのだろう。勝手知ったる名曲、このマエストロのために渾身の演奏を、という意気込みが音になった。管楽器ソロも自分としてはベストメンバーで、満足。フルートは客演首席が続いているが、今日の宮崎由美香さんははっとするような美しい音色と連綿とした節回しすばらしかった。結局、新トップはだれになるんだろう?クラリネットはだれだったのかな?

オウルズ(Owls)って、ふくろうのことですが、もちろん初めて聴く曲。題名を見たときは、そういえば、マエストロのお姿は、ちょっとふくろうに似ているなと思った。森のいろいろな生き物をソロ楽器のペアで聴かせるという趣向の曲らしい。プレヴィン氏らしいセンスの良い曲だった。

コンチェルトを弾いた池場さん、きれいに弾いておられたが、ちょっとオーケストラの中に埋もれてしまって、華やかなところが足りないかなという印象。マエストロに気を遣い過ぎ?

N響10月Aプロ

NHK交響楽団第1656回定期公演Cプログラム 
10月24日 ( 土) NHKホール
プレヴィン / オウルズ(2008)[日本初演]
モーツァルト / ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488
ショスタコーヴィチ / 交響曲 第5番 ニ短調 作品47
指揮:アンドレ・プレヴィン
ピアノ:池場文美

先週のAプロに関する日記で、次のように書いた。
「マエストロはオーケストラを決して追い立てない。自分のこれまでの経験上、彼がすばらしい演奏を聴かせるのは、オーケストラが曲を十分知った上で自発的にぐいぐい弾いて、そこにマエストロがところどころ美しいニュアンスをつけていくような絶妙なコンビネーションが実現するようなときだと思う。」

今日のCプロは、まさにそういう機会だった。オーケストラは、ショスタコーヴィチのこの曲を知り尽くしている。しかも、シュトラウスのドメスティカと比較すればずっと合わせやすいだろう。全曲を通じて、遅めのテンポながらメリハリよく聴かせ、マエストロのスパイスの効いた指示がとても有効だった。オーケストラの出来はやはりモティベーションによって大きくされるのだろう。勝手知ったる名曲、このマエストロのために渾身の演奏を、という意気込みが音になった。管楽器ソロも自分としてはベストメンバーで、満足。フルートは客演首席が続いているが、今日の宮崎由美香さんははっとするような美しい音色と連綿とした節回しすばらしかった。結局、新トップはだれになるんだろう?クラリネットはだれだったのかな?

オウルズ(Owls)って、ふくろうのことですが、もちろん初めて聴く曲。題名を見たときは、そういえば、マエストロのお姿は、ちょっとふくろうに似ているなと思った。森のいろいろな生き物をソロ楽器のペアで聴かせるという趣向の曲らしい。プレヴィン氏らしいセンスの良い曲だった。

コンチェルトを弾いた池場さん、きれいに弾いておられたが、ちょっとオーケストラの中に埋もれてしまって、華やかなところが足りないかなという印象。マエストロに気を遣い過ぎ?

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東京都交響楽団第686回定期演奏会Aシリーズ
2009年10月23日(金) 東京文化会館
指揮:オレグ・カエターニ
ピアノ:カティア・スカナヴィ
モーツァルト:交響曲第29番 イ長調 K.201
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 op.26
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 ロ短調 op.54

スカナヴィというピアニストがすばらしいという噂なので出かけた。1971年モスクワ生まれ。衣装やステージマナーもまだ垢抜けない田舎のかわいらしいお嬢さんという風情だが、音楽は衝撃的だった。弾いたのは、プロコフィエフのいちばん人気があるコンチェルト。あくまで繊細、清楚にして上品、しかもしなやかな弾力や瞬発力のあるリズム感や情熱的な面も。とくに印象に残ったのは、アンダンティーノの第4変奏の瞑想的な部分や、フィナーレの弦のメロディに合わせて三度音程でクロマティックに動く部分など。コーダでは圧倒的な大音量というわけではないが、非の打ち所のないヴィルティオジティも披露した。実に音楽に香りがある。

カエターニ氏と都響は、破綻のないサポートだったが、今一歩、彼女の繊細な音楽の表情にぴったりと寄り添うところが足りない印象。フィナーレなんか、明らかに彼女が走りたそうなところ、オーケストラがついていかなくて、引っぱられているなと感じる箇所があった。

アンコールにショパンのノクターン。遺作の方のcis-moll。トリルの途中とか、2オクターブを超える長い上行下降スケールの途中で音色がホログラムのように連続して変化していく。センチメンタルな崩し方はしない。あくまでぴんと背筋を伸ばしたような気品のあるリズムで、しかも香り立つような繊細な表情を感じさせる。

ああ、ぜひCDがほしいと思い、休憩時間ロビーの売り場をさがしたが、あるのは都響のCDだけ。こんな商売っけのなさも、素朴なお嬢さんなんだなと感心する。帰宅してHMVを探したが、流通していないようだ。フランスのLYRINXというマイナーレーベルからCDを出しているようだが、どこで買えるんだろうか。

後半のショスタコーヴィチは、都響らしい美しい演奏だった。ラルゴ楽章、コールアングレのメロディ以降の木管はどのセクションも美しく、とくにフルートお二人の長大なカデンツァ風のデュオには場内が静まり返った。最後の消え入るような弱音の繊細な美しさは見事。後半の2つの楽章は、リズムセクションが際立って巧かったたと思う。ぼくは、ショスタコーヴィチのシンフォニーの中では、この曲がけっこう好きだ。1、6、9、10あたりは、本当に純粋な音楽として音楽以外の余計なことを考えず、様式や書法や音色を楽しめる。

今夜は行ってよかった。スカナヴィさん、またぜひ聴きたい。どっかでリサイタルあるかな?

読売日本交響楽団第165回東京芸術劇場名曲シリーズ
2009年10月19日(月) 東京芸術劇場
指揮:下野 竜也
チェロ=ピーター・ウィスペルウェイ
ソプラノ=澤畑 恵美/國光 ともこ
テノール=永田 峰雄
合唱=新国立劇場合唱団
バッハ(レーガー編曲):〈おお人よ、汝の大きな罪を嘆け〉
ヒンデミット:チェロ協奏曲 作品3
メンデルスゾーン:交響曲第2番〈賛歌〉

驚いた。ヒンデミットのチェロコン、ああ、あの曲だなと思って出かけたが、、、音が鳴ってびっくり。ヒンデミットのチェロコンといえば、「ンダッ、ダララダ、ダララダッダッダッダ...」ってやつだと思い込んでいたら、全然別の音が出てきて驚いた。あわててプログラムを見ると、「チェロ協奏曲作品3」と書いてある。ああ、若いとき(1921)に書いた方だったんだ。。。しかしねえ、下野さん、いかに「ゲテモノ担当」と自らおっしゃっているとはいえ、ヒンデミットには円熟期に書かれた立派なチェロコン(1940)があるのに、なんでこっちなんだろう?1940の方だって、そんなに頻繁に演奏される訳ではないし、内容的には1921よりはるかに立派なんだから、下野さんのヒンデミットシリーズの一環として演奏するなら、順番としてはこっちが先じゃないのかなあ?うーん、作品のせいだろうか、オーケストラもこなれていない、整理されていない印象で、ウィスペルウェイ氏もあちこちで音程が不安定で万全とはいいがたい演奏。アンコールのヒンデミットとバッハのサラバンド(ほとんどノンヴィブラート)は美しかった。

ぜひ、マティスシンフォニーの天国版ともいうべき、あの美しい1940チェロコン、いつかやってください。きっと下野さんの芸風にマッチしてすばらしい演奏になると思います。

メインのローベスゲザンクは、聴きごたえのある演奏だった。なんだか下野さん、ひとまわり大きくなったような印象。いつもながらのさっそうとしたアンサンブルと力強い推進力に加えて、音楽の勘所でちょっと見栄を切ったり、少し濃厚な表現を見せたりと、ご自分のやりたいことを十分にオーケストラに行き渡らせ、音楽を支配しきっていた。アレグロのコーダ部分は、火の出るような勢いだったし、3拍子のアレグレットは速めのテンポで気持ちよく流れつつ心地よいアンジュレーションというかリルト(こぶし)を感じさせるデリケート弦の歌わせ方が美しい。木管ソロは、飛び出たり、弦ときれいに混ざったり、色のパレットが豊富で大健闘。オーボエとファゴットのオクターブユニゾンとか、楽章間のブリッジになるクラリネットのソロとか、今夜は木管のソロがことごとく決まった。

終楽章は、まず新国合唱団が立派。ノンヴィブラートだったかな?力強いのに透明感のあるハーモニーで、歌詞もよく聞き取れた。とくに、ほとんどアカペラで歌われる8番のコラールがすばらしかった。唯一気になったのは、同ナンバー中、"und Allen wohlgetan"のところの音程。ほんのちょっとだけど。

澤畑さん、美しい声で丁寧な歌でしたが、ドイツ語の母音がちょっと浅くないかな?オルガン席まで上がって歌ったところの"Die Nacht is vergangen!"で、一番高いaの音程が決まらなかったのが残念。同じナンバーでのテノール永田さんは立派な声量の迫力ある歌だった。

オーケストラの配置に工夫がみられた。ホルンとトロンボーンを山台にのせて、トランペットとティンパニは舞台下手に平場置き。ヴァイオリンのバックデスクに隠れていたせいもあるが、ベルは終止やや下向きで、柔らかいバルブトランペットをさらに柔らかく聴かせるような吹き方。オケ全体が弦楽中心のシルキーな音色となり、金管のハーモニーがよく解け合い、奥行きをコンパクトにしたせいか、合唱とも美しくブレンドして、すばらしい効果だったと思う。

月曜日とはいえ、客席はちょっと寂しい。月曜からコンサートなんか行ってないでもっと仕事しろといわれそうだが。。。

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NHK交響楽団第1655回定期公演Aプログラム 
10月17日(土) NHKホール
W. リーム / 厳粛な歌(1996)
R. シュトラウス / 歌劇「カプリッチョ」作品85から「最後の場」*
R. シュトラウス / 家庭交響曲 作品53
指揮:アンドレ・プレヴィン
ソプラノ:フェリシティー・ロット*

若き日の私の音楽体験を豊かにしてくれたお二人の芸術家との再会。マエストロはN響に頻繁に来演されているが、デイム・フェリシティの歌を聴くのは本当に久しぶりだった。デラ・カーサやシュヴァルツコップフを録音でしか知らない私にとって、劇場のシュトラウス体験は、グンドゥラ・ヤノヴィッツからはじまった。彼女が一線を退くのとほぼ同じ頃、デイム・フェリシティの舞台を初めて見た。25年くらい前、たしかコヴェントガーデンでのローゼンカヴァリエだったと記憶する。ぴんと張りつめた声でシャープな輪郭をつくり、厳しいまでの凛々とした舞台姿が印象的なヤノヴィッツとは一味違って、クリーミーでよく伸びる柔らかい声で、瀟洒なコケットが素敵な美しい舞台姿だった。マエストロ・プレヴィンには、ロイヤルフィルハーモニー、ヴィーナーフィラモニカとの美しいシュトラウス、ブラームス、ハイドン、ウォルトンなど、生涯の宝となる美しい演奏を聴かせていただいた。

今夜のマドレーヌのモノローグ、全盛期にくらべると、高音域でのフレーズの滑らかさがやや失われたとはいえ、気品ある歌い回しと長身の美しい立ち姿は昔のまま。そのままマドレーヌとして劇場の舞台に立てるような、オレンジ色のローブデコルテにワインレッドのガウンをはおったような衣装。ディクションはあいかわらず美しい。’u’, ‘o’の深い音色、アクセントの有無による’e’の音色の使い分けなど、本当にドイツ語の母音が美しい。“Kannst du mir raten, kannst du mir helfen ...”のところで夢見るような淡い音色、内省的な歌い回しにさっと変化するところは昔のまま。

今夜の演奏は、執事役のバリトンがいなかったので、月光の間奏曲のあと、執事の“Wo ist mein Bruder?”から“Morgen Mittag um elf”までの34小節を省略。最後の“Frau Gräfin, das Souper ist serviert.”は伴奏だけ。間奏曲がA-durで終わって、中抜きで突然G-durってのは、ちょっと違和感あるな。。

伴奏については、つらいところがあった。劇場での演奏経験がないのだから致し方ないが、オーケストラがこの曲の美しいイディオムを自分たちのものとしていない感じ。アラ・ブレーヴェ風にリズムをとるようにとの指示がある“Ihre Liebe schlägt mir entgegen...”のあたりはもっと流れてほしい。“für Olivier den starken Geist...”の直前は、アンサンブルが危なかった。

ドメスティカは、もうしわけないが、雑然とした演奏だった。マエストロはオーケストラを決して追い立てない。自分のこれまでの経験上、彼がすばらしい演奏を聴かせるのは、オーケストラが曲を十分知った上で自発的にぐいぐい弾いて、そこにマエストロがところどころ美しいニュアンスをつけていくような絶妙なコンビネーションが実現するようなときだと思う。今夜はどんどん重くなっていくような感じで、酔えない。演奏記録は知らないが、N響はこの曲をそれほど演奏していないのでは?何度か危ないところをマロさんがうまく事態収拾していた。

フルートは先月に続いて渡邊玲奈さんが客演。先日定年退団された磯部さんはB管クラ2人の左側で、A管のパートを吹いておられた。

冒頭のヴォルフガング・リームの作品、はじめて聴いたが、なかなか美しいと思う。ややこしい音が入っているが、基本的には冒頭と最後のクラリネット、途中の弦楽合奏にD-durのトナリティがはっきりと聞こえる。もやの中からブラームス風の音が聞こえてくる感じ。

最後にひとつ、なぞ。添付の楽譜、マドレーヌがモノローグの中で歌うソネットです。作詞:オリヴィエ、作曲:フラマン。矢印は、詩の強音節。この詩は、イアンブス(iambus:強弱格)という韻律で書かれていて、強音節と弱音節が交互にリズミカルに現れます。手書きの矢印は、詩の強音節を示していますが、みごとに音楽の強拍をはずしていますね。。。これじゃ、オリヴィエが、“Das schöne Ebenmass ist dahin.”(均整ある韻律が吹っ飛んだ。)と歎くのも無理からぬこと。シュトラウスの名誉ために、2つ目の譜例。「最後の4つの歌」の「春」冒頭です。見事に音楽のリズムと詩の韻律が一致しています。シュトラウスのセッティングは、わざと音楽の強拍と詩韻の強音節をちょっとずらすことによって、意表をつく美しさを醸し出すことがあります(例えば、「ばらの騎士」の三重唱)が、ここまではずすのは、意図的としか思えません。ベックメッサーのお間抜けな懸賞歌なみ。マドレーヌは最後まで結論を明らかにしませんが、このソネットを聴く限り、音楽家であるシュトラウスはやはり、“Prima la musica, dopo le parole”(まず音楽、そして言葉)と宣言しているように思います。ああ、かわいそうなオリヴィエ。。

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