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東横線が開業90周年だそうで、おめでとうございます!。

東横線は当初、目蒲電鉄の本線の支線延長部分として多摩川駅から当時の神奈川駅までが先に開通して目黒〜神奈川間で電車の運転が開始されました。その後、多摩川以北の計画ルート変更を経て東横電鉄として渋谷まで開通、全線開業を果たしました。

その後、五島慶太氏は当時の湘南電鉄浦賀までの乗り入れを目指し、関東大震災での横浜駅近辺の再開発に伴うさらなるルート変更を経て、三代目横浜駅乗り入れとその先、とりあえず手中にした省線跡地を利用して桜木町駅までの延伸にこぎ着けました。

この先、桜木町〜黄金町までの線路用地は省線計画用地として、すでに取得されていた土地を鉄道省から譲り受け済みで、湘南電鉄+京浜電軌側が了解(屈服)しさえすれば高架線路が桜木町から延長建設されていたかもです。

ただ、その後戦争へと風雲急を告げるご時世は五島慶太氏の野望さえも通用しないほどで、最終的には許認可は降りていたものの、幻の計画と相成ってしまいます。その後、京浜電気と湘南電鉄は大東急傘下の東急線となりましたから、直通運転こそ実現しなかったにせよ、夢の一端は果たせたと言えるのかも知れませんが。

もしかしたら、今の横浜以南の京急本線は東急湘南線として渋谷発三崎口行きの電車が走っていたかも知れません。そうなると、ゲージも京浜側がゲージ変更したように東急側が1435mmに改軌していたかもです。

そうなると「きゃーるちゃん」初代、青ガエル5000系も存在していたかは定かではありません。

それはさておき、9/4から新5000系一本が緑塗装にラッピングされて走り出しているようです。コレは追々、撮影に行くとして、一応、お祝いとして初代の現役時代の撮影カットを掲載してみたいと思います。

1970年代撮影 東急東横線二代目横浜駅(地上) 
 デハ5025他 上り渋谷行き各停
イメージ 1

何となく、新5000系に下ぶくれの車体が通じるものがあるような気がします。

この頃はまだフル編成で6連で颯爽と本線をかっ飛ばしていたと思います。

1980年代撮影 東急大井町線上野毛 デハ5008他 下り二子多摩川園行き
イメージ 2

田園都市線を経て大井町線へ転属した頃の4連です。今はこの跨線橋の大井町側に駅が移設されてこの景色は見られなくなっています。

当時はここで張っていれば、当日の大井町線運用編成が全て撮影できました。行き交った上りの大井町行きの「湯たんぽ」6000系に時代を感じます。

1980年代撮影 東急目蒲線蒲田駅 デハ5006他 目黒行き
イメージ 3

東急電車の旧型車転属セオリーに従い、遂に3連化されて目蒲線に転属した頃のきゃーるちゃん。

この頃は池上線同様、目蒲線でもまだまだ、古豪3000系が幅をきかしていましたからベテラン青ガエルも何となく肩身が狭そうだったことを覚えています。

ちょうどこの頃でしたか、地方の中小私鉄へ大量にセコハン売却されたのは。短編成化(2連)に伴う改造車も多く出現、「赤がえる」なんてのも出ましたっけ。

前回も取り上げましたが、その中でも上田交通のサハ改造のクハ、「平面がえる」にはその塗装も含めて、ビックラこいたもんです。

ただ、小生この「平面ガエル」だけは撮ってないですわ。友人のヒロさんが提供していただければ掲載出来るんですが。残念です・・・。

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