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この記事 思いっきり愚痴になると思う。
支離滅裂な文章だと思う
とても 嫌な私我見えてくると思う。
だから やや濃い事はどうも・・と思う方は
どうか スルーしてください。
ここ数日の 体調の悪さ・・ 梅雨の気候のせいだけではなさそう。 線維筋痛症という病気 精神的なストレスが最も悪いとされている。でも 私自身は今まで そう 精神的に自分が弱い人間だとは あまり自覚しては居なかったのだけれど、いや それどころか 少々の事ではへこたれない意思と心を持っていると思っていた。 だが、ここ数日の・・体調の悪さ・・ 原因が・・ その ストレスというものだと自覚を・・自分がこんなにも 弱いのだと・・知らされ戸惑っている。
とにかく精神的に とても不安定な・・私が居る。
悪魔のような醜い心がふつふつと 顔をもたげてきて 私を占領している。
昨年末 義母が腸に癌が見つかり 手術となったのだけれど 道下に住む 義妹夫婦が義母を連れ帰った。だんな様が二人の病人を見るのは難しいだろうと・・ 義母や周りには 我が家は寒いので 暖かい義妹の所でということにして・・・ (おそらくは 義妹も 私が義母のめんどうをまともに見れない、負かしてなんか居られないだろうと思ったと思う。母を思う娘として 私などにまかしては居られない。というのが正直な所だったろう・・私も きっと義妹なら 同じ事を思ったと思う。)
皆さんもご存知のように 正直 義母の好き嫌いの激しさから その食事作りにまいってしまって 体調が悪化していた私には 本当に助け舟だった。
本当に この半年 平和な日々をおかげで送らせて貰った。怒鳴られる事も無く、罵声を浴びせられる事も無く、私時間で すごす事が出来たし、夫婦の争いごとも減った。それは 体調にも良い兆しを見せ始め、十数年まともに眠れなかった睡眠も 以前とは格段に違う状態でとれるようになり、眠剤が無くても 眠れる事が ここの所多くなっていた。というより・・時として 眠り姫のように眠る事さえあった。
確かに地震の影響で苦しんだし、腰とか 首とかには 爆弾を抱えていて 日々時間と共に その体調は変わるけれど 気持ちがとても穏やかな時間をすごせていた。線維筋痛症の猩猩というよりは 背骨自体の問題、冠絶の問題。そんな感じが強くなっていた。
先週の日曜 ある事件が起こった。
本当に 久しぶり、おそらくは半年振りくらいだろうか?だんな様と お出かけ お昼を食べようと お店で待っていた所、電話が・・義母から・・ 何か変わった事でも? と 慌てて電話に出るや否や『おめぇ〜〜〜 芍薬を切ったのか!!」と いきなり怒鳴り声! うん?? 終わった花なの頭は落としたし、雨にうたれて 地に伏せていた 花を 葉っぱを3枚以上残した上で 切って 仏様に備えたけれど??? その事を言うと 「葉っぱを切っちゃ駄目だ!! おおきくならん!!」 と 怒鳴りかえっている。(オイオイ ちゃんと花を見てから言えよ。終わった花をつけていた方が 株は弱るだろうが・・どんなきり方をしているか見れば 文句など言ってくる話ではないだろう?? 私の知る限り 植えっぱなしで 雑草に埋もれていてもほったらかし、肥料の一つもやった事が無く 世話などした事も無いのに 花が咲いた時だけ 私の花の大切なに変わるのか??出先まで怒り狂って電話をかけてくることか?。一変に楽しいはずの時間が・・ドヨ〜〜ン。 当然 目の前に居ただんな様には そのいきさつが 聞こえたわけで ・・・ その事にに怒っただんな様が・・ 家に帰るなり・・ 芍薬を本当に ばっさりと切ってしまった・・・ だんな様もだんな様なのだけれど・・
・・・・・・・・ どんな形で・・・ この余波が帰ってくるやら・・・・
そんな心配をしていたら・・不安が的中。 ばっさりと落とされた芍薬を見て・・・ 怒り狂う義母・・・私がやったと思ったのだろう。「○○さんが 止めたけれど 切ってしまった」そう言っても納得などする人ではない。 いきなり「寒くなくなったから 家に帰ってくるからな!!!」 おそらくは お前らの好き勝手にさせないと言いたいのだろう・・・
どっちもどっち・・ 目には目をのだんな様も よろしくは無いのだけれど・・・・どちらも 弱い所に当たる 似たもの親子。
ただ・・・・・道下の義妹宅へ行っている義母が 家に帰ってくる。私には恐怖・・・ その後も 脅すように(そう 私には聞こえるだけかもしれないが)・・・昨日も 「帰ってくる」を言う義母・・・ そりゃ・・・帰ってくるなとはけしていえないのだけれど・・・ ここの所 術後から 元気を取り戻して 馬力が元のように 戻ってきた義母 それは嬉しい事なのだけれど・・ それと共に 以前にもまして 口がひどい。私のすることなすことに クレームをつけてくる。それも 穏やかな話ではなくて いつも 第一声「おめぇ〜〜〜〜〜〜〜!!」 (私はおめぇという名じゃない) で始まり そこらじゅう響き渡る声で ののしってくる事が多くなった。
義母とは どうしても生活時間が違う。私は 昼間しか動けない。 体が 起きぬけは動けないし 夕方に近づいてくると だんだんと動けなくなる。動こうと思うと 10〜2時くらいが一番動ける。その時間に動く事すら 義母の逆鱗に触れる。先日も 雲って風がある日に コデマリの剪定をしていたら 道下から 怒鳴られた。挙句の果てに 「そんな事をして わるくなったっていうなぁ!! せわかけるな!!」と・・・ ( 私が寝込んでいても 世話などしてもらった記憶は無いぞ・・ ご飯の一つまともに作ってくれた事なんて無い・・気を失う痛みの中で 毎日ご飯を作っていたのは 貴方ではなく 私だけど・・救急車で運ばれても ○○に 出来合いを買ってきてもらえ・・そう言って来た貴方が??、退院してきた日に 米に虫がわいているから 良く洗え そう言ったのは誰だ??)
そんな 悪い事ばかりが頭を走り回る。
義母か帰ってきたら また あの北向きの部屋で 私はトイレに行くにも水を飲むにも 義母の目にとまらないようにとコソコソしなきゃいけないんだな・・ 何かをしたい時には 義母に見つからないように こそ〜と ウッドデッキから抜け出して お花の世話もしなきゃ・・
手術前に 行っていた 近所へのきのこ屋さんへの仕事も 今はやめている・・・ と言う事は ず〜〜〜と 家に居るわけで・・・・ そのことが 余計に恐怖を・・・呼んできてしまっている。
妹宅へ居て 今の状態・・・ 帰ってきて一日・・・家に居るとなると・・・・
なんだか こんなに萎縮しては余計 色々な災いを招く。そう解っているのだけれど・・・ どうにも・・ 今 義母が帰ってくる事を 素直に受け入れられない。
それは 嫁としてはあるまじき行為・考えで・・ なら お前が出てけといわれそうな気もするが・・・・
ここ数日 夢にうなされている。義母の言葉や形相が 出てきて うなされてしまう。・・なんだか 久々に夢を見ている気がする。
自分でもどうにもならない気持ち。悪魔の心。
そんな自分が とてもいやな人間に思える
わがままな人間にも思え 反吐が出そう・・・
義母が病気になったのがわかった時のあの気持ちに帰りたい・・・ 帰らなきゃ・・・
そんな正論 正しい考えが中を むなしく舞う。
こんな状態で
義母が帰ってきて うまくやれるのかな・・・
せめて解って欲しい。
私の体調は 日々刻々と変化をする。
一日の中でも 今出来ても 1時間先には動けなくなっているかもしれない。 それが あるがままなのだ。それを否定しないで欲しい・・
体調がわるいなら 外へ出るな(人目につくなそう聞こえる)とは言わないで欲しい。
これ以上悪化させないためにも 筋力を弱めないためにも、動ける時には 自分の体の声を聞きながら 動くし、けして じっと寝ていれば治る病気ではない事。横になっていること事態が 辛い時がある事。切ってのければ治る病気ではない事。私は 必死で 治る事もだけれど 悪化させない事にただ 必死なのだという事。少しでも 自分の足で これから先も歩いていたい。 私は 松葉もつくし それで近所も歩くし。障害を持っている事を隠すきはない。私の人格を否定する事をやめて欲しい。
そんな コロコロ変わる体調と これからもず〜と 付き合っていかなくてはいけない。 義母の 癌のように切れば ある程度よくなる 安定した状態になれるそんな話ではない事を。
私は自分の体の声に従いながら 今だ 治療方法が確定しては居ない 病気と共に生きていくしかないんだ。病院へ通ったから よくなるという話ではないという事 解って欲い・・・・・・・・・
そして どうか 老いては子に従えとは言わないが、色々な事を 長男だからとだんな様に押し付けるのであれば、一家の長として 外ずらだけでなく だんな様を認めて欲しい。立てて欲しい。
一家の長であるべき 男の人が 母とは言え なおざりにされ 罵倒さてしまう家には 反映と安泰は無いと思う。 もちろん 年長者として義母の大切さもわかっているつもりだ。
強く投げたボールは 強くしか帰ってこない。
どうか 最初からけんか腰にものを言わないで欲しい・・
その言葉は 苛立ちしか産まない。
何を書いているか解らなくなってしまった
すいません。
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悪魔への扉
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苦労なさってみえますね!
そんな義母様を哀れに思ってあげましょう!
そうゆう言い方しかできない方なのだなぁ と・・・
2011/6/18(土) 午後 3:36
嫌な事は忘れる!と言ってもそんな簡単ではないですよね。
応援してますよ^^
2011/6/18(土) 午後 5:43
芍薬の痛みが
そらさんの痛みですね…
2011/6/19(日) 午後 0:45