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医師に送った手紙より抜粋。 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(略) 女性は、幾つになっても女性なのです80になろうと、90になろうと、その気持ちは持っています。昔 自決する女性が着物のすそが乱れぬよう。紐で足を縛ったと言われる心を持っています。本来なら 好きでもない人に髪の毛一本でも触れられたくは無い。先生も女性ならば その気持ち理解していただけると思います。 それを 自ら身を任せなすがままになるのは 藁にもすがる 少しでも良くなりたいそんな患者の気持ちでしか在りません。色々な民間医療(マッサージ・カイロティック等) でリンパの元 手の付け根 足の付け根の少し恥ずかしい部分に集中して有ることは知っています。医療行為だと信じれるから 身を任す事が出来るのです。 肌寒く リハビリ前からリハビリベッド待つ間毛布がかけてありました。Gパンのうえからでは 感覚がわからないのでと言う彼の言葉に少しやだなぁと思いながらも 私は従いました。なんの疑いも持たず。 リンパの元をほぐすのに 少しギリギリのところまでマッサージしますにも 疑いを持ちませんでした。洋服の上から民間医療でも そういう事はありましたから。ただ 普通は此処から先は 同じように自分でされてみてださい。とかならず 有る地点で言われますが。 恥ずかしいけれど身をゆだねるしかない。 でも 次の瞬間 私頭が真っ白になりました。自分に起こっていることが 信じられなく なにがおこっているのか・・・ 下着の中に彼の手はありました それは絶対医療とはかけ離れた場所に。理解するに私は時間がかかった。何かの間違い?手が滑った?いえ違う!そうじゃない!! 叫び声すら上げられなかった。恐怖で頭が真っ白。助けを求めるにも お昼時 他のスタッフの姿は無く・・・手を払いのけるのが精一杯。 私 その後どうエレベータに乗ったかも どう 歩いたかもわかりません。 気が付いたら 先生の診察室の前・・・何をどうしたらいいかわからない。身体がわなわなと振るえ 頭は真っ白で 何も考えられなくて でも 扉を開く事はできなかった。 確かに聞いたのです。払いのけて 立ち上がった私に彼は言った 「触らせてくれて有難う」 その声がこだましていて ただ病院が怖くて 白衣が怖くて 逃げ帰ったように思います。その後どう精算をすまし 薬をもらい駐車場に待つ主人のとろころへ戻ったかも覚えていません。 先生を信頼しております。でも病院が怖いです。これ以上通えません。 ただ どうか解ってください。患者の心を 藁にもすがる思いで通っている患者の心を忘れないで下さい。』 すぐに電話があった。嫌な思いをさせた謝罪と、事実関係を調査するむね。これからの事を話し合いたいと。 その頃私体調の変化もあり 通院は短い周期で 薬も切れる。重い足を病院に向けた。 そこに待っていた言葉は、行き過ぎた医療行為だったかもしれないが 彼は医療の一環として新しい手法をためしたのだと。傷付けたなら申し訳ないとの彼からの言葉が伝えられた。先生から 彼を交えての話し合いが提案されたが 私はお断りした。あの恐怖がよみがえる顔など見たくも無い。今 彼の居るこの病院に居る事さえ 息苦しく私は恐怖を持っているというのに。彼の処遇を先生は聞かれた。まるで私が首にしてと言えば 首にすると言わんばかり。 それは 私が決める事では無いでしょう。そう言ったのを覚えている。医療に立つものとして 病院としてそれは決める事じゃないのか?私に彼の一生を決める言葉を言わせたいのか?私にこれ以上の荷物を背負わせるつもりか?私が 慰謝料でも要求するとおもったのか?裁判沙汰にされることをおそれたのか? 私は ただ患者の気持ちをわかって欲しかった。藁にもすがる思いを。彼を制裁するとか、裁判を起すとか そんな気持ちのかけらも無かった。それは あくまで病院側のやる仕事だろう。これから先 同じ事が起こらぬように。 他の病院に転院したくても たらい回しの精神的なで終わらされる私 他の病院へ移ることは不可能。友人に中央の病院を紹介されるまで 通院はやむ得ぬ事だった。理学療法士の彼が どうなったかは 私は今でも知らない。私の味わった地獄を少しでも想像で気のなら その事を土台にわすれないで 患者の心のわかる理学療法士に成長されていることを祈る。そして 私の前に二度と現れないで。 後日中央の病院に見てもらうため 紹介状をお願いしたら 私以外に病名をくれる医師はいまのところいないと思うよ。といわれた。 それでもというなら 書くけど・・・と 医師。(確かに 経過観察でもかりの病名をもらっていた。その事には感謝せずには居られない)紹介状を書いてもらうと もう見てはくれぬ問う事か・・・そう 感じられた。 全てをA(元夫)に話した。あの 悪夢の日。駐車場に待つAのとろこへ帰った時。 Aが助けてくれる そう 信じた。 Aは 何も言わず 黙って車を出した家へと。その事についてAが触れる事は それから先も一度も無かった。 Aは Aで苦しんだと思う。何も言わないが 彼の精一杯の愛情だった。今は そう言えるけれど、その時 私には冷静な事を考える余裕は無かった。彼にすがり尽きたかった。大声揚げて泣きたかった。壊れそうな私を救い上げて欲しかった。何も言わないは 私には地獄だった。それは 彼に許されていないと思わせた。そんな状況下に身を置いた事。叫び声一つ発せれなかった事。悔しさと、情けなさとAに申し訳ない。自分が汚れた汚い物のように思えた。自分を責め続けた。少しずつ 私たちの間に隙間が出来ていく。病気と言う物を心から憎んだ。病気にならなきゃ こんな惨めな思いもしなくてすんだ 私もAも相手の心を見失っていった。確かに何かが音を立てて崩れていくようであった。 Aは 人に直接的に暴力を振るう人ではなかった。ただ 物に当たる人であった。昔から 星一徹のように ちゃぶ台・・(テーブルが)ひっくり返る事だってあった。グラスも飛んだ お茶碗もお皿も 壁に向かって、その 物に当たる頻度が高くなっていった。ポルターガイストのように。私は その中で動けぬが ますます酷くなり ほとんど寝たきりに近い状態。暗い闇夜が家を包んでいた。物が壊れていくたびに 私も壊れていった。大きな音。物が壊れる音がすると今でもしゃがみこむ。何も出来ず震える私をもう一人の私が見つめる。幽体離脱のように。家の中は 一変した。世界一幸せな私は 姿をけして行った。 そんな私から逃げ出したくなるのも 解る。他へ気持ちを安らぎを求めたくなるのもわかる。そんな 逃げの姿を見てしまった。それでも Aは 私を病院に連れて行くことも 家の事を子供達とこなす事も、やめなかった。病院代を稼ぐため仕事も必死。私を捨て切れなかった。 有る日 近所の人と 何気ない会話「あいつは 開き直っているから それだけでも 救いです」そういう話し声が 聞こえた。今までの私なら聞き流したであろう。 開き直ってなんか居ないよ。泣きたいんだよ。助けてって叫びたいんだよ。解ってよ!!そんな叫びを心で上げた。 悪夢を夢で見る 眠れぬ夜ベッドに横になることすら出来ない私は、居間の座椅子で寝起きしていた。1日をそこで過ごしていた 私の中の自己破壊は どんどん進んでいった。自分が余計物 お荷物。汚れた物。家族に申し訳なさ。将来の娘の人生に影響が有るのではないか。離れていくAの心。日に日に 失われていく感覚と動き。恐怖と不安と絶望。壁に自分の手を叩きつける。頭をぶちつける。そうやって誰も居ない時。狂ったように泣いた。そんな状態で身体が良い方に剥くはずも無い 坂道を転がるように悪化していく ある日、私は心の故郷と思う一番大好きな海。○○岬に居た。動けぬ身体で 一人運転して。お地蔵さんが あちらこちらに有る岬。弾丸絶壁。打ち寄せる波に 泡と共に連れて行ってほしかった。地平線の彼方に。 しかし 海は 消して私を受け入れてはくれなかった。拒否された。まだいけないと。その時でなは無と。 海へとその宙へと 足を踏み出そうとした瞬間。娘達に自分が言ってきた言葉がよみがえった。 諦めるのは 何時でも出来る。まずはトライしなさい。 大空を自由に飛べる翼、自由と背中合わせの責任をしっかりと解った 本物の自由の翼を手に入れなさい。 なんて事を・・ 私は子供達との約束を自ら破ろうとしている。 海は 私に正気を取り戻させてくれた。 故郷 我故郷 この岬に立ち 我心 放たれん 重き荷物 この潮に沈め 我心 明日を目指す 我故郷にて 我心 生き返り 命とす |
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2008年04月16日
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