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NHK交響楽団第1646回定期公演 Aプログラム
2009年5月9日(土)NHKホール
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ムストネン / 3つの神秘(2002)
ベートーヴェン / ピアノ協奏曲 ニ長調(ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61の作曲者自身による編曲)
シベリウス / 交響曲 第6番 ニ短調 作品104
シベリウス / 交響詩「フィンランディア」作品26
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指揮/ピアノ:オリ・ムストネン
ベートーヴェンのコンチェルト、そもそもこれをピアノでやるというのはかなり無理があると思いますが、この曲から肉を全部そぎ落としてしまって骨格だけで聴かせるような音楽になっていて、それなりに楽しみました。とくにラルゲットの主題が弦のピツィカートを伴奏に戻ってくるところは美しかった。ピアニストが弾き振りなので、マロさんががんばっていましたが、ピシッとしまったアンサンブルでした。何と言うか、ピアノクァルテットを拡大したような雰囲気がそれなりによかったかな。
シベリウスは、ムストネン氏の迸るような清冽な表現意欲に応えてN響が溌剌とした演奏を聴かせ、たいへん充実した演奏でした。非常に速いテンポ。最近のシベリウス演奏はヴァンスカやこのムストネンのように、虚飾をそぎ落として構造をしっかり見せるこういうスタイルが主流になってきているのかな。よどみのないクリアな演奏で、とくにフィナーレなど、N響の合奏力が光りました。ところどころバランスの悪いところがありました。例えば、アレグロ中間部(今夜指揮者の譜面台に載っていたHansen版総譜だとfig.Fのあたり)、Vn/Vaの分散和音がちょっとうるさくてVcの美しいメロディが聴こえにくい。元気よいのはいいが、ここは、Vcにmezza voceの指示があるんだから、もう少し伴奏をコントロールしないと作曲者がほしかっただろう効果、ふわっとVcが立ち上ってくるような雰囲気がでないんじゃないかな。アレグレット楽章のちょっと寂寥感漂う雰囲気はよく出ていて美しかったと思います。ただ、fig.Gでテンポが早くなってト長調の属九に木管の断片的なパッセージが載るところ、上の指摘と同様に伴奏に埋もれてしまう。3楽章のリズムは切れがよくて、非常に楽しめました。フィナーレのfig.Oのちょっと後、Doppio piu lentoあたりからのモメンタムが失われていって静かに大詰めを迎える辺りの弦楽合奏はとても雰囲気のある表現でした。全体としては、とても楽しめました。
シベリウスのこの曲、不思議な響きで、非常に独特な音楽語法です。ベートーヴェンやモーツァルトから音楽に親しみ始めた自分は、正直なところ、若い頃はこの独特な音楽語法になじめないでいました。モティーフやセルが機能和声の枠組みの中で多様な発展を見せて、再び収束するというパラダイムがまずあって、そういう書法が時代を下るにつれて怪物のようにどんどんと巨大になっていくというドイツ音楽とは全然違って聴こえます。今日配られたプログラムノートでは、神部さんがドリア旋法の多用という特徴を指摘していますが、少なくともDドリアン、Fリディアン、Dフリージアンというモーダルスケールがはっきりと見えます。主調らしいDドリアンに対してDフリージアン(d-es-f-g-a-b-c)がナポリ六のような機能に立っている箇所(例えばフィナーレのfig.Eあたり)、第1楽章のfig.Dでは、弦楽にでてくるアルペジオのシークエンスがC-durとGes-dur (Fis-dur)という最も遠い調性の間を行き来していて、その上に載る木管のメロディが全音音階的な動きを見せるような箇所など、1914年という作曲開始時期を考えると、非常に先進的な音楽だと思います。これ以前にいわゆる「クラシック音楽」の世界でモーダルを書いた作曲家はいるのでしょうか?きっとはじめてこの曲を聴いた人は、ちょうどバップ主流のジャズ界でマイルス・デイヴィスがモーダルを始めたときのような新鮮な響きに驚いたんじゃないでしょうか。シマノフスキやルトスワフスキにも同じようなテイストがありますが、20世紀前半の東欧、北欧ではこういうはやりがあったのか、その影響関係がどうなっているのか、興味のあるところです。
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