朝の光の中で

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あー日本の台所!


今週末の日本は、再び気温が下がるとか。。。
帰国のタイミングでちょうど満開の桜がみれると喜んでいたのですが、
どうやら、花冷えになりそうな気配なので、どんな服を着ればいいかと悩んでいます。

暑さと高湿度に慣れ親しんだ私の肌はきっとびっくりするに違いありません。

8年ぶりの日本での生活です。
何が嬉しいか。。。というより、何が楽か。
何と言っても日本の台所です。

調理の途中で、水道水を使って洗えば、何でもすぐに清潔状態になるということの
嬉しさよ。
サラダ用の野菜も冷麺用の麺もジャブジャブ水道水で洗える幸せ。
洗い物も広いシンクで窮屈な思いもすることなく洗える!

そんな細やかな幸せは最初の間だけでしょうけれど、
春と秋、道を歩く、散歩ができる、その幸せをしっかり味わいたいと思います。

昨日、お呼ばれのお持たせにと作った、牡丹餅です。
どちらかというと、牡丹餅よりおはぎと呼びたい大きさですが。
日本の小豆で作ったら、もっと美味しくできるかな。


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せっかく、体調はよくなったというのに、今週はついてないことが多く、
てんてこ舞いの週でした。

週の初めに夫が高熱を出し、
デング熱だったら大変とてんやわんや、お蔭様で
結果は陰性でホッとしました。

その最中、光熱費の支払いに障害が生じて、締め切りの昨日を逃したら、
来週月曜から、即、電気を止められるという事態に!

その原因が、自分達には全く非はなく、大家さんが払うべき、
先月のメンテナンスフィを期限内に払わなかったため、同じアカウントを使っている
店子の私達の電気代も金額がアップデイトされないままで送金できず、窓口支払いもだめで、
お金はそこにあって、いつでも払えるのに、現金では受け取れないということで、変な話なんです。

結局、例外的に、アパートの担当の人についてきてもらって、ATMの普段と違う方法で送金し
どうにか間に合いました。

そして、夕方夫の診察に付き添っていって、もう大丈夫と医師に言われ安心した帰り、
スーパーで買い物をし、カードで支払おうとしたら、
ない!昼間ATMで使ったあのデビッドカードがない! 

もしかしたら、家のどこかに置き忘れているかもと、一縷の望みを胸に帰宅して探しても
どこにもありません。両替して、結構な金額入金したばかりなの、、、ガーン
昼間、早く支払わないととあせっていたのと、隣にはアパートの担当の人がいたせいか、
普段の自分ではなかったのか、、、
それでも、今週の、いらつく光熱費支払いで、いくらかの教訓をもらった私は
いらつきと落胆もそこそこに、まずはカード紛失の届け出をして、カード機能を停止しなければと
咄嗟に思い浮かんだのが、以前住んでいたアパートの大家さん。

以前の部屋もいろいろ問題はあったものの、大家さんの人柄は温厚でまじめ、
きっかけは忘れましたが、SNSで友達登録していました。
彼は、紛失したカードの銀行の管理職をしていました。

金曜日の夜でも、彼なら、最速解決の知恵を教えて貰えるかもと、
かれこれ5年以上音信不通だったのに、なりふりかまわず、
電話しました。
「本人が電話しないことには、どうにもできませんから」と、しっかりとした落ち着いた声で該当の
電話番号を速やかにチャットで送ってくれました。

いやはや、とんだ災難でしたが、ギリギリセーフで何とかなりました。
そんな今週をふりかえって、ふと、思い至ったことが、、、
こういう緊急事態でも、一般的に日本人の場合、迷惑をかけるからとか、体裁や気後れや見栄も
手伝って、なかなかなりふりかまわず他人に頼ることをしないのではないかと。

緊急事態の時ぐらいなりふりかまわず、他人に頼ってもいいと思うんですけど。(´_`illi)


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淹れたてのコオフィ一杯で時々朝飯ぬきにする時があるが、たいていは、紅茶にパンに野菜などの方が好き。
このごろだったら、胡瓜をふんだんに食べる。胡瓜を薄く刻きざんで、濃い塩水につけて洗っておく。
それをバタを塗ったパンに挟んで紅茶を添える。紅茶にはミルクなど入れないで、ウイスキーか葡萄酒を一、二滴まぜる。私にとってこれは無上のブレック・ファストです。
 徹夜をして頭がモウロウとしている時は、歯を磨いたあと、冷蔵庫から冷したウイスキーを出して、
小さいコップに一杯。一日が驚くほど活気を呈して来る。とくに真夏の朝、食事のいけぬ時に妙である。

今日の朝刊に吉村昭の記事がありました。
彼が「速水敬吾」という筆名で子供向けの探偵小説を書いていたという事実を知り、
久しぶりに青空文庫を覗いてみたのですが、残念ながらありませんでした。
そのまま、とりとめなく、文庫を探していたら、林芙美子の「朝御飯」という随筆をみつけたので、
何気なしに読んだのが冒頭の文章です。短い随筆ですから、読書というほどのこともなく…
ただ、意外な内容だったので、ちょっと衝撃的でした。
これまで、思っていた林芙美子の印象とはちょっと違いました。
1903年から1951年という、今でいえば、短い生涯の中で、しかもまさに戦中派の人の朝食、
おそらくパリでの朝食と想像します。
実際、彼女は「たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家」と
批判されたこともあったとか、

その後の日本での朝食についても
私は缶詰くさいマアマレイドをあまり好かないので、買うときは瓶詰めを求めるようにしている。
ありがたいことに、このごろ、酢漬けの胡瓜も、日本でうまく出来るようになったが、あれに辛子をちょっとつけて、
パンをむしりながら砂糖のふんだんにはいった紅茶をすするのも美味い。
そのほか私の発明でうまいと思ったものに、
パセリの揚あげたのをパンに挟むのや、大根の芽立てを摘んだつみな、夏の朝々百姓が売りに来るあれを、青々と茹で、ピーナツバタに和えてパンに挟む。御実験あれ。
こんな風に書かれていました。

70年も経った今の朝御飯にも、ちょっと試してみたいような食をそそられる内容です。

今の時代なら、さしずめ、インスタグラムに数枚の写真でおしまい!ということになりそうですが、
こんなに実の詰まった朝御飯の描写がちょっと愛おしくなりました。



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羨ましいなあと思うこと。

熱狂できる位好きなものがある人、好きな人がいる人。
それだけで、豊かな人生を送っている人にみえます。

自分とて、好きな歌手、好きな俳優、好きなスポーツ選手、いろいろいますし、
好きなこともいくつかあります。
ですけど、熱狂的かというと、はい、とは言えません。

寝ても覚めても、
寝食も忘れて、
何かに誰かに熱狂する、人間のエネルギーを感じますね。

年齢的なものと言えるかというとそうでもなくて、若い時からそうだったような、性格なんでしょうか。
かといって、いろいろなものに好奇心がないわけではなく、寧ろ好奇心旺盛の方だと思っています。
特定ではなく、かたまりとしての人間とか生き物とか、そういう見方になってしまって、その中での個々の
違いに興味がいってしまうのかもしれません。エネルギーも分散するんですね。^^
そういえば、長兄に「お前はクールな人間だ」と言われたことがあります。
自覚は全くなかったので、思いがけない言葉にとても驚きました。

写真のくまモンも吉本新喜劇の辻本さんも好きなんですけど、熱狂することはなく、地味に長ーくです。
かね。


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わかる、わかる。

昨夜は本帰国される方の送別会に出席。

帰国するご本人は67歳、その他の出席者の方達も似たり寄ったりのお年でした。
夫のお付き合いのある方達ということで、私以外は男性ばかり、話題は諸先輩方々の人生後半にかかわることばかりで、聞いていてもなかなか興味深いものがありました。

70歳近くになると将棋や囲碁を趣味とする方も多く、昨夜もその話で盛り上がりました。

私は将棋にしても囲碁にしてもほとんどできないのですが、皆さんの話を聞いていて、
深く共感したことがありました。
シニアの方達も今はAIを相手にネット上で勝負をして研鑽をつまれているとのこと。

AI相手でも、こちらが打った手に対して、すぐさま対応できなくて、長く待たされることがあるとのことなのです。
そんな時がしみじみ喜びを感じると言われていました。

確かに容易に想像がつく心理状態です。
ともすれば、生身の人間を相手にして、待たされる時より数段「しめしめ」という気持ちになる
なるのではと思います。

他人が困っている場面に遭遇した時って、不謹慎とは言え、ちょっと愉快なような快感にも近い感情と
助けて上げたいという気持ちが交錯するのではと思うのですが、
相手がAIだと、しかも勝負の世界となると、純粋な愉快さと幸福感を味わえるだけでなく、
自分の力が上達したことを客観的に知る機会にもなります。

将棋や囲碁の勝負の世界を知らない私でさえも思わず「わかる!」と言いたくなります。

帰宅は10時過ぎになりました。つけたテレビで偶然にも
人工知能の話題を取り上げられていて、研究者?の人が語っていた言葉がとても心に残りました。

「知能の高い人間と有能な人間とは別者である」
これは日頃から自分も感じていることです。

今の社会は人間にしても知能の高さが単純な視点で注目され、それにかなり重きをおかれているようにみえます。知能の高さは人工知能にはかなわない気がします。そうなると、いつか、人間が人工知能に支配される
世の中になってしまうかもしれません。
そうならないためには、ひとりひとりが、「人間とはなにものか」を真剣に真摯に考える必要があると。。。

それは単に深く自分の世界に入りこむのではなく、広い視野を持って人間のもつ無限の能力に
気づくべく、自身を追及することに他ならないような気がします。

年を取って身につく知恵や考え方は、AIのようにビッグデーターから導き出す結論とはかなり異質な物ではないでしょうか。
そんなことを考えると、一日一日がとても価値のあるものに思えてきました。



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