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状況ごとの言葉の変化

少なくとも6年間、しかも、大学受験を経験した人は、他の教科と比べても高い比率で
週に何時間も英語を勉強してきたのに、どうして、社会人になって自由に上手く使いこなせないのか...
その能力を発揮できないのか...(その後大学で英語を専門的に学んだ人は例外でしょうが)

以前はよく考えたものですが、愚問に過ぎないのかな。
実際に使う場合と受験英語とは違うとよく耳にすることです。それならば、日本の大学受験そのものが
社会人になってからの諸々の能力とは無関係?と皮肉も言いたくなります。^^
多くの人が反論するでしょうか。

こういう大それた話は別として、小さな小さな話になりますが、
日本語を勉強中のRさんが、会話の中で、
「こんな場合、人々はどうですか?」
「人々が言っているのですが。。。」

と、「人々」という言葉をよく使います。
「うん??」『ヒトビト!』イントネーションも平坦ではなく、「ビ」にアクセントがつくので、
なおさら外国人の日本語の典型に聞こえます。

決して間違ってはいないんです。でも変なんです。
彼女の「人々」を聞くにつけ、自分が話すインドネシア語や英語もネイティブに同じように受け取られる
場面があるんだろうなと、容易に想像できます。

「こんな場合、普通日本人はどうですか?」
「多くの人が言っているんですが」
きっとこういうことだろうなあと、自分なりに変換します。

かつて英会話の先生が、私の質問に対して、しばらく宙を見つめた後、
「その言い方は、文学の中では使われるよ」
と答えていました。「直訳」という意味合いの説明はしませんでした。

こんなことをあれこれ考えると、「場面ごとの言葉の変化」という辞書を英語の専門家の方が
出版してくれないかなぁとつくづく思います。
場面ごとの会話集などは結構な数、書店で見かけるような気もするのですが、
それではちょと、用をなしきれません。
今なら「場面ごとの語彙」なる辞書もあるのかな。

そんなに、人に頼らないで、「自分で何とかしなさいよ」と言われそうですが、
そうなると、インターネットが頼りになる助っ人になるかもしれません。

検索能力+αさえ優れていれば、いろいろな場面のネイティブの会話から
相応しい語彙を拾いだすことができる便利な世の中になったんですね。


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良いことと悪いこと

今日はよいことをしました。
悪いことをしてはいけません。

悪さをしないように、みはっておきましょう。
良さ? 
この国の良さがよくわかりました。
この国の悪いところも。

あの人の良さは私が一番知っています。
悪さ?
あの人の悪いところは、すぐ嘘をつくことです。


良いことと悪いことは単純です。
良さと悪さはそうはいきません。
いいとわるいになるともっと楽しいかもしれません。

「寒いから今夜は鍋にしましょう。」「いいですね」
「今日はふところが温かいから、私が払いますよ」「そんな、いいです、いいです。」
                               「そんな、悪いですから、いいですよ。」
「いいですか、私の言う通リにしてください。」
「悪いですから、これからは自分でやります。」

AIはこれらの例文を読んで、”いい”と”わるい”の使い分けができるのでしょうか。
できるとしたら、どのくらいの数の例文を読んで使い分けができるのでしょうか。

それにもまして、今日一番考えたことは
AIも忖度できるのかしら?
経験ではなく、統計で忖度というものはできるようになるといえばできそうだけど。。。


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昨夜、珍しく、日本語を教えているS君からラインでメッセージ。

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S君の質問文の日本語の間違いには触れません。
彼は日本語のレッスン(週一回60分)を始めて、まだ5か月です。
それまで独学でどんな風に勉強したのか、聞いてみたい位です。
そう言えば、最初の頃のレッスンで一般的な送り仮名の話をしました。
彼なりにそれを受け取って、考えたのでしょうね。
会話力は読み書きに比べればまだまだです。
じきに追いつくと思われます。

おっと、今日書きたかったのはS君のことではなく、私自身の記憶についてです。
メッセージを受け取って、すぐに、
あっ、これ、ブログの記事にもアップした「々」!なんという偶然、まかしといて。

ところが、記憶に残っているのはそこまで。肝心の内容はすっかり、私の頭の中から抜け落ちているのです。
しかもいつ頃、アップしたかも覚えていなくて、結局、今朝になってその記事をみつけました。
こちらがそれです。
内容を抜粋すると

そういうわけで、小駒勝美さんの『漢字は日本語である』 新潮新書
を読み直しています。
 興味深い話が次々に出てくる中、『々』のことが書かれている箇所にぶつかりました。
 文部省が定めた『々』の正式な名称は『同の字点』、漢字ではなく記号です。
コンピューターでも『どう』と打ち込んで変換すれば出てきます。

日本独自のもので中国にはないそうです。
 もともとは『仝(どう)』という字が変化してできた記号であることからこの名称になったそうです。
出版業界では『ノマ』と呼ぶそうです。

あれから4年が過ぎました。
あの時は、あんなに感動して、記事に書いたのに…
今の私は、もはや、あの時の私ではない。笑)
人は日々変わる、この時の私を「私」とよんでいいものか…

でも日本社会は履歴書が幅を利かせる社会。
個人をこういう人と形容するのは本当に大変なことですね。
大変でも、それはそれとして、今を大切に存分に生きることは誰にでも挑戦できる気がします。
私もがんばろうっと!履歴ではない今の自分にできることを発掘するために。
S君、刺激をありがとう。

慌てて捜した、新潮新書の本も確かに本棚にありました。^^


外国人が話す日本語を聞いていて、
あなたは、次のうち、どちらに敏感ですか?

ある程度高級感のあるホテルのレストランで、従業員が
客が帰る際に「ありがとう」と言った場合と
「ありがとうございますです。」と言った場合。

例が極端すぎるかもしれませんが、
「ありがとうございますです。」は聞いたことはありませんが、
「ありがとう」はたまに聞きます。
私はとても違和感を覚えます。

場所が、屋台のようなところとか、ファーストフード店なら、もしかしたらそれほど感じないかもしれません。
それが、それなりのホテルのきちんとした料理を提供するレストランで
そう言われると、絵に描くとしたら、出口のところで、こけてしまう、そんな感じです。

これって、日本の敬語文化の所以なのでしょうか。

「ありがとう」と「ありがとうございます」の違いを外国人に説明するのは
簡単です。
でも、丁寧さを求められる場と、それほど気にしなくていい場、相手によって使い分ける状況を
明確に説明するとなると、その国の「ありがとう」の言葉次第では
説明を受ける方にとっては、わかりにくいかもしれません。

どちらに敏感かは、その人次第かもしれません。
とはいえ、最小限不快な思いを相手にさせない言葉を使えるにこしたことはありません。

お客様は神様という、日本の今の状況にもろ手を挙げて賛成するわけではありませんが、
沁みついた、こういう文化は寧ろ美しいと思っています。



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もの想う秋!

昨日の記事に会話の場合は、前後の文脈で適切な言葉が大きく変わってくると書きました。

他の言語を日本語に言い換えたい時、このことが問題になる場合もあります。
例えば、英語の”think"、これまで教えた時は
「〜とおもいます。」のみ説明して(「そう思います」は例外として)、注意事項としては「と」を忘れないようにということに焦点をあてました。又、〜部分が名詞の場合は「だと思います」ということも付け加えて説明、
反復練習でも常に「と」に気をつけて、言わせます。

”think”は曲者です。
だから、質問がない限りは、敢えて触れません。余計なことは言わないに限るので。(_ _|||)

今教えている中で、大人はひとりだけです。
彼女は自分の学習目標や、到達点、ものにしたい日本語の領域が非常に明確なので
こちらは、それに寄り添うように教えています。従って、余計なことに時間を費やしたくありません。

今年から、高校1年生の男の子に教え始めました。
彼は非常に優秀です。本人の話では独学(ネットのアニメ等を利用)だとのことですが、読み書きに関しては教える前から基本的な知識を備えていて、発展問題を与えても、すぐに答えられるようになります。
会話の練習がまだまだ必要ですが、
何よりも、得意な中国語をうまく生かして、漢字も日本語能力検定試験のN4までは大丈夫そうです。

中学生以下の子達は、学校の中国語の科目の方が最優先ですので、下手に日本語の漢字を
教えて混乱してはいけないので、躊躇するところもあるのですが。。。

高校生の彼の場合は、「思う」と「考える」の使い分けをそのうち教えざるをえない状況になる気がします。
今、思いつく限りでは、
ある程度決まった答えがある状況では「考える」
感想や意見などのように、決まった答えがない場合は主に「思う」

或いは、頭を使うか、心を使うかの区別?

本人曰く、一番得意な言語はインドネシア語でも中国語でもなく、英語だとのことなので、
”think"問題にぶつかる可能性大とはいえ、
もしかしたら、中国語の場合は日本語と同じように「思う」と「考える」のと似たような使い分けをするのかしら、
そうだったら都合がいいなぁ。
なんてお気楽に思う(考える?、どちらでもOK?)ことにします。その時がくるまでは。^^

「考える」は英語の場合、”consider"をよく使う気もしますが、どうなんでしょう。。。

あー、ものおもう、秋です。


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