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友だちやファンの方へ
全公開用に編集したものです。
「いやあ、29日は厳しいみたいですね。30日については、明日の昼ごろまた電話ください。」
渋い声色で竹島に誘う竹岡フィッシングの船長が呟いた。
ああ、「これがおまえらのやりか方かあ」と叫びたくなるような心境。なぜって、11月22日の釣り以来、天候と自分の都合のすれ違いで12月は一度も釣りに行けなかったからだ。12月に釣りに行けないとなると、釣りを始めて16年目で初めてのことである。
このまま釣り納めに行けずに終わってしまうのか。とりあえず、29日の釣り場を考えなくては。焦る理由はもう一つあった。
今回の釣り納めのメンバーは、いつものM中さんとuenoさん、そして兵庫県から参戦する風雲児氏の4人だ。特に、遠路はるばるやってくる風雲児氏のためにも何とか釣りができるところを探さなくてはならない。こう考えていると、電話が鳴った。
「あのかまちゃん、明日枕崎に釣りに行くことにしました。」
なんと風雲児氏はすでに枕崎の磯に予約を入れているという。竹島行きを断念させられた中で何という意識の高さだろう。
こちらもすかさず枕崎の磯へ予約を入れた。枕崎港から出船する「海星丸」さんだ。
「いいですよ。ただし、2番船になりますので、7時出港です。」
10年以上前上礁して以来となる枕崎の磯にうれしいのか残念なのかわからない思いで当日を迎えた。
どこでも同じ現象だろうが、この日は枕崎の磯では釣り納めのピークを迎えていた。離島の釣りをポセイドン止められた釣り人たちが北西の風に最も強い薩摩半島の釣り場である枕崎に集結した。
風雲児氏とも再会。みな明日の竹島がどうなるのかが気になっていた。
1番船の瀬渡しから海星丸が帰ってきた。荷物を積んで2番船で枕崎港を出発。朝靄の幻想的な海を滑るように船は航行している。
「4人組の方準備してください。」
我々は、枕崎港からほど近い黒瀬という瀬に渡礁した。
思いの外広い瀬だった。船付けの右と左のシモリ根ねらいで2人の竿出しが可能。更に裏に行くと潮が下がったところで3人ほど竿出しができる釣り座がある。どこも足場がよい。
釣り座を決めるじゃんけんだ。勝って1番をゲット。ワレのあるポイントで竿を出すことにした。
撒き餌を入れて早速実釣開始。初めは、2ヒロくらいで足裏サイズの尾長がどんどん釣れる。キャッチアンドリリースを繰り返す。潮が止まると、魚の反応がなくなってきた。
風雲児さんが久しぶりに魚を掛けた。情報を聞けば、竿1本のタナだったそうな。竿1本のタナに設定すると、おもしろいように魚が釣れだした。しかし、サイズアップができず、30cmオーバー1枚、あと足裏サイズのリリースで終了。他のメンバーも同じような釣果だった。
それより釣果よりうれしい報告があった。第八美和丸が明日の30日に1時間遅れながら竹島へ出撃するという。我々は早めに竿をたたみ、帰り支度を始めた。
我々は、港に帰ると、宿泊地へ急いだ。お世話になるのは枕崎観光ホテル岩戸。温泉にゆっくりつかった後、カツオのビンタ料理に舌鼓を打ちながら暖かい布団で明日を待った。
釣り師の朝は早い。道具を高速で準備した後、港へ向かった。
午前4時出航の30分前に到着。第八美和丸はライト灯りを煌々と照らしながら、今か今かと出船準備を始めていた。潮周りは大潮。天気は快晴。ただ、波の高さが2mのち1mの予報。夜の間に一時的に時化て3mの予報が出ていた。そこで、船長は慎重に30日の出港を決め、更に1時間遅れの出港に切り替えたらしい。
「4人で釣りますか。それとも2人ずつ?」
この船長も釣り人の願いを極力叶えようとする海の男らしい。4人いっしょにという希望を伝えると、
「ほらあな行きましょうか。」
と提案。昨年、2回ともお世話になった瀬だ。イサキも釣れるし、よいイメージのある磯だ。
午前4時丁度、船はゆっくりと枕崎港を離れた。黒潮支流の洗う漆黒の海にめがけて旅だっていく。釣り客は、底物師2人・船釣り師2人を含めた12人ほど。離島の夢とロマンを乗せた第八美和丸は、圧倒的なトルクで激流を制していく。船底を叩く波の衝撃を子守唄にいつの間にか眠りに落ちていた。
どれくらい時間が経っただろうか。エンジンがスローになっていた。今日は北風が強いから南側からの渡礁のようだ。
風雲児さんが一度渡礁したことのある西の崖下からの渡礁。
そのすぐ後、船長に呼ばれた。荷物を前に出して船首部分に移動して身構える。うねりが残り、風も結構吹いているので手すりをしっかりと握りしめる。
「ほらあなですよ。一度乗ったことのある。」
船首部分のタイヤがゆっくりと渡礁場所を探している。ドスンと船が巌とがっぷり四つに。
荷物を手際よく運んで、船長のアドバイスを待った。
「左の方の釣り座わかりますか。あそこの方がいいと思うんですけど。」
前回の釣りで船長のアドバイスを無視して、イサキをねらいたいがために船付けでの釣りを続けていたわたしに対する牽制球だったようだ。今回は4人だから釣り座をいろいろ試すことができるに違いない。
時計をみるとすでに6時前になっていた。おのおの釣りの準備を始めた。ここでも釣り座のじゃんけんを、まだ暗い中ということで、船付けに4人並んで釣ることにした。ここでもじゃんけん1番をゲット。船付けの一番左端を選んだ。釣り座は、左からおいら、風雲児氏、uenoさん、M中さんという並びとなった。
すでに水平線がオレンジ色に染まろうとしていた。風雲児氏がすでに釣り始めていたが、マツカサのみという不安なスタートとなった。
昨年は、撒き餌を入れたらすぐに魚からの反応があったのだが。今年はどうしたことか魚からの反応がない。
朝を迎え、おいらやuenoさんも昼釣り用のタックルで釣り始めるも全く魚からの反応がなかった。竿はがま磯アテンダー2.5号―53、道糸5号にハリス4号、ハリはグレ針8号、タナは1ヒロの半遊導で勝負。
「アタリがないですね。魚も見えんですもん。」
12月はまだ水温が高く青物が回遊してくる季節であるはずなのに。お互い顔を見合わせた。
「朝まずめの1時間が勝負ですよ。」
こんなことを他のメンバーに知ったかぶりしてしまった自分に腹が立ってきた。
それでも、釣り開始1時間が経過して、撒き餌がようやく効いてきたのか、瀬際をねらっていると、30cm強の尾長グレが釣れた。とりあえずボウズ脱出にホッとした。釣り開始前から、
「クロは瀬際をねらってくださいね。」
と、みんなにアドバイスしたつもりだったが、uenoさんが
「釣れたバイ。竿1本先だった。」
えっ、どうも今年の状況は昨年とは大きく違うようだ。イスズミが竿を絞り始めると、クロの姿が消えてしまう。やばい。ここで、2人の釣り人が場所移動。風雲児氏は、船長が進める一番左のポイントへ。そして、しばらくするとuenoさんも風雲児氏の右隣で釣り始めた。
夜の時化の影響でサラシがかなり残っていた。今回は瀬際を探っても中々アタリを拾えないので、サラシをダイレクトにねらうのではなく、サラシの際をねらうことにした。すると、ぽつりぽつりと口太を拾い釣りすることができるようになった。
7枚釣ったところで、第八美和丸が見回りにやってきた。
「どうですか。」
マイクで状況を聞いてくる。大丈夫のサインで返す。そこそこ釣れているし、これからも期待できるだろうと変わらないことを事前に相談していたのだ。
ところが、その選択が裏目に出てしまった。潮がアタリ気味になり、底潮が完全に止まってしまったようだ。釣れてくるのはイスズミばかりとなり、オヤビッチャなどの餌取りがたくさん見えるようになった。
チャンスタイム終了かとあきらめかけたが、新しい作戦を敢行することにした。それは、もう帰るよフェイント作戦。
昨日の枕崎の磯での出来事だが、uenoさんが早々と釣れないからと片付けていたとき、余った撒き餌を一気にどか撒きしたら、いきなり風雲児氏に魚が釣れたのである。
魚が釣り人がもう帰るからあまった餌をたくさん食べられると食い気が出てくるのかわからないが、とにかくどか撒き作戦をやってみることに。
どかどかと赤アミ1角とオキアミ1角を短時間で撒いてみた。そして、仕掛けをチェンジ。ウキをBからG2に変更した。道糸を5号から4号に、ハリスも4号から3号に変更した。
さあ、どうなっているか。見回りから1時間が経過したとき、イスズミがクロに変わり始めた。海中を見ると、しっぽの白い魚がチラチラ見え始めた。そして、盛んに餌を追っている姿を確認。
「M中さん、チャンスですよ。潮が動いてきましたから」
それから、クロの食いが突然活発になってきた。11時を過ぎた頃から、またポツポツと糸ピンのうれしいアタリをとらえ始めた。苦戦しているM中さんに、ウキの浮力を3BからG2にすることをアドバイス。M中さんもクロを釣り始めた。
ところが、いいことばかりは続かない。突然、招からざる客に遭遇してしまった。
クロを釣ってやり取りしていたら、3mはあろうかという鮫がとても水中生物とは思えないものすごい速さで突進してきた。
クロとのやり取りで脳内モルヒネのドーパミンを出したところで、鮫の突進によりノルアドレナリンの大量分泌が起こる。血液中では、ドーパミンという快楽と、アドレナリンの強い刺激のストレスとの対峙が繰り広げられる。
クロ釣っていたら鮫に襲われるという(まあ鮫の立場から言えば、身動きのとれないクロを喰うというこの上ない好条件のランチタイムなのだが・・・)ハニートラップを仕掛けられた感じだ。
こんなことを考えているとあっという間に納竿の時間になり、片付けをしながら、ハニートラップという名の釣りを味わった楽しい時間を反芻した。
おいらが42cmを筆頭に17枚のクロにグルクン1枚。風雲児氏も良型クロを連発し、クーラーに入りきれないと多数リリース。最後は38cmもリリースしていた。M中さんもuenoさんもそこそこ釣れ4人での釣りは本当に楽しいものとなった。
「おれ、竹島いいなと思ったよ。」
道具の片付けをしながらM中さんがこうつぶやいた。午前10時ごろまでボウズだったM中さんが良型クロの入れ食いを体験し、すっかり竹島のクロのトラップに引っかかってしまったようだ。このトラップは強烈な習慣性を伴うもので一度味わったら中々抜け出すことができない。
これは、もしかしてハニートラップにかもしれない。(クロを釣ろうとすると鮫が待っていたという意味の例えである。)そう考えながら、まあ釣りにおいてはそれにひっかかるのも悪くないと考え帰路につくのであった。
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2016年釣行記
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天候と自分の都合のすれ違いで12月は、一度も釣りに行けませんでした。
12月に釣りに行けないとなると、釣りを始めて16年目になりますが、初めてのことです。
このまま釣り納めに行けずに終わってしまうのか。
ポセイドンがひいたのは、時化のち凪のカードでした。
30日になんとか1時間おくれで、竹島に行くことができました。
心底癒やされました。1年間の疲れも吹っ飛びました。
体は疲れているのに、この清々しさはなんでしょうか。
釣りはやっぱり最高の道楽です。
2016年は、これが最後の投稿になります。
詳しい釣行記は、年明けに。
1年間いろいろと遊んでいただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
それでは、よいお年をお迎えください。
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「kamataさん、どうですか。」
顔の前で✕印を作ってみせる。
「だめ!替わりましょうか。片付けておいてください。」
船長に面倒をかけるし、瀬替わりしたところで、ここよりよい磯に乗れる保障は全くない。しかし、とにかく、魚の気配がしないこの磯をただただ離れたかったのだ。
ありがとう ミタレ平瀬
道具の片付けが終わった頃、再び誠豊丸がやってきた。急いで船に乗り込み、次なる釣り場に期待を込めて、静かにクルージングを楽しんだ。瀬替わりをする組が3組ほど。
船は結構沖を走っている。雨の後のお決まりの北からの季節風で帽子が飛ばされそうになる。船は、どうやら弁慶に向かっているようだ。弁慶は、東磯の中では、潮通しがよく、魚影も濃い。今日の風なら風裏になるのでは。
弁慶に近づいた。釣り人は意外にも2番半に一人だけだった。
「kamataさん」
声がかかった。瀬替わりの場所は、その隣の2番。1番とは反対側に位置する磯だ。3人組のルアーマンたちは、1番に渡礁するようだ。
弁慶に瀬替わりです
よかった。弁慶なら何とかクロの顔を見ることが出来るかもしれない。風が強いことを考慮し、竿をメガドライからがま磯アテンダーⅡ1.2―53に変更。道糸も2.5号から2号にサイズダウンした。
弁慶2番の釣り座
ルアーマンは1番に渡礁
北風が時折強く吹いてくる。その風とは逆の方向に潮が動いていたので、ラインの修正をこまめにやりながら、1ヒロ半くらいの浅いタナで釣り始めた。潮もそこそこ動いているぞ。答えはすぐに出た。
イスズミくんが暴れていました
早速釣れた。イスズミだ。撒き餌を打つと、おびただしい数のイスズミがいた。その中を更に注意深く観察していると、クロの姿も確認できた。時折、カラフルなブダイが底から急上昇しては、餌をついばんでいる。
これは何とかなるかもしれない。そんな思いを持たせてくれる状況だった。クロはイスズミより少し下の層にいるという硫黄島釣り師の格言をもとに、タナを20cmほど深くして探った。
これも答えが早かった。ウキが海中に一気に消し込んだ。竿を叩かないシャープな引き。これがクロでなくて何だろう。ゆっくりとやり取りをしているとしっぽの白い魚が浮いて来るのが見えた。
よっしゃあ ボウズ脱出
してやったり。玉網をかけて手元に引き寄せる。この動きは、久しぶりだ。5月までさかのぼる。35cmほどの口太を手にしてボウズ脱出成功。時計をみると、すでに10時半を回っていた。
12時半回収までの2時間が勝負。何とか今までの不調を取り戻さなくては。しかし、イスズミの攻撃もなかなかのもの。ハリのチモトを傷つけるので、何度も針を結び直さないと行けない。
1時間後の11時半ようやく2尾目の30cmの尾長をゲット。その次の仕掛け投入で今度は、40cm近い口太をゲット。更に、40cm近いクロを浮かせたが、残念なことにハリ外れ。
2尾目 小長ちゃん
本日の最大39cm
4尾目 これにて納竿
風が強かったです
デッドラインが近づいた12時過ぎに35cmクラスのクロを釣ってこれで4枚目。この調子ならツ抜けを狙えるのに。しかし、無念のタイムアップ。秋磯開幕戦は、4尾という寂しい結果となった。
30〜39cm4尾
まあ3人家族だから、たくさん釣ってもしょうがないんだけど、今回の釣りは、釣果よりも気になることがあった。
午後1時頃やってきた誠豊丸に乗りこむと、ウシカに上礁された近所の知り合いの方が、20枚ほど釣ったのに、原因不明の波でその半分の魚を持っていかれたそうな。
「もしかして、それって、11時頃じゃなかったですか。」
思わずその方に確認したくなった自分がいた。実はこの日午前5時59分、福島沖を震源とするマグニチュード7.4の地震が起きていた。福島県では、震度5弱を観測していた。東北地方の太平洋側沿岸に津波警報が発令されたそうだ。
地震が発生した時間は、すでにミタレ平瀬に渡礁していた。当然、そんな地震があったことはもちろん知るよしもない。
お疲れさん〜〜^^
ありがとう 弁慶2番
気になるのは、確か午前11時頃だったと思うが、弁慶2番の釣り座に立て続けに波がやってきて、バッカンをさらわれそうになったことだ。風は確かに強く吹いていたが、急に高い波がやってくるとは考えにくい。
ウシカの釣り人も同じ時刻に波を受けていたことを考えると背筋がぞっとした。
もし、その地震が東シナ海沖で発生していたら、
もし、甑島を震源とした巨大地震が起こっていたら。
あるいは、宇治群島で・・・。
磯釣りは、自然相手のため命の危険をはらんでのレジャーであることは重々分かっているつもりだった。しかし、その「もしも・・・」が起こらないという保障はどこにもない。
今回の釣りで、改めて磯釣りは危険と隣り合わせの道楽であることを認識させられた。津波がやってきたらどうするか。この命題としっかりと向き合いながら、やっぱり磯釣りを楽しんで行きたい。
おしまい
ひれ酒とクロのニラ天 今世紀最高のコンビ^^
あまい甑島のクロの刺身
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11月に入り、冬への足音が聞こえてきた。落葉樹の多くが葉を落としてしまった。山はいつの間にか、針葉樹を中心とした常緑樹と、広葉樹を中心とした落葉樹のコントラストがくっきりと見えるようになってきた。
色即是空、この世に変わらないものはない。海の世界も対流圏の季節に遅れながらも少しずつ水温が下がってきた。不本意だった佐伯の鰤釣りのリベンジに燃えていたものの、鰤は1匹また1匹と養殖いけすのおこぼれ餌を食い尽くし、やがて冬ごもりに向けて深場へと移動を始めていた。
鰤シャブを食べたいところだが、ここはあきらめてクロ釣りの開幕戦にするとしよう。釣り人の思いではなく、自然の摂理優先で。
さて、開幕戦をどこにするかであるが、やはり、今までお世話になってきた甑島鹿島に誘う誠豊丸に開幕戦の命運を託すことにした。
「いいですよ。あの4時出航です。それまでにきてください。」
やさしい鹿児島弁から繰り出される物腰柔らかい言葉に、釣りへのモチベーションをさりげなく高められた。気が付くと、釣り部屋に一人こもり道具の準備を始めていた。
九州自動車道を南へ下り、誠豊丸が待つ串木野港に付いたのが3時頃。例によって、港の左側に海上保安庁の船が停まっている。釣り人もまばら。本格シーズンには船が2船体制となるほどの賑わいを考えると、まだまだ寒グロシーズンに入ったとは言えない。
離島の渡船基地 串木野港
釣り道具を船が停泊している岸壁のところまで運び、ゆっくりと身支度を始める。すると、1台、また1台と釣り車が港へ進入していく。
ものの20分ほどで、結構な賑わいになってきた。賑やかに談笑する釣り人あり。たばこをくわえながら一人で静かに出航の興奮を静めている釣り人もあり。リーマンショック以降、南九州の離島便がことごとく廃業している厳しい渡船業界において、今だに輝きを放っている誠豊丸。
たとえAIが発達し人間の営みを狭めようとしても、人間が人間らしくある限り、磯へ出撃する釣り人は、これからも世代を超えて、釣りの楽しさの連鎖・連関の一部になり続けるだろう。
その運命の歯車になりたい輩の総勢は、15名ほど。誠豊丸は、定刻の4時半に暗闇の串木野港からゆっくりと離れていった。
波高予報1.5mの中、東シナ海の大海原へ飛び出し、甑島へと進んでいる。気になるのは、今回のポイントが西磯か東磯のどちらなのかということ。鹿島は、本格シーズンに入る前は、鹿島港の周辺の磯から釣れ始めるという情報を聞いたことがある。11月なら、西磯ではなく、東磯の方がいいかも。
そんなたわいもないことを考えているうちに、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
どれくらい時間が経っただろう。毎度のことながら、エンジン音がスローになって、目が覚めた。
「〇〇さん、準備してください。」
早くも渡礁が始まったようだ。
いつ名前が呼ばれるだろうか。予約が釣行日の前日だったから良い磯には乗れないだろうなあ。
すると、思いの外早く名前が呼ばれた。
「kamataさん、準備してください。」
あわてて磯シューズを履いて、キャビンの外に出る。すると、暗闇の中から、巨大な巌が忽然と現れた。
がんばってくださいと船長
その巌に、一人の底物師がしがみついた。釣り道具を受け渡して、渡礁終了。その一連の動作を観察しながら、この場所が鹿島東磯のミタレ周辺であることがわかった。
今回の渡礁はどうやら鹿島東磯の南に位置する大平瀬からだったようだ。
ミタレは、師匠uenoさんが最も苦手としている磯。どうやらおいらはその周辺に乗せられるようだ。
360度どこを見ても暗闇の中、釣り道具を船首部分に運び、自分もその場所に低い姿勢で身構える。いつもの渡礁態勢だが、釣りの中で最も緊張する場面だ。
サーチライトが前方を照らす。そこに、低く平らな独立礁が現れた。
「ミタレ平瀬だな。」
昨年、uenoさんとともに撃沈を喰らった磯である。あのときは、魚の気配がうすく、かろうじて2枚のクロを釣るのが精一杯だったっけ。
誠豊丸が、ゆっくりと磯に接岸する。
「待ってください。はいっ、どうぞ。」
安全を促す船長の指示に従って、無事渡礁を済ませた。
地殻変動で、地層が斜めに傾き、波の浸食によって平らになったミタレ平瀬は、足場がよく、中高年にやさしい釣り座である。
ミタレ平瀬に渡礁
ポイントは、上げ潮は船着け。下げは、沖に向かって右の先端へ移動することになる。印象がよくない磯だが精一杯楽しもうではないか。
撒き餌は、パン粉2kg・集魚材1袋・オキアミ生1角。付け餌は、オキアミ生のMサイズを集魚起爆剤に漬けたものを用意した。
竿は、ダイワメガドライM2の1.5-53。リールは、ダイワトーナメントISO-2500番。道糸2.5号・ハリス2号。ハリは、ヤイバグレ針5号(ひねりあり)を結んだ。
水平線が紫色に染まり始めた。夜明けだ。撒き餌を釣り座の足下に間断なく30分間入れ続けた。
紫色の水平線がオレンジ色に染まり、そして白い朝が来た。まずは、2ヒロからと、仕掛けを第1投。
本日の撒き餌
赤朱色のプロ山元ウキG2が紫紺の波に呑まれながら、ゆっくりとミタレと地磯の水道付近へと流れている。
ああ、何という清々しさだろう。6月以来の磯。マイナスイオンは、確実においらのメンタルヘルスによい影響を与えてくれる。子どもが大きくなり、ドキドキすることが少なくなってきたが、この釣りがじっくりと楽しめる50代もなかなかのものである。
磯の朝はいつも美しい
仕掛けを回収して、付け餌のチェック。全く触られてもいない。この1投で厳しい釣りになるのではという予感がした。
タナを竿1本に変更。仕掛けを流して回収。餌はそのままだ。竿1本でいろんなところを探ってみるものの、餌を盗られることがない。
そう言えば、前回の釣りで釣れたタナは、竿1本半くらいじゃなかったかな。
タナを更に深くして、足下を探った。
いつのまにか御来光が
潮は、いつの間にか手前に当たってくる動きとなり、その後潮は完全に止まってしまった。
餌盗りがちらちら出てきたが、クロの姿は一向に視認できない。ああ、今回もだめな感じだね。
魚を釣る糸口さえも見つからないまま1時間が経過した。潮は相変わらずアタリ気味に来てはいるが、いったりきたりふらふらしている。早くもこりゃ潮が変わらないとどうにもならんな。
裏はすぐ甑島本島です。夏なら泳いでも渡れそう
ぼやき節を入れたその時だった。ウキが一気に海中の奥深くへ消えていった。反射的に竿を立てる。メガドライが容赦なくつの字に曲がっている。よっしゃ、どんな要因があったか分からないままだけど、とにかく魚を掛けた。
魚の突進を止められたので、とれる確信があった。ところが、思いの外考えられないタイミングで竿が天を仰いだ。急いで仕掛けをチェック。やはり、ハリがない。クロのアタリではないことを確信した。
しかし、クロではないものの、魚と交信するところまでにはやってきたわけだ。何とか気持ちを前向きに切り替えようと釣り続ける。
瀬替わりに備えます
1時間が経過した。潮は相変わらずで、魚からの交信はほぼないに等しかった。あれから再びさっきと同じようなアタリがあっただけだった。
「あれは、ウスバだね。」
と、自嘲気味につぶやいた。ハリの取られ方、一瞬のアタリから竿への感覚で2回目のアタリもウスバハギであることを確信した。昨年12月よりも悪い状況。クロらしきアタリや餌の盗られ方もまったくないまま、船の見回りの時間がやってきた。
その2へつづく
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こんなカレンダーを見つけた^^
隼人さ〜〜〜〜〜ん
島っちゅさ〜〜〜〜〜ん
会長さ〜〜〜〜〜〜〜ん
2017年のカレンダー作ってください^^
釣れる〜〜釣れる〜〜君なら釣れる〜〜〜〜♪
南の隊長ともどもお願いいたします^^爆
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