中国 深セン出張日記

1月に帰国したのですが、4月〜7月までまた出張

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豚インフルエンザ

SARSも反日デモも乗り越えてきた私だが、また新たな脅威が迫ってきた。
豚インフル、もといインフルA。

上海経由香港に到着した人が発病したということで、めったに音信のない父から心配のメールが届く。
そういう日本でも、昨日、妻が帰省したばかりの福生の横田基地で症例がでているという。妻に、
お母さんと尼崎(私のアパート)に避難したら、ととりあえずは言ったのだが、大流行したら、
それも意味のない行動である。

まだ、出来たばかりの会社なので、こうしたことに対するリスク管理も不十分である。(それ以前に
お金の管理を確立しようとして10日たってしまった。)今からマスクを買おうにも、N95タイプはもう
中国でも手に入らないし、どうしようか、それより誰がそれを買いにいけるのか、というリソースの
問題もある。

ところで、派遣元の企業グループでは、不要不急の出張を回避するよう指令がでているのだが、
私にはなんら帰国や短縮指示がない。もちろん、指示があっても、「現場の中国人スタッフをすてて
自分だけ帰れるわけないでしょう。」と言うのだが、なんだか存在が無視されているようで寂しいぞ。


昔の軍人は、自分の命を鴻毛の重さにたとえ、帝への忠義の重さを強調したものだが、管理者とは
なんだろうかと、こうした外部リスクのたびに思う。国籍に関係なく、部下は守りたい。
家族も守りたい。会社の利益も少しでも伸ばしたい。でも、自分を守りたい、という感覚は
全然沸き起こらないのである。
これって少し普通ではないのだろうか?

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NHKしか見れない環境で長く生活していたので、あまりよく知らないのだが、
鼠先輩は最近どうしているのだろう。
たしか、彼がアジアの夜の繁華街のPvの歌を歌っていたような記憶がある。

横崗にきて、2週間。初めて早めに仕事を終えて(終わったのではなく、意識して終えたのだが)
祝日の夜の横崗の街を1時間ほど散歩した。1キロほど離れたショッピングセンターまで歩いたのだが
夜店で射的ゲームをやっていたり、綿あめ屋があったり、露天の食堂に多くの人が家族連れで食事を
していたり、と私がバックパッカーやっていた90年代前半のアジアの都市の雰囲気がまだ、ここには
色濃く残っていた。
自然とそのころのことを思い出す。夜はだらだら歩かず、早足で周囲に注意しながら歩くとか、
前ポケットの財布に手を入れながら歩くとか、果物の色の差がよく見えてきたり、遠くのイカを
焼く臭いが瞬時に感知したり、と神経が鋭敏になっていくのが自分で分かる。少し、寂れた政府機関の
建物を通るときに一段と緊張が高まり、向かいから歩いてくる2人組の顔とつま先の向きに神経を
尖らせる。
 これが15年ほど前の自分だった。それを取り戻した夜の散歩だった。

 で帰ってきて、シャワーを浴びて、洗濯。
洗濯もバックパッカーの悩みの種で、洗面台で粉洗剤を使って一生懸命揉み洗いして、その後
絞った後にシャワー後のタオルを床に広げ、その上に洗濯物を広げて、タオルで巻く。(手巻きすし
の要領でよい。)それを上から青竹ふみの要領で踏むと脱水と歩きつかれた土踏まずの刺激と
冷却がいっぺんにできる、というのが私のバックパッカー時代のノウハウである。
 これを一緒に海外旅行をするようになってから、妻にも教えたら、妻はいつでもどこでもせっせと
これで洗濯していたのだが、私はなんだか、絞る手にもちからが入らないし、めんどくさくて、
日数分もっていくような旅行がこのところ続いていた。
 が、これも今回の一人出張で、自分の力で解決しなければならなくなったので、絞る手に力が
よみがえってきた。せっせと青竹踏んでいます。
 でも、シャツ類は持ってきたときよりだいぶ長さが増している…。

 それから、今回大量にもってきた、ユニクロのドライ製品、ぱんつ、シャツ、靴下、ポロシャツ、
tシャツに普通のシャツなどだが、これらはこうした旅行(ではなく、仕事なのだが)には
最適である。効果絶大。こちらで買ったエスプリのtシャツと乾きに大きな差がある。本当に
レアケースかもしれないが、ユニクロドライ製品の効果が大きく発揮されるシチュエーションである。




 今日の獲物
 おいしいパン屋がないことが最近の悩みの種だったのだが、歩いて5分ほどのところにこぎれいな
パン屋を見つけた。店員がかわいく、夜行くと売れ残りをサービスしてくれる。
 が、菓子パンは甘いし、油がすごい… 食パンは明日の朝、試してみることにした。

労働節快楽

もちろん

仕事しています。一人で。
どこも行くあてないし、ホテルにいてもテレビも中国語だし。
すごく仕事する環境です。

昼は日本料理屋を借り切った!自動的に。
みんなどこに行ってしまったんだろう。
前から一度試してみようと思っていた和風ハンバーグしょうが焼き、ほうれん草ベーコンいため定職
55元を祝日のお祝いに試すが、最後のスイカを出すのを忘れられてしまった。
女主人がいないと、皆仕事のレベルががくんと落ちている。

隣の中華料理屋では結婚式。
五一は結婚式シーズン真っ盛り。この季節、天気も良いし、確かに良い季節である。
で、皆がやいややいやの喝采の中、花嫁は携帯でショートメッセージを必死で打ち、
花婿は鼻をほじり、なれないYシャツに首を苦痛そうにしている。

事務所に戻るとなんだか、集中力がでないのだが、発足第一ヶ月目の〆日をようやく越えて
まだまだやらなければならないことはたくさんある。
コンサルタント役のはずが、コンサルタントされる側は皆帰国して、すっかり総経理状態である。
でも、この仕事、総経理職は本当に楽しい。

この気持ち、労働節快楽である。

鳥の声に目覚めて

こちらで一人で暮らし始めて、一番変わったのは、早起きできるようになったことだ。
妻といるとすっかり甘えてシマッテ起こされるまで寝ている、ということがもう13年も
続いていたが、こちらにきて、5時30分になると目が覚める。

ホテルの窓を少し開けて寝ているのだが(最低気温は今、20度ぐらい)、そこから
鳥の声が聞こえ始め、やがてそれが喧騒、と言ってよいほどの大きなグループでの
鳴き声に変わってくる。鳥までしゃべりが中国人モードである。

それを聞きながら、背を伸ばし、少しストレッチなどしていると空がどんどんと白んでくる。
Wake Me UpというソフトをPCにセットアップしてアラームクロック代わりに使用しているのだが
それもほとんど使わないですんでいる。(このソフトはスタンバイに入っても起動してくれるし、
アラームをとめるのに、2桁×2桁の掛け算を解かないととまらない、という優れもので、
ランタイムのダウンロードにてこずったが、お勧めのフリーソフトである。)

水を飲み、買っておいたパンを食べ、夜着たシャツを洗濯したら、7時になり、支度をして
徒歩15秒(上の階)のオフィスへ出勤。
そこでも窓を開けて換気して、コーヒーを飲みながらベランダでゆっくり何も考えずにすごす。
そんな贅沢がここではできる。

いやな予感がしていたのだが、早期帰国の検討指示を受けた。

クライアントの社長のやりたいことと自分がやろうとしている(より正確に言えば、
やりたがっていたこと)がずれているような気はしていたが、それが1週間で
帰国した日本人出向者から社長に伝わり、アウトとなった模様。

でも、社長の要件を分析すると1ヶ月もあれば形を作れることであり、
もともと3ヶ月もいらなかった、と言う気もする。

まあ、いろいろあったのだが、クライアント企業の内情を書くわけにも行かないし、
それを含めてなんとかするのが真の力のあるマネジメントなのだろうから、所詮
私のちからはその程度しかなかった、ということなのだろう、と意外に冷静に
考えている。
39にもなって、やはり自分は未熟なのだなあ、と思わされた。

しばらく、妻には言わないでおこうと思う。

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