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指揮:下野 竜也
フルート=瀬尾 和紀
◆ワーグナー : 楽劇<ニュルンベルクのマイスタージンガー>第1幕への前奏曲
◆山根明季子 : オーケストラのための「ヒトガタ」読響日響委嘱作品(世界初演)
◆コリリアーノ : ザ・マンハイム・ロケット
<ハーメルンの笛吹き幻想曲> (フルート協奏曲)
雨の予報のせいか、聴き慣れない現代曲のせいか、お客さんの入りは、6割程度。
常々、聴いたことがない音楽こそ、ライブで聴いて、同時代の聴衆としてこれを未来に
クラシックとして残していくべきかどうかを自分の耳で判断してほしいと思っているので
ちょっと残念です。
まずは、マイスタージンガーの前奏曲。今夜のプログラム全体の伏線。劇場で聴く機会の
方がずっと多いので、オケが舞台に載った状態で聴くと、何だか勝手が違って、音が
びゅんびゅん飛んで来ます。颯爽とした演奏ですが、強奏部分では、弦楽の
ポリフォニックなテクスチュアを金管のアコードが消してしまうことが多いように
感じました。劇場のオーケストラは、vorspielからあんなには飛ばさないですよね。
ホルンソロにミスが多いかな。マイスタージンガーって、それほど大きな編成でもないし
(ごく普通の2管)、勢いで管楽器が飛ばすと、弦楽の美しい内声を消してしまう
ようなパートライティングのなで、もっと優しく繊細に演奏してほしいと思います。
あと、ヴァイオリンがあれだけ弓を押しつけてガシガシやると、ヴィオラは聴こえませんよ。
次は山田女史の新作。プログラムノートによると、メシアンが音に色を感じるように、
山田さんは音に形を感じる、音の形として目に映る他者というオブジェの認識像を
表現したいとのことです。
作品は、チェレスタの16分音符分散和音に始まり、木管がこれに8分音符の
シンコペーテッドリズムを加え、さらに弦がpizz.とgliss.で、ブラスがミュートした
アコードで音を重ねていきます。舞台3カ所に置かれたメトロノームがそれぞれ別の
テンポを刻む中、拍節感は曖昧になり、リズムと音型のインスタレーションというか、
クラスタというか、そんな集合音像が浮かび上がっていきます。曲の後半には、
各楽器群のエレメンタルなリズムパターン、音型パターン、カデンツがゲネラルパウゼ
を挟んで個別に再提示され、前半のポリリズムなかたまりを構成する個々の音の
オブジェ(たぶんこれが「ヒトガタ」なんでしょう)が再確認されて曲を終えます。
方法論としてはなるほどなと思いますが、耳には優しくないですね。ドデカフォニーにせよ、
セル・テクニークにせよ、ポリリズムにせよ、方法論は、それ自体が「美」ではありません。
直感する美があって、方法論ないしフレームワークがその直感的な美に奉仕している、
というのが、時を経て残っていく音楽における美と様式との幸せな関係ではないでしょうか。
奇しくも、今夜の冒頭、美と様式のせめぎあいというメタフィジカルなテーマを擬人化した
マイスタージンガーが演奏されましたが、山田さんには次のHans Sachsの言葉を捧げます。
Mein Freund, in holder Jugendzeit,
wenn uns von mächt'gen Trieben
zum sel'gen ersten Lieben
die Brust sich schwellet hoch und weit,
ein schönes Lied zu singen,
mocht' vielen da gelingen;
der Lenz, der sang für sie.
ペダンティックな方法論なんて、お年寄りに任せておいて、どうかその若々しい感性に
正直に、美しい作品を書いてください。「春が君のために歌ってくれるのだから。」
後半は、コリリアーノ作品が2曲。
まずは、“The Mannheim Rocket”。18世紀後半のシュターミツら、いわゆるマンハイム
楽派が愛用したクレッシェンドとアチェレランドを伴う上行アルペジオないし
スケール音型を「マンハイム・ロケット」というそうですが、この曲の全体構成は、
ロケットが放物線飛行する間にマンハイム楽派以降19世紀末に至るまでのドイツ音楽の
歴史を追体験しようというコンセプトです。
チェロのフラジオレットの密集クラスタがマッチを擦ってロケットに点火する音型に
始まり、木管が炎の揺らぎが次第に大きくなっていくような描写、ロケットは次第に
空高く飛び上がっていきます。曲の途中では、シュターミツのシンフォニア、ハイドン、
モーツァルト、ブラームスのシンフォニーなど、様々な曲が引用されますが、
いかにも高速飛行しているロケットが通過するごとく、ドップラー効果のような
ディストーションがかかります。
最後は、今夜の最初に演奏されたマイスタージンガーが引用され、ロケットが地上に
落ちて曲を終えます。面白い曲ですが、なんだか観光旅行のバスツアーみたいで、
一回聴けばお腹いっぱいというところでしょうか。
最後は、コリリアーノのフルート協奏曲「ハーメルンの笛吹き幻想曲」です。題名と
なっている13世紀ドイツの伝説は、ご存知の方が多いでしょう。簡単に要約すると、
以下の通りです。
ブラウンシュヴァイクの町ハーメルンは、ネズミの害に悩まされていました。そこに
カラフルな衣装をまとった男がやって来て、金貨と引き換えにネズミを退治することを
約束しました。男が笛を吹くと、ネズミはこれに引き寄せられ、ヴェーザー川に導かれて
溺れ死にます。ネズミ退治が成功したにもかかわらず、ハーメルンの人々は約束を守らず、
男に報酬を支払いませんでした。翌日、男は再びハーメルンの町に現れ、笛を吹き出すと、
町の子供たちがこれに釣られてそっくり町を出て行き、山の洞窟に閉じ込められてしまい
ます。笛吹きの男も子供たちも二度とハーメルンの町には戻りませんでした。
曲は、オーケストラによる日の出の情景に始まり、舞台袖から笛吹きが登場します。
ねずみを表すスケルツォ的楽章を経て、ねずみと笛吹きの戦いを表現する
ヴィルトゥオージックな楽章、そしてカデンツァに進みます。
フルート独奏の瀬尾さんは、確かな技巧。フルートという楽器は、ト音記号下第1線のC
から上第5線上のCまで、3オクターブの音域があり、オクターブごとに際立った
音色があります。瀬尾さんは、とくに一番上のオクターブの輝かしい音色が際立って
いたように思います。一番下のオクターブは、さらにコクのある濃い音色がほしいなと
感じました。もちろん立派な演奏です。
さて、曲の最後、フルート奏者がtin whisleに持ち替えます。日本語に訳すと何という
楽器なんでしょうか。直訳すると「ブリキの笛」ですね。縦笛の一種で、歌口の下に
リコーダのような切り込みがあり、ここで発声し、本管の穴で音程をとる全長20cmくらい
の小さな楽器です。この笛がA音のトリルを奏でると、1階後方から、少年少女の
フルーティストたちが、同じ音のトリルで応え、舞台に行進します。ソリストのリードで
Aミクソリディアンスケールのマーチ(本記事冒頭譜例)を舞台上で演奏します。
モーダルを使うところが中世的で、雰囲気出ていますね。その後、フルート隊一同
舞台を降りて、1階後方の扉から会場を出て行き、マーチもフェイドアウト。
残されたオーケストラは、悲しげな弦楽合奏を奏でて、全曲を終わります。
今夜出演した少年少女たちは、足立区の中学校、高等学校の生徒たちでした。先生の
指導がとてもすばらしいらしく、きっちり音程がそろった見事な演奏を披露しました。
彼らにとって、日本を代表するコンサートホールで、プロオーケストラと共演し、
アンコールの舞台で喝采を受けるというのは、一生記憶に残るすばらしい体験に
なったと思います。braviでした。
ご参考にいくつかURLを紹介します。コリリアーノがこの曲のインスピレーションを
受けたロバート・ブラウニングの詩は、挿絵付きで見ることができます。
Robert Browning: The Pied Piper of Hamelin
挿絵つき全文: http://www.indiana.edu/~librcsd/etext/piper/cover.html
テキストのみ: http://www.indiana.edu/~librcsd/etext/piper/text.html
「ハーメルンの笛吹き幻想曲」の楽譜は、G.Shirmerから出版されています。
http://www.schirmer.com/default.aspx?TabId=2420&State_2874=2&workId_2874=26994
「マンハイム・ロケット」は、演奏用レンタル譜がG.Schirmerから提供されていますが、
残念ながら、スタディスコアは販売されていないようです。
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