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現場急行-海外編

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ニューオールリンズヘ

2001年12月
ソルトレーク他への海外出張の際,帰路に憧れの地 ニューオールリンズに立ち寄った。

言わずと知れたブラックアメリカ,Jazzの街だ。

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街中のあちらこちらで,楽器を持ったジャズメンが思い思いに演奏している。


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有名なJazz演奏の場であるプリザベーションホール
ボロ板壁の粗末な建物の前列に長いすを置いただけの簡素なホールに一杯のお客さんが並ぶ。
映画に出てくるような黒人のおじちゃん方が登場して演奏の開始。
背筋がゾクっとし出す。


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フレンチクォーターという町の中心部で食べたTボーンステーキ。
大きさを比較できる物を置いてないけれども,
厚さと言い,大きさと言い,下駄のようなステーキとジャガイモだった。




2008年3月20日

今日は雨。

昨夜からの少し強めの雨がずっと続いている。
今週は月曜に検査のため山梨の市川大門へ行った。
その夜,倒産した会社へ請求金回収の交渉。

翌朝東京へ戻って,クレーム対応のため今度は長野県へ。
お詫び,早期の対応の約束,追加業務の依頼まで受けて,
安堵を回復して日帰り。

すでに移動の列車は,どこも卒業旅行や家族旅行の始まった満員状態だった。

静かに惰眠をむさぼりたいと思いつつ,
今朝は早くに起きてしまった。

ゴスペル音楽,デキシーランドJazzの街ニューオールリンズだが,
曲の結びは明るい。

すでに年度末も最終週だ。
こちらもそれにあやかって,なんとか陽気に締めたいもんだ。

夏至-北ヨーロッパ

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去る6月22日は今年の夏至。

2000年6月の夏至,現場急行便はヨーロッパにいた。

ご存知のとおり北へ行くほど夜がない白夜となる。夏至の当日,老若男女は激しく集う。

古い写真だが,上の明るい写真はオランダ ユトレヒトの町。

夜8時を過ぎてもこの明るさで,当時はテニスの全仏オープンや,サッカーの欧州予選で,町はなんまら賑わっていた。

そして下の写真は,ノルウエーのソグネフィヨルドの町 フロム。

夏至祭りの準備にせわしなく,湖畔の水辺でボンファイヤーという焚き火をして一晩中夏至を祝う。

当然ながら夏至を過ぎると,昼時間が徐々に少なくなり朝8時を過ぎても真っ暗な寒い世界に移行する。

現場急行-海外編です

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ブログの書庫に”現場急行便-海外編”をセットしました。

これまでの激しい出張の記憶を収録しましたが,一番の辛い思い出がこれです。

2000年の6月 英国,オランダ,ドイツ,そしてノルウエーへ技術交流に行った際の出来事。

成田からおおよそ12時間後の到着予定ですが,飛行機はさっぱり降下するけはいを見せません。                        突然,機長よりのコメント
「ロンドンヒースロー空港の管制システムトラブルの為,先ほどから迂回地を捜している。ロンドンにはいけない,代替地として今フランスのシャルル・ドゴール空港を考えている・・・」(省略して書いています)
更に数時間後,何度にもわたる旋回を終えやっと降下・着陸,と思いきや滑走路に後輪をつけたものの”タッチ・アンド・ゴー”して再度離陸。
一時間ほどしてやっと着陸。ところが今度は駐機場がないらしく,延々と待たされた挙句に,ターミナルからはるか離れた駐機場に止まって,バスの到着を待ちターミナルに入った。その後,6時間ほどを元々訪問予定ではないこのフランスの空港で貴重な体験をし,やっとロンドンへ向かいました。

ロンドンでも,空港のメインターミナルからどんどん離れ,ここは空港か?と驚くほどの所へ駐機です。

この旅行手配は,代理店が気を利かせたつもりか“全行程をスターアライアンス系の航空会社で”ということで往復は全日空機で,途中をルフトハンザやスカンジナビアといった会社だった。ルフトやスカンジはヨーロッパのメジャーであるが,問題は全日空。
当時のヨーロッパではほとんど無名状態であり,大きな管制トラブルとは言え全日空の知名度はゼロに等しい。おまけにその後の行程は,幹事役の私ととても頼りない英国の全日空社員との間ですべて見直さざるを得ない状況。往路のスッチーさんも,慌てふためき機内サービスなんてハナから関心なし。

その後,ロンドンからオランダへ,そしてドイツ・ノルウエーへと何とか旅程をこなしたものの,オランダでは団長さんの航空券入りの荷物がホテルで置き引きに遭う,手配してあるはずのバスは来ない,同行の若い連中(特にS社社員)は幹事の苦労も上の空で,せっせと下ネタ(寝た?)三昧。帰路ノルウエーのベルゲンと言う漁港町では再び帰路便に接続する国内線が大幅な遅延。

下の写真は,一人で息抜きしたささやかな食事です。
豪華なシーフードパスタだが,新鮮で豊富なトッピング,そしてとても安い値段で十分満足でした。

この旅行を契機として,S化学系のS化成品工業,それに全日空とは,その後のお付合いをお断りした。
その後も国際会議が度々あり,オランダやアメリカ,中国,台湾などへ出かけたが,あの911テロ直後のアメリカでも,このようなトラブルはなかった。

出張で海外に行く時には,訪問地の航空機を使うこと。そうすれば知名度の低いANAの様な冷遇は受けない。海外で知名度があるのはJALだけと感じた。

ソルトレークシティー

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クリスマスの季節
我が家でも猫用のツリーを飾り,始終荒らされ喜んでいる様子は既にお伝えしているとおりです。

 ご紹介するのは,2001年12月にアメリカのソルトレークシティーへ出張した際の街の情景です。

この町はアメリカ・ユタ州の州都で,同じ時期に冬季オリンピックが開催された所です。またモルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会の通称)の総本山というか中心の町でも知られています。私は宗教には一切くみしておらず,全くの宗教音痴ですが,とても綺麗な街並みであったのを記憶しています。

ちょうど時期はクリスマス前,夜の街並みは清楚にライトアップされ,木々にもとても繊細なイルミネーションが施されていました。
写真は街の中心,Deltaセンター前の広場です。
またもう一つの写真-クリスマスツリーは,仕事の会議場となった"Huntsman Center"入り口にあった,一風変わったツリーです。

ソグネフィヨルド

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知床の気象について触れたが,ノルウエーのオスロで晴れていても,ベルゲンの夏は霧雨でとても寒かった。
ノルウエー西岸のベルゲンからソグネフィヨルドをめぐりフロムの町まで行った時のこと。
知床にはフィヨルドこそ見られないが,海面から急峻な地形が海に囲まれて位置する地理はどこか似ている。

 路傍にはハマナスの花が見られ,港はどこかのそれと同じように魚くさい妙に懐かしさを感じさせた。
なぜか妙に安心感を覚えた出張だった。

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