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2008年5月14日(水)19:00 サントリーホール
指揮:ヤクブ・フルシャ
チェロ:ガブリエル・リプキン
スメタナ:歌劇『売られた花嫁』序曲
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 op.107
(アンコール)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番から ”ブーレ”?鵯.?鵺
デュポール(リプキン編曲):エチュード第7番
ポール・ベン=ハイム:「チェロのための音楽」から第三楽章(Slow)
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プロコフィエフ:バレエ音楽『ロメオとジュリエット』より
ものすごいチェリストです。ショスタコーヴィチのコンチェルトは圧巻でした。
モデラート〜カデンツァにかけて、何種類もの音色を使い分け、次はどんな音が出てくるのかと、
会場は水を打ったような静けさ。とくに、ヴィオラのクロマティックな音型と絡む中間部の
嫋々としたメロディが印象的でした。終楽章の技巧、大音量は圧倒的。当然の大喝采。
アンコールは3曲の大盤振る舞い。デュポール、ベン=ハイムの曲には、舞台上から本人が
大意次のような注釈をつけました。
かのJ.S.Bachの時代のチェロの大家、デュポールのエチュードは、チェロを学ぶ子供が必ず
弾くものですが、(といって弾いてみせる)こんなのを毎日8時間も弾かせられるといやに
なりますね。私がちょっとアレンジしてみました。
と述べて、ものすごい勢いのアルペジオにメロディラインが織り込まれたリプキン版を演奏。
あの頭の大きさくらいある手のひらで、指板上では何度くらい届くのでしょうか?都響の
チェロ奏者たちが目を皿にして覗き込んでいるのが印象的でした。
次のベン=ハイムへの注釈。
我が母国のチェリスト、ベン=ハイムが死の直前に書いた曲です。この頃、イズラエルと
パレスチナの関係は最悪でしたが、作曲者はどんな思いでこれを書いたのでしょうか。。。
ベン=ハイムは、ドイツ生まれですが、1948年のイズラエル建国とともに帰化し、名前も
ヘブラナイズした愛国的ユダヤ人チェリスト。“Music for Cello”は、1984年、死の直前に
書かれ、3楽章からなるヘブライ音楽の色濃い作品です。その終章である悲しいアリアが
演奏されました。万感の思いを込めて。もう誰も彼の世界には入っていけない。
アンコールがすごく盛り上がり、既に20時を過ぎました。後半の「ロメオとジュリエット」は、
ちょっと変わった選曲です。劇場版のイントロと終曲の間に、舞台の進行順に、3つの組曲から
セレクトした6曲が並べられ、以下の8曲が演奏されました。
序奏
モンタギュー家とキャピュレット家
仮面舞踏会
バルコニー
タイボルトの死
別れの前のロメオとジュリエット
墓の前のロメオ
終曲
舞台での印象的な場面はピックアップされていて、よい選曲だと思います。立派な演奏だったので、
もう少し盛りだくさんに聴きたかった気がします。例えば、ゴージャスなメヌエット、すてきな音色の
ローレンス神父の場面など。今夜の演奏では、都響の弦セクションの美しい音色、豊かな表情が印象的
でした。それから、序奏、バルコニーとさかんに活躍するクラリネット・ソロが管の中では特に
すばらしいイントネーション、スタンディング時の同僚楽員からの床タップも彼が一番多かった。
フルートソロも秀演。舞踏会の場面、h.....h.egh.h. のオクターブ下降とヴィオラのポルタメントが
平行する箇所、撫でられているようにぞくぞくしました。ヴィルトゥオーゾなパッセージもピシッと
決めて、good jobでした。
プロコフィエフのオーケストレーションに文句をつけるわけではないんですが、バスチューバを
あれだけ多用するのはいかがなもんでしょうね。コンバスがピットの奥に入ってオーディトリアムに
届きにくい劇場なら音楽の重心を下げるのに効果的なんでしょうが、サントリーのようによく響く
ホールでずっとあの音がなっているのはちょっと違和感があります。とくに、私の席(RB)では、
チューバのベルが照準ぴったりで、音の大砲に直撃されるものだから。。。(笑)
とはいえ、こういう「よく鳴る」オーケストレーションでサントリーホールを満たしてくれると、
さすがに快感です。つまらない話ですが、サキソフォンの音程が低いような気がしました。
フルシャ氏はお若いし、経歴を見ても、まだ劇場の経験はなさそうですが、なかなか、堂々とした
ロメオとジュリエットだったと思います。もちろん、踊れるテンポではないと思いますが、雰囲気は
出ていました。私は、ケネス・マクミランの舞台を想像しながら聴いていました。
少し注文をつけさせていただくと、叙情的な部分、例えばバルコニーシーンなど、急がずに
もっとたっぷりと歌わせてくれればと感じました。都響の弦も、もっと歌いたがっているよう
でした。いつも舞台伴奏として聴いている耳だからそう思うのでしょうかね?
最後に余談ですが、あの伝説のマクミラン版を初演したフェッリは、昨年引退してしまいました。
自分にとってロメオとジュリエットの原点は、このプロダクションです。
それまで、ロシアのバレエ団の来日公演を度々見て、ベルメルトノワなど、正統的なロシアバレエの
プリマでクラシックを見てきた自分にとって、マイムとダンスが一体化してドラマの進行が
ずっと途切れないマクミランのコレオは驚きでした。ちょうど、ベルカントオペラばかり
聴いていた人がある日突然、アリアとレチタティーヴォの区別がないヴァーグナーを
聴かされた状況を想像してください。
マクミラン版は、吉田都、アリナ・コジョカルとロイヤルのプリンシパルに脈々と受け継がれ、
今も看板演目として健在です。新国立劇場でもこれですね。
最近、読売の「春の祭典」「ペトルーシュカ」、そして今夜と、バレエが続きますが、
劇場ものは、いつもわくわくします。
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