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今週月曜日、八重洲ブックセンターで久しぶりに雑誌を買った。
目的のものは品切れで、結局買えなかったけれど、こちらは残り2冊だけだった。
仮に品切れでも、取り寄せすれば、或いは〇マ〇〇で購入すればいいことなんだけど、
本屋で捜しまわって、手に取って、感触を確かめて、パラパラめくって、目次に目を通して。。。
そういう経過を楽しみながら選ぶのが好き。
こちらは翻訳家でアメリカ文学者の柴田元幸さんが、責任編集を務める文芸誌。
息子が紹介してくれたもの。
紹介のHPにはこう書かれていた。
15号まで広告なしで赤字も出さずにやってきた。
柴田さんが、インタビューに対して答えていたのが以下。
言葉は真実を伝えるためのものだという前提が今まではあったが、その前提がなくなってきている。
以前は「嘘をつけば世の中機能しない」という考えのもとに何らかの歯止めがあった。言葉を公の場で発する時には新聞や本があり、色々な人が関わることでチェック機能も働いていた。今はチェック機能なしに全世界に
情報を流せる。実はチェックが働いていた方が幸運な状態だったのかもしれない
ー言葉の発し手も受け手もモラルがより必要になりますか。
自分も含め世の中は本当にモラルをもとめているだろうか。「世の中全体がうまく行った方が良い」という視点に立てば、モラルを求めた方が良い。しかし今は、そう考える余裕のある人がどれだけいるだろうか。
ーそのような時代に教養として読むべき小説はありますか。
その問いが成り立たなくなっている。小説と教養がセットだった時代は過ぎた。
教養とは、人間のことを知ろうとする試み。
しかし、今は「人間の中身なんて知ってもしょうがない」というシニシズムがあるように思う。
これは健全なことかもしれない。実際に今、人間が地球に対して行っていることを見ても、そんなに賢い
とは思えないし
柴田さんのことは、なんとなく、知っていたけれど、こういう考えの人だったんだ。
共感する部分が多い。
偶然にもこの号の特集、旅行記に池澤夏樹さんが「すばらしい新世界」を書いた時の旅行記が掲載されている。
偶然が偶然を呼ぶのは必然?
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