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少ない秋景色の中でやはり一番枚数が多いのが1980年代の北海道でのカット。

この時期、あまりお天気の安定しない北海道でピーカンに恵まれると、それこそ、真っ青な広い空に真っ白な雲が浮かぶ中、澄んだ秋の空気に列車が映えること映えること。

夏休みの残り少ない日程をやりくりして、夜行何連泊!なんて目じゃなく今日は道東、明日は道北、はたまた最期は山線経由でニセコで終写!!なんてやってました。

そんな中、すでに超ローカル線として有名だった深名線へ出向いて撮影したのがコレ↓。

1980年代撮影 深名線朱鞠内駅 
 旧標準塗装キハ22 104&タラコ色キハ22 220
イメージ 1

普段の行いの悪さからか、ご多分に漏れず晴れ間はチョコッと。

今と違って当時は被写体鉄道自体が移動手段。車なんてモノはよっぽどのことが無い限り使いませんでした。

なので降りて走りを撮っちゃうと、もう移動不可になっちゃうのが深名線。

よって、残っている全てのカットは駅撮りばかりです。

時代が下ってくると「両面58!?」のキハ53なんて、美味しい車も出てきましたが当時はまだ22ばっか。

この↑カットも22同士の交換ですが、旧標準色とタラコのツーショットで、しかも例の秘境駅朱鞠内でのカットですから掲載してみました。

この時期の北海道のあのさわやかな空気、伝わりましたでしょうか??。

え、軽油の排気の油臭い匂いしか連想できない???、そう言われるあなたは肌寒い中、ずっと二重窓を開けっ放しにして(多少周りに遠慮しつつも)トイレの飛沫も気にせずに窓桟に両腕組んで外を眺めてた経験のあること、間違いないでしょ、ね!!。

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今日は調子がイマイチ・・・。朝から熱っぽくて出勤できずです。

なので、台風一過の快晴ながら、自宅で逼塞しつつ静養に徹してます。

ただ、何もしないでいると夜、また眠れなくなって明日も没となる可能性大ですから、少し何かしようと最近またサルベージを始めた旧作を何気なく眺めていましたら、この時期のコマが意外と少ないのに気がつきました。

思い出してみるに、現役当時、ちょうど今の時期は夏休みも終盤となり、半年掛けてバイトしてためた資金で夏合宿へ参加しそれももう終わり。

下期の授業が始まる頃で、精一杯「鉄」に徹して気合い抜けしていた頃でした。

また、学祭への準備が追い込みに入り、誰もが選択したテーマに向けて締切に焦りだした頃でもありましたので、資金も尽きてあまり「鉄」には出かけなかったような気もします。

そんな頃ですから、出かけたとしても近場。こんな所で撮影していました。

1980年代撮影 上越線津久田鉄橋 165系、上り急行「佐渡」
イメージ 1

確か鉄研のメンバーと津久田〜岩本へ撮影に行った日、一日、例の大カーブで色々と撮影を堪能した後、最期にこの鉄橋の袂へいったのだと思います。

今日のように秋晴れピーカンの良いお天気であのあたりを歩き回って疲れ果てていた上に、すでに満足したカットは充分に撮影できていたので、あまり力も入らず、なにげに季節感を出そうとしてススキを絡めたカットでお茶を濁したような気が・・・。

ココの鉄橋はご存じの通り袂からだと、ただのバキューン写真しか撮れません↓。
というより、鉄橋とはそういうモノなので仕方ないのですが、そこを活かすのが腕と言うことで・・・。

工夫が足りないというか、腕が付いていかないというか、こんな写真しか撮れなかったのはホントに情けない限りですが、当時は即お蔵カット!!も今となっては写っているのが165で、しかももう絶対にこの構図では撮影できないでしょうから、時期も合っているので掲載してみました。

レタッチをしつつ、バックでBSではスタレビのライブが流れています。

ちょうど時代もぴったりで当時の思いに浸りつつ。

明日は出勤できるかなぁ。。

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動画版↑です。お楽しみ満載です。
伊那電に富士身延、山交の残党も・・・。力強い、吊り掛けモーターの響き。
津軽大沢の車庫にはお宝車両がいっぱいいました↓。
※関連リンク この動画の2年前の撮影です!
そして、湯たんぽと旧7000はデビュー前の待機状態!!。

どうぞご覧ください!!。

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今年は開業○0周年!、という鉄道会社が心なしか多いような気がします。

そんな中で、小生の現役時代、消えつつあった戦前製の超ロートルな車両達を現役で運用して小生に引き合わせてくれた、弘南電鉄には一際愛着を感じます。

と言うわけで、この時期ならコレを掲載しないわけにはいかないでしょうから、今までずっとお蔵にしてありましたネタを掲載させていただきます。

1980年代撮影 弘南電鉄弘南黒石駅 モハ3601+クハ2025
イメージ 1

旧国ファンなら皆様ご存じ!、元阪和電鉄の韋駄天走者モヨ100です。

当時、弘南には2025/2026の2両が生き残っておりまして、2両ともこれまたレアな松尾鉱業で使用されたあと最期のご奉公で弘南へやってきたということです。

焼け直し電車の末裔で或る東急3000型より明らかに腰高な車体と戦時3扉改造こそされていますが「超特急」80キロ運転でかっ飛ばしていた優美な2扉車の面影が漂う車体、気品がありますよね!。

クハ化に伴ってパン撤去、足回りもDT10系に履きかえてますが、これら全てオリジナルであれば言うこと無しなのに。弘南では、それは流石に無理か・・。

P6/デイ100/モヨ100、戦前関西私鉄王国の生き証人達の末裔、よくぞ生き残ってくれました。

〃 モハ3674&クハ2026
イメージ 2

こちらは相棒の2026号。貫通扉がHゴム化されていますが、両運転台設備はこちらの方がキッチリと残ってました。

〃 クハ2025
イメージ 3

ホントにこの車の2扉姿みたかったなぁ・・・。

〃 モハ3601+クハ2025+クハ3781
イメージ 4

実は2026が2連になって表に出る前までは彼が先頭についてまして3連でした。

後期には撤去されてしまった客室窓の保護棒がまだ健在な姿です。

しかし、元東急の3601の力持ちのこと。ロートル2両のクハをぶら下げて走るのは相当、力に余裕が無いと出来ません。馬力、あったんだなぁ、青電。。

〃 〃
イメージ 5

車体新製してますんであまり古さは感じず、垢抜けて軽快な感じの3601。
秘めたる力はたいしたものです。

ホームの奥には国鉄黒石線を引き継いだ弘南黒石線のキハ22が写っています。

話が逸れますが、このキハの塗装、なかなかシックで小生、お気に入りでした。

〃 モハ3601+クハ2025+クハ3781+モハ36??+クハ2026モハ3674
イメージ 6

で、実は更にこの3連2本は朝の通勤通学列車で6連で走ってたんですね!。2M4Tかぁ、いかにモハ3600の力があったかがわかりますね。

静止画版はコレでお終い。で、実は動画でもこれらロートルを撮ってましてね。次回はその動画を掲載してみたいと。

ちょうどステンの6000と7000が新車で入ってきたときに撮ってますんで、まだ両車は大鰐の側線で出番待ちのピカピカで待機中でした。

そんな姿も撮影してありますので、懐かしいロートルの吊りかけ音とともにお楽しみいただけるかと思います。一両日中にUPしますんで、お楽しみに!!。

追加掲載 1980年代撮影 弘南電鉄黒石駅 
 モハ3612+クハ3670+? 「快速」列車
イメージ 7

ホームに立派な上屋がかかってます。

地方私鉄で当時、これだけ大きな上屋は、なかなか見かけませんでした。

この上屋、番線の上にもかけられているところが、豪雪地帯の雪国の鉄道らしいですね。

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最近、諏訪湖SA下り線のレストランが改装されました。

地元、紅谷の経営で元から朝はバイキング朝食を行っていましたが、改装で更に美味しくなっていましてね。

変にインスタントなありふれたメニューでは無く、地元色の強い「おかず」が多くなりまして、特に佃煮系が充実してますので、ご飯が美味しいモノですから朝から大盛り2杯はいってしまいます。

昨日は身欠きニシンと小エビの佃煮とワカサギの佃煮、菜っ葉のお浸しで一杯目は終了。ただ、洋食メニュウが無くなりましたので、朝パン食の方には残念かも知れませんが。

ドリンクバーは健在ですので食後、湖を長めながらのアフタードリンクはOKです。

で、ここの営業は7:00からですから、いつもはSA前乗り車中泊を止めて早朝藤沢出発、2時間走って7時前にSA到着のスケジュールに切り替えました。

やはり、美味しいのが広まっているらしく、開店早々、7割方は席が埋まります。

と言うわけで、そのままその脚で松電へと向かいます。

今日(9/10)は10型復元塗装の撮影会が新村車両所で行われるのですが、一足先に綺麗な姿?を撮影したくて出かけたのです。

ただし、ひょっとしたらお化粧直しを汚さないために前日9/9はお蔵??と言う可能性も・・・。

それで、新村へいの一番で出向いてみましたら、案の定↓・・

2017/09/09撮影 松本電鉄新村車両所
イメージ 9

あーあ、やっぱりと若干気落ちしましたが、この時期、実はアレが撮れますから気合いを入れ換えて、撮影ポイント探しに国道を新島々へ向かいます。

ただ、渕東を過ぎると畑!はありませんから国道から線路沿いの小道へ入りましたら、お目当てのアレの畑を見つけました。

〃 松本電鉄渕東
イメージ 1

そう、アレとは蕎麦の花です!!。ちょうど、咲いたばかりの満開で白も際だって鮮やかで、あたりには一面、蕎麦の花の香りが漂っています。

良いとき、来たわ〜!!。

ただ、このポイント、路が細くて車を長く駐めていられないため2本撮ってすぐに移動です。

畑も小さくて周りは稲穂が実りきった田圃ばかり↓ですので、

イメージ 12


構図も難しく退散したというのが本当ですけど。

それで、新村車庫へ出向いた時にあらかじめ目星を付けて置いたポイントへと引き返しました。

〃 松本電鉄新村
イメージ 2

国道から外れてまずは偵察を兼ねて小道に入っていくと、おー!良いじゃんと思いきや、一番のお立ち台に先約の同業者が一人、三脚を立てています。アチャー・・。

駐車ポイントにもその方の車が入っていて、他には駐められるスペースはありません。なので、ちょっと畑の周りを走って、駐めて撮れそうなポイントを探して撮影したのがこの↑写真。

イメージ 3

何本か↑のポイントで撮影していましたら、先約の方が退散なされたのでその後に収まりまして撮影です。ただ、ここから新村へは目と鼻の先だと気づき、車はそちらへ置いてきました。

今の時期、どうも蕎麦畑と線路を絡めると何処へ行ってもモロ逆ばかりなのには閉口します。まぁ、これだけピュアな蕎麦の花が撮れただけでも御の字か・・・。

〃 松本電鉄渚 奈良井川橋梁
イメージ 4

この後、黄金との絡みも考えましたが、そういえば今まで水絡みで撮ったことは一度も無かったのでここ↑へ出向いてみましたら、良い感じで撮影できて満足満足。

松本あたりでひとっ風呂浴びてから、とも思いましたがもうお昼だし、夕方、別所の石湯へ浸かる事は既定条件でしたので、昼飯もそこそこに三才山トンネル経由で上田電鉄へと向かいました。

途中、下之郷の生島足島神社へお詣りして、このあたりで一枚と思いまして、車を収める場所を探しつつ駅の周りを回っていましたら、コレ↓が目に入りまして。

2017/09/09撮影 上田電鉄下之郷車両所 旧東急デハ5202
イメージ 10

裏の田圃にチョイとお邪魔して一枚。
松電新村で見た「きゃーるちゃん」の色あせた姿にちょっとガッカリしていた目には、スティンレスの車体は往時そのままで、台車も最近塗り替えられたらしく痛みも目立ちません。ただ、床下機器ががらんどうなのがちょっとネ・・。

それで、現役組の走りも一枚と思い、昔、神社の鳥居と絡めて撮影したポイント↓

1980年代撮影 上田交通下之郷 モハ5371
イメージ 11
※車体は元OERの1600型、なので当時、丸窓より一押しでした。

を探しつつ歩いていたら、アララ、電車が来ちゃった・・。それにしても上田に来てもポイントは、良いところは全てモロ逆なので、ここは一番、撮り慣れた舞田へ移動。

〃 舞田駅
イメージ 5

上田も今頃は黄金の実りでどこもかしこも見渡す限り。「実る度、頭を垂れる稲穂かな」、あぁ、お米とお百姓さんに感謝です!!。

〃 舞田
イメージ 6

このポイントも現役時代以来、ずいぶんと良く通ったけど家こそ多くなったけど、あまり変わらないなぁ・・・。

そういえば、上田でも水絡み撮ったこと無いなぁ〜、でも城下まで戻るのもなぁ、なのであ!あそこ!!。

〃 八木沢
イメージ 7

結構、こんな流れもあるんだな、と思いつつ、あちゃーここでもモロ逆・・・。

で最期に行きたかったのがココ↓。

〃 別所温泉
イメージ 8

別所温泉から麻績インター、沓掛温泉方面へ抜ける間道の峠前の高台から撮影するこのポイント、上田電鉄ではメジャーなポイントですが、横を通れど今まで一度も撮ったことは無かったので石湯への〆に行ってみました。

黄金田に輝くステンの電車、一昔前には地スカの丸窓が行ったり来たりしてました。

その痕跡が右上にチョイと顔を覗かせています。

と言うわけで、別所温泉の石湯で一日の鉄疲れ?を癒やし帰路につきました。久々に良い一日でした。

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