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「あ!高杉、高杉!」
井上聞多が仕事を終えて城から帰ってきた高杉晋作に駆け寄った。
「どうした、聞多?」
「今、暇か?」
「・・・?まあ、これから家に戻るところじゃから、暇といや暇だが?」
「ちょっと、付きおうてくれんか?」
「かまわんが・・・」
元治元年八月。長州藩は英・米・仏・蘭の四カ国連合艦隊と交戦し、完膚なきまでに大敗した。高杉は、四カ国と講和談判をすべくイギリスにから急遽戻ってきた井上聞多と伊藤俊輔らと共に、家老・宍戸刑馬の名で講和条約を締結した。その後も、政務座役を勤めているが、この頃雲行きが怪しい。
八月三日、将軍・家茂が長州進発を令した。そのことが藩の首脳陣に圧力をかけていたのだ。
「おまえに試してもらいたいもんがあるんじゃ。」
井上は陽気に言った。連れてこられた先は井上の自宅である。
「おおい、俊輔。高杉連れてきたぞ!」
「なんだ、俊輔もおるんか?」
高杉はふと鼻をくんくんと鳴らした。なにやら甘ったるい香りが流れてくる。
「わ〜い、高杉さん、いらっしゃ〜い!」
姉さんかぶりにたすきをかけた伊藤俊輔が高杉に抱きつかんばかりに飛び出してきた。
「おい、俊輔、なんじゃこの甘ったるい臭いは?」
それはじゃれ付いてくる伊藤の体からもぷんぷんと匂っている。
「じつは〜、ぼくらが英国で習ってきたあちらのせんべいを焼いとったです。」
「は?」
「これは、クッキーというんじゃ。小麦粉に卵と乳酪と砂糖を混ぜて作ったもんじゃ。」
「―――知っとる。上海で食ったことがある。」
「それじゃあ、話が早いですね!実は、僕たちこれを馬関で売ろうかと思って。」
「一つ味見してくれんか?」
「何で、わしが・・・・」
「いや、やっぱり高杉じゃないとダメなんだよ。」
「看板は偽りたくないしね〜」
「・・・・・何の話じゃ?」
「まあまあ、ともかく味は保証するぞ?」
「そうですよ〜。聞多はあっちで一生懸命作り方を勉強してきたんですから!」
「おまえら、英国まで何しにいっちょったんだ?」
高杉はやむなく差し出された黄金色のクッキーを一つ摘んだ。一口齧ると、さくりと砕け、口の中に乳酪の香りと砂糖の甘味が広がる。まずくはない。素人が作ったものとしては上出来だといっていいだろう。
(わしは辛党なんじゃが・・・・)
西洋の菓子は高杉には少々甘すぎた。
「どうじゃ?うまいだろ?」
井上と伊藤は期待に目を輝かせて高杉を見つめている。
「―――ええんじゃないか?」
口の中に残る甘味を渋茶で流しながら高杉は適当に答えた。
「よし!俊輔。じゃんじゃん作って、馬関で売りまくるぞ!!」
「おうっ!!」
二人はがしっと手を握り合った。
(こいつら、イギリスで何やっとったんじゃろうか・・・)
幕府が軍勢を揃えて長州に攻めてくるというのに、実にお気楽な二人であった。
それからしばらくたったある日、高杉は公用で馬関に赴くことになった。
(そういや、聞多はどうしちょるだろう・・・)
あれから、何かと忙しくて井上と顔を合わせる機会がなかった。
奇兵隊の出資者である白石正一郎の家に立ち寄ると、白石はにこやかに高杉を出迎えた。
「ああ、よくいらっしゃいました。お久しぶりですね。」
「白石さんも元気にしちょりましたか。」
「おかげさまで。今日は井上さんとお約束ですか?」
「は?」
「おや、違ったんですか?」
「っていうか、聞多はここにおるんか・・・」
高杉は白石が言った場所に足を向けた。船着場にはちょっとした人だかりができていた。男も女も入り混じっている。
「ん〜〜?」
高杉は目を凝らした。人だかりの中心に幟が立っている。その幟にあまり上手いとはいえない字が書かれていた。
「ああっ?!」
思わず高杉は声を上げてしまった。
あの高杉晋作も食べた!これであなたも草莽の志士に!!
「さあさあ、これはあの奇兵隊創始者である高杉総督も御推薦のクッキーだよ〜!」
伊藤の声が聴こえてきた。高杉は膝が砕けるかと思った。
(クッキー・・・あの時のか―――!!)
たしかにそのクッキーを食べた覚えはある。ほんの一口だが。「看板に偽りなし」と伊藤は言っていた。
「今なら、ひと箱買えば高杉総督直筆の詩が付いてくるよ〜!」
井上の声に高杉は思わず自分の長刀に縋りついた。
(このところやたらとわしの詩を欲しがると思うちょったら・・・・)
「阿呆じゃ・・・・・」
高杉が思わず呟くと、人だかりの真ん中から伊藤がぴょこんと顔を出した。
「ああ〜っ、高杉さん、め〜っけ!!」
逃げよう、と高杉は思った。しかし、高杉はたちまち熱狂的な群衆に囲まれた。
「さあ、みなさん!高杉君が皆さんのためにわざわざこの馬関においで下さいました!クッキーを二箱買ってくださったお客様には、高杉総督と握手ができますっ!!」
井上の口上に、群集はわっとクッキーに群がった。
「聞多、おまえなんちゅうことを・・・・・・!!」
「高杉さん、売上に貢献してくれてありがと〜♪」
「おい、わしは客寄せかっ?!」
冗談じゃない、と高杉が踵を返そうとすると、その腰にすがり付いて伊藤が引き止めた。
「待ってください〜。民と約束したことを破るのは武士として恥ずかしいことじゃありませんか〜」
「約束したのはわしじゃなかろうが!」
「高杉さんは僕と聞多を卑怯者にするんですか〜?」
「わしの知ったことかっ!!」
しかし、結局高杉は伊藤に宥めすかされ、渋々思いがけぬ握手会を開く羽目になった。
「・・・・・・・・・・・白石さん、あんたまでなに並んどるんじゃ。」
「え?やっぱり高杉さんファンの私としてはここは外せない、と・・・」
小娘のように頬を染めて手を出す白石に高杉はやけくそで手を握ってやった。
井上と伊藤の作ったクッキーが売り切れた頃、高杉はぐったりと疲れきっていた。
「いや〜、高杉。ご苦労様vおかげで今日は大もうけだ。」
「―――おまえらはあいかわらずじゃな・・・・」
高杉は溜息をついた。ふと目を上げた高杉の目にあるものが映った。
瞬間的に頭に血が昇った。
「俊輔!聞多!なんじゃ、これはーーっっ!!!」
「あ、しまった!」
「逃げよう、聞多!」
伊藤と井上は売上を抱えて走り出した。
「待たんか、この阿呆どもっ!!!」
高杉が怒髪天を衝いたのは、二人が売り出したクッキーの名前・・・
『元祖!草莽クッキー』
Fin
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こんにちは。
私もいま高杉晋作について書いています。
よかったら覗いてね。
2012/9/26(水) 午後 7:05 [ ふじまる ]