北条氏照親衛隊が出来ました

「兜、鎧」製作、結構大変でしたが楽しかったです

岡城址 探訪記

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岡城址の魅力満載

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岡城址の登城口
石垣の上が丸くなっているところが特徴
霧の中の探城に満足する
 
 
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 既に、高い石垣の出迎えの中、石段を一歩一歩登る
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イメージ 9天主台への石段
多くの武者が、鎧をガチャガチャ言わせながら、この石段をーご注進!−
と駆け登った情景が彷彿とさせられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
空井戸
その昔は、一番大切な「水」
きっと、その道の達人が、水の道を探し当て、掘ったものだろうか
 
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イメージ 2本丸の神社
戦いに明け暮れる人たちの唯一の楽しみが、お祭り。
きっと、近在の人々によって、賑やかにお祭りが行われていたのではないだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3滝廉太郎の銅像
〜春高楼の花の宴〜
自然に歌を口ずさんでしまいますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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石垣の見事さ、すごさには、
 
言葉も要らないですね。
 
 
 
 
 
大手門跡のお土産店にて、
天主徳利を見つけ、早速買い求める。
 
 

岡城址の魅力満載

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イメージ 14岡城址の登城口
石垣の上が丸くなっているところが特徴
霧の中の探城に満足する
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 15既に、高い石垣の出迎えの中、石段を一歩一歩登る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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イメージ 20天主台への石段
多くの武者が、鎧をガチャガチャ言わせながら、この石段をーご注進!−
と駆け登った情景が彷彿とさせられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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イメージ 4空井戸
その昔は、一番大切な「水」
きっと、その道の達人が、水の道を探し当て、掘ったものだろうか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5本丸の神社
戦いに明け暮れる人たちの唯一の楽しみが、お祭り。
きっと、近在の人々によって、賑やかにお祭りが行われていたのではないだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6滝廉太郎の銅像
〜春高楼の花の宴〜
自然に歌を口ずさんでしまいますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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石垣の見事さ、すごさには、
 
言葉も要らないですね。
 
 
 
 
 
大手門跡のお土産店にて、
天主徳利を見つけ、早速買い求める。
 
 

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綾城を後にして、今日は、高岡城 佐土原城 高城 高鍋城 延岡城 そして熊本に帰着予定。
最初の高岡城 模擬天守なるものがあったが、天守の石垣がコンクリートに石垣模様を作ったもの、一寸がっかり、大手門は、立派な石垣なのに・・・
遠方より見る分には、これなりに、立派な眺めで、市民の憩いになっているのだろう。
次に、佐土原城を訪ねる。入り口と思しき所に歴史資料館が再興されていた。城址は、管理事務所の所員の方の話で、一部、石垣が残っていると聞き、本丸跡に登る。
城址は、かなり荒れていて、石垣とおぼしきものが、有ったが、このまま放置していたら、近い将来、なくなってしまうのではと懸念された。
次に、高城 友人の地元とのことで、問題なく本丸跡にたどり着いたが、中々わかりにくく、多分、お城を目の前にして、何処から登るのだろうかと、迷われる人が多い友人の話。
本丸跡には、模擬時計台があり、たまたま高校生の遠足とかで、ちょうど昼食の時間だった。驚いたことには、私たちに、全員があちこちより”こんちは!!” と元気よく挨拶され、ほのぼのとした気分になる。学校の教育なのだろうか、家庭での躾なのだろうか、道々友人と感心しながら、友人は熊本なのだが、既に、このような純朴さが失われているといっていました。気持ちの高ぶりを懐に仕舞い出発、
次は、友人が子供時代に過ごした「高鍋城」 島津氏の部下を地頭としておき、幕府の許可の下大修築を行ったので、寺域は広く、明治初年に、舞鶴公園となって開放された。遺構としては、堀、石垣のみであったが、本丸、二の丸、その他整備が良くされていて、公園と言うより、市民散策の場として、親しまれているように感じた。
次は最終の、延岡城 慶長19年、有馬直純が5万3千石にて入封し、三層の天守、始め本丸の修復をなし他が、天和三年 火災のため焼失、以後再興されることなく、現在に至る。
石垣に、一工夫あり、もし攻め込まれた時、石垣の基部を外し、石垣を雪崩状にして、敵を攻める仕掛けとなっていると伝えられている。
薬医門と思しき門より入城、二の丸を経て 石垣の美しさに見とれながら,本丸跡にいたる。
たまたま、観光ポスターの写真を撮りに来たという人に会い、その美しい石垣を、色々な角度より写真に撮られていた。 

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岩殿山城址 訪城記録

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山梨県大月市の岩殿山城址を訪城
甲州街道を大月市に入ると直ぐ右折する信号があり、目の前に岩殿山(634m)の鏡岩が目に飛び込む。
市営駐車場に車を止め、道沿いに少し上った所に登山道入り口がある。
ここから、ジグザグの階段を登っていくと、丸山公園に到着 櫓(資料館)よりかなりきつい登り道。
天気も良いのでのんびり登山を楽しむ、こんな、急な坂道を、昔の侍さんは登っていたのかと思いつつ、
でも、これだけ急峻な所に立て籠もったら、とても、攻められないのかな?
攻め手としては、無理攻めを行わず、じっと、兵糧攻めが一番だな!等と一人ぶつぶつ、、、
途中、500円紙幣に載った富士山を堪能しつつ、揚城戸跡の大きな岩にはさまれた遺構に感心しつつ頂上到着。
普段の日なので登山客もなく、あちこちに点在する、馬屋跡、馬洗い池、寺院跡、二の丸 を散策、
頂上よりやや登った所が、本丸跡、烽火台と連結していて、現在は、電波塔がある
岩殿山全景を見たとき、鏡岩の右手の小高い所にアンテナが見えるが、ここが、烽火台になっていて、
周囲より、一目瞭然に見えるところであった。
かなりきつい所の探城であっ他が、満足
気と、日本三代奇橋の猿橋により、名物の厚焼きせんべいを土産に買う。

岡城址

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九州のお城探訪を計画、当初,中津城・杵築城を探訪の予定で居ましたが、ルート上に、岡城址があることを知り立ち寄りました。
なだらかな石垣のある道を進むと、奥行きが深く、本丸跡、二の丸跡、三の丸跡、隅櫓跡、煙硝蔵跡、大手門と見ごたえのある城域、桜の季節や紅葉の時期は近在より大勢の方が見えられ、大変にぎやかだそうです。
島津軍三万五千の猛攻にも、攻防三ヶ月、18歳の武将が率いる1千名の兵士が、必死に守り、時には、出撃して敵を撃破、後方連絡路を攻めては霍乱と、目覚しい働きに、豊臣秀吉より感状を頂いたとのことでした。
一般的には、滝廉太郎の「荒城の月」で余りにも有名ですが、城址としての佇まいは、どうして、中々見ごたえのあるところでした。

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