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運転員/車掌/乗客は当初、自分の電車外部が火にあぶられていること、認識していなかったんでしょ。
運転士は抑止がかかって、踏切の安全確認をするために電車外に出て始めて火災だと気がついたと聞きます。
勿論、車掌は遙か後方で自列車がなぜ停車したのかも最初はわからなかったはず。
運転指令からは踏切支障での運転抑止通報で停止したことはすぐに判明したでしょうけど、自列車が原因だと認識するには数瞬を要したはずです。
そのため、車掌からの避難指示もすぐには出されなかったのではないのでしょうか。
さらに乗客側でも異変に気づいた人はいても、切迫した危機意識までには至らなかったのか、車内の非常ドアコックを操作して脱出した人はいません。
誰も自分の命に危険が迫っていると認識していなかったと言うことです。
当事者たる列車に乗務/乗車していた方々全て、誰もが危機意識を感じられない中、なら、何よりもあんなに速く車体の屋根材が燃え始めたことには、この事故で最大の問題があるのではと小生は思います。
車両の車内材不燃化は標準化されて久しいですが、外部からの延焼への耐性は大丈夫なのでしょうかね。
自車屋根材の炎上熱で屋根外板も変形してましたし、今の電車、本当に大丈夫?かと。
もし運転員/車掌もあのまま自列車の屋根が炎上していることに気づかず、誰も差し迫った命の危険に思いが至らなかったら、結果としてかなりのパニックとそれに伴う被害が発生していたのではないかと思います。
列車乗客の避難誘導は最後部の乗務員扉から行っていたようですが、ひょっとしたら、知らないうちに避難中に通らねばならない車両の屋根も燃えている中での切迫した避難となったかも知れません。
ある意味、今の脱出口としての機能の無い客室窓が標準装備の今の電車って、桜木町事件の63型電車に逆に通じるものがあるのではないでしょうか。
現代の車両は非常ドアコックが装備されている/作動することが大前提!、どんなときでもドアは開く!!、だから客室窓は全開しなくても良しとする・・。
でも、コックが作動しなかった/誰も使用しようとしなかった/使用に思い至らなかった時、のことを考えてみると乗客の避難を可能とする客室窓は開かないのであれば、多重セーフティーガードとして最期に乗客の生命の安全を担保するべきは車体であって、それが、あんなに速く屋根材(車体)が燃えはじめるのでは、脱出までの時間を稼ぐため最後の砦としての車体の耐性が果てしてきちんと担保されているのだろうかと、小生は危機感を覚えました。
そういう意味で、今回の事故は今まで見過ごされてきた多くのリスクポイントに、誰もが改めて気づかされた「大きな警鐘」事例ではないかと小生は感じます。

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フェアな戦い方をすることで、ヒトラーが行っていた残虐行為と同じ虐殺行為、すな

ち日本の都市への無差別焼夷弾攻撃という蛮行を祖国米国にさせたくないという

スチムソン陸軍長官の思惑が、原爆の使用を決断させたという話が出てきました。

何という愚劣で愚かな話でしょうか。

ただ、独立指揮権の獲得のために実績を示さなければならない当時の「米国空軍」。

その実績達成のために「都市焼夷弾攻撃」の犠牲となった市民。

そして、「フェアな戦い」という自己擁護のために使用される事になった「原爆」。

当時のアメリカという国の首脳は、なんと身勝手な人々だったのでしょうか。

日本も対中国作戦として「重慶爆撃」という無差別都市攻撃を実施しています。

この攻撃も許されざる行為として弾劾されねばならない行為ですが、敵国の首都制圧

が目的であって敵国都市の全壊滅と国民の虐殺殲滅を狙ったものではありません。

B29による「都市ガス弾攻撃」まで企画立案されていたという事実に、やはり米国

日本人殲滅を狙っていたとしか思えなくなりました。

今の某国の首脳の発言を見ていると、あの国の考え方は基本変わっておらず、やは

り、今も昔も唯一の一等国である自国とそれ以外の国家は二等国としてしか見ておら

ない身勝手な国家であり、日本とは相容れない考え方を持つ国なのではないか、と思

ってしまうのは小生だけでしょうか。

追記:今の今までルメイ憎しで来ましたが、嘘か誠か、彼もTOPの命令には逆らえ

   ない立場の中で米国軍人として自身の職責に忠実だったまでのこと、が少し垣

   間見えたのと、逆に空軍設立に変質的に固執したミッチェルとヘンリー・アー

   ノルドに対する怒りと憎悪が沸々と沸きあがってます。

   そりゃー、戦後、空自設立に尽力したとして元敵国から勲章もらったとして

   も、安い買い物/お安いご用だったこともうなずけますよね。ルメイさん。

   何せ自身の所属官衙の空軍独立の肥やしに日本はされたんですからねぇ〜。。

   

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来年の複々線化の車両増備のためのスペース確保のため、保存車両の一部解体が行われ
ることが決定しました↓。

報道では「何両あるうちの何両を解体・・」とありますが、いずれも編成単位での保存をあきらめて個車単位での保存、端的に言えば先頭車を主として保存する、と言うことでまさかの「動態」での復活はもう絶対あり得ない・・、という事になります。

NSEは先頭車2両と中間車1両、HiSEは先頭車1両、RSEは先頭車1両とWデッカー2両、2200型は1両を残して後は解体とのことです。

HiSEはすでに大野に運び込まれていますので、もう作業が始まると思われます。

特に小生にとって、NSEのここに来ての解体はショックです。

11連が6連になっても、ひょっとしたら!!なんて妄想していたのが、もう3両になっては本当の「ダルマさん」になってしまうのですから。

22もペアの片方が無ければ、走らせようと思っても、もう走れません・・・。

昭和はもう、本当に遠くなっちゃいましたねー。。

会社には会社の都合があるとは思いますが、ああ小田急よ、おまえもか、と言いたくなってしまうのは小生だけでしょうか。。

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有田でまた一両、D51が動けるようになりました!!

D51827です。

有田川鉄道公園で復活しました。

ここには元富士急の両運キハ58003やこれも元樽見鉄道のハイモもいます。

大目玉の登場で訪ねる方が多くなるといいですね!。

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遂に山口号用、新型旧型客車が姿を現しました!!。

客車ファンとしてはウレシイ限りです!!。

今後、こういったケースが増えていくように願う限りです。

ただ、現代の法規とニーズに合わせた装備は必須みたいですから、

屋根上のクーラーが玉に瑕です。

ガラベンの並ぶ屋根上に明らかに違和感のあるクーラー。

目線で見て目立たないように工夫されてはいるようですがねぇ・・。

床下収納も機器が一杯で設計上、無理があったのでしょうね。

でも、この客車が出来たことで休眠中のSL以外の機関車達も、

復活してくれれば言うこと無しです!。

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