HKの音楽夜話

在京オーケストラの定期公演を中心に、コンサート、オペラのレビューを掲載します。

Richard Wagner

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Richard Wagnerの舞台作品に関するメモ
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今日は、バレンボイム氏がイェルザレム、マイヤーらを主演に迎えてベルリンフィルハーモニカーと録音した「トリスタントイゾルデ」CDについて、私が常々不思議に思っている点を書きます。

まず、この演奏の第3幕は、ヴァーグナーが総譜に書いたものから、1小節欠けています。具体的な個所は、イゾルデが乗った船が現れ、テンポの速い三拍子でトリスタンが"Hahei der Freude! Heil am Tage zu mir Isolde! Isolde zu mir!"と唄う部分、オーケストラがトゥッティで、G音をペダルにC-durの�7から四六の主和音に移り、8小節にわたって弦が八分音符の"g-e-d-e-c-e-d-g-d-e-c-e"を4回繰り返す部分です。"mir"を起点にして3小節目が欠けていて、"d-g-d-e-c-e"が2回繰り返されています。CDでいうと、4枚目のトラック7、1分9秒あたりです。

手元にある楽譜は、1910年にPeters,Leipzigが出版したものをDoverがリプリントしたもの及び1905年にFelix MottlがWagnerの自筆譜から編集したヴォーカルスコアで、最近Egon Vossの監修でSchott,Mainzが出した新全集ではありません。しかし、前後の音楽のつながりから考えて、新全集でこの個所が1小節短くなっているとは考えにくいと思います。Schottの新全集をお手元にお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

しかも、先日のNHKホールでの公演(10/17)でも、バレンボイム氏はこの個所をPetersの楽譜通りに演奏していましたし、手元にあるどのCD(Beecham 1936, Knappertsbusch 1950, Furtwangler 1952, Bohm 1966, Karajan 1970, Kleiber 198?, Goodall 198?)でも、またバレンボイム氏自身のバイロイトでの演奏でも、この個所は、Petersの総譜通に演奏されています。

以上の状況から推察するに、この欠落は、録音後の編集で、プロデューサ及び録音技師が別テイクをつなぐ個所を間違えたと考えられます。プロデューサとしてはとんでもないミスですが、バレンボイム氏を含む演奏者も一緒にモニターしたであろうプレイバックの際に、だれもこの編集ミスを発見できなかったのが不思議です。先日のNHKホールの公演でも見られたように、この個所は、その後トリスタンが"Siehst du sie selbst?"を唄い出すキューを正確に与えるために、バレンボイム氏は、4小節を単位に指揮棒を振っていて、一々総譜を見ていなくても、1小節足りないのは感覚的にすぐわかると思うのですが、本当に不思議なことです。

もちろん、1小節足りないからと言って、バレンボイム氏の演奏の価値が損なわれるものではなく、私にとっては、氏のトリスタンは、現在劇場で直接体験できる最も感動的な演奏です。

この録音に関して、もうひとつ不思議があります。1幕5場、愛の薬を呷った二人が"Tristan!", "Isolde!"と呼び交わす直前、ヴィオラとチェロが"d-h-b-a-gis"と前奏曲冒頭と同じ音型を弾く部分のハープです。Petersの総譜では、ヴィオラ+チェロのアウフタクトのd音の次の小説頭でハ長調�7和音"ghdfhd"がグリッサンドで書かれています。他のどの演奏を聴いても、このハープのグリッサンドは、小説頭、ヴィオラ+チェロのH音に合わせて弾き始められていますが、バレンボイム氏だけは、その前のアウフタクトで弾き始められ、アウフタクトの拍中に一番上のD音まで達しています。この弾き方は、CDでも先日のNHKホールでの公演でも同じでしたが、ポネルが制作したバイロイトのプロダクションでは、ハープのグリッサンドは、小節頭にかぶさっています。

この個所は、明らかに1980年代と現在とでバレンボイム氏の演奏方法が変化しています。こちらは、もしかしたら使用する楽譜がSchottの新全集に変わったことによるものかもしれませんが、残念ながら、手元に新全集がないので、定かではありません。新全集をお持ちの方、ぜひ、教えてください。

以上の2点、つまらない話で恐縮でした。

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10月17日、NHKホールで、トリスタンとイゾルデを観る。
席は3階Rの3列目。ピットの明かりが少し気になったが、舞台全体を見渡せる席で、19,000円にしてはコストパフォーマンスは高いと思う。

クプファー演出の舞台は、壊れた天使像を配しただけの簡素なもの。息絶えつつも天に向けられるその翼は、作品全体のオスティナート的テーマであり、トリスタン自身が語る言葉を借りれば、"Im Sterben mich zu sehnen" (死につつ憧れる)を表象するのか。また、王を裏切った臣下として、友を裏切った友として、恋人を裏切った恋人として、それぞれの立場で登場人物が懊悩するルシフェル的心理を表象するのか。とりあえず、音楽がすべてを物語るこの作品では、少なくとも観る者の集中を妨げることはなく、私は好感をもった。

さて肝心の音楽。バレンボイム率いるStaatskapelle Berlinは、練り上げられ、振幅が大きく、表情も豊かな音楽づくり。決して技術的に最上のオーケストラであるとは思わないが、シェフの表現意図を十分に実現していると感じる。大音量のtuttiでは、しばしば歌手の声をかき消すが、そんなことにあまり頓着していない様子が潔い。この作品、特に2幕2場の歌詞は観念的な会話が多く、外的事象を聴衆に伝えるのに歌詞の力を借りる必要はほとんどないのだから、少々歌詞が聞き取れない部分があっても、音楽全体のうねりに身を任せていれば、まことに気持ちがよい。2幕1場、"wie hoert' ich sie, tosten noch Hoerner?"の直後、オーボエが何小節か落ちましたが、ご愛嬌でしょう。

歌手のほうは朗々とした声で、マルケの悲しみを抑制した品格の中に表現したパーペ氏が一番大きな喝采を浴びたのは妥当だろう。イゾルデのマイヤーは、まずまず。今日は残念ながら、2幕2場冒頭"O Wonne der Seele"のトップCは、うまく逃げていた。この人、もともとメッツォで、胸声を上にのばしたドラマチックな声と表現が持ち味だが、この日は、トップレジスターはちょっと伸びなかったなと感じた。とはいえ、持前の表現力で十分ドラマチックなイゾルデを聞かせてくれたと思う。

残念だったのは、トリスタンを唄ったフランツ。3幕では完全に息切れしてしまって、本当に死にそうなトリスタンそのものだった。"Muss ich dich so verstehn"の歌い出しを間違ってしまって、"du alte, ernste Weise, mit diner Klage Klang?"まで落ちてしまった。その後もリズムが不安定なので、バレンボイム氏は、オーボエ、クラリネットの小節頭の三連符をやたらアクセントをつけて吹かせて、フランツ氏にリズムを取り戻させようと努め、やっと"durch Morgengrauen bang unt baenger"あたりで事なきを得た。一流のオペラハウス、一流の指揮者、一流の歌手でも、こういう小さなアクシデントはある。そこで落ち着いて修復できるバレンボイム氏は、流石劇場経験豊富で手慣れたものだと改めて感心する。

さて、そもそも調子が悪かったのに、このアクシデントで動揺したのか、その後のフランツ氏は、はずしまくりで、"den Gifttrank gab sie mir zu"から"Verflucht, wer dich gebraut"まで、モノローグのクライマックスにあたる部分は、ほとんど音程を失い、絶叫になってしまった。テンポも走り気味で、しばしばバレンボイム氏は、左手を大きく前に突き出して舞台上のフランツ氏を制止して、次のキューを大きく出しているような始末で、聴いている私にとっては、ある意味スリリングな体験だった。

大小いくつかの傷は、こういう大作の上演にはつきもの。全体を通じて、柄の大きな、しかも表情が繊細な音楽づくり、とくにバレンボイム流の大きくうねるオーケストラの充実を満喫できた一夜だった。バイロイトでのポネル、ミュラーとの舞台の頃と比べても、表現の振幅はより大きくなったと思う。

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