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原城址の一夜城を探城したので、近くの日之江城址を訪ねる。
小高いおかのうえのお城で、遺稿としては、石段があると聴いていましたが、登り口が違ったのか、お目にかかりませんでした。残念でしたが時間がなく断念・
日野江城は領主有馬氏の居城であり、南北朝時代に築かれたと伝えられている。
城は、南北に細長い丘陵の先端部の標高78m付近を本丸とし、東に二ノ丸と大手口、西に三ノ丸、で構成されている。本丸の北方背後には、堀をめぐらせて守り、西側には浦口川、東側には大手川が流れている。
発掘調査は二ノ丸一帯で実施し、破壊され埋められていた石垣や階段遺構、多くの陶磁器などが出土した。階段遺構は、約100メートル以上に及ぶ直線的な階段となり、大手と推定される所から本丸下まで一挙に駆け上がる安土城に類似した大手道の階段であった。
この階段の北側からは、墓石などの石塔を多く使った階段が出土し、有馬氏の権力と仏教を排してキリスト教を保護した歴史がうかがえる。この階段の袖には、切石をつかった石垣も出土した。当時の城では類を見ない独特な技術で、南方の地域との交流を物語る貴重な資料である。(以上の記述は南島原市観光協会より抜粋しました。)
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