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エコ、エコと便利に使っているこの言葉、考えれば考えるほど奥が深い。
エコって何かちょっと考え直してみたい。
”エコロジー”をWeb辞書で調べてみたら、なかなか良い表現があった。
「人間と自然環境・物質循環・社会状況などとの相互関係を考える科学」
自然環境
人間
物質循環 社会状況
このブログで少し前に「エコの考え方」というタイトルで下の三つは考えないといけないと書いた。
1.資源
2.エネルギー
3.廃棄物
これをエコロジーの考え方に当てはめてみる。
資源と廃棄物は「物質循環」の入り口と出口にあたる。
エネルギーは、現代は化石資源に頼っている部分が多いので「物質循環」の
一部と考えることができる。
一方、廃棄物は「自然環境」にも大きく影響する。有害物質を含んでいれば当然悪影響を
及ぼすだろうし、放射性廃棄物はあらゆる生態に影響するだろう。単体では無害なものでも、
排出される量が多ければ自然環境を破壊することがある。BODやCODというのはこの類の
問題に対する指標である。
また、エネルギーについても、化石燃料を使用した場合は、大気中に放出する多量のガスが
気候変動や酸性雨のような「自然環境」に影響する問題を引き起こす。
資源もエネルギーも廃棄物も人間の経済活動に関わるものだから、これによって人々の暮らしは
便利になったり安全になったりしている。
ということは、「社会状況」に直結しているということになる。
こう考えていくと、多くのあるいは全ての人間活動は「自然環境」「物質循環」「社会状況」の
三つ全てに影響しているという気がしてくる。
たぶん、そういうことなのだろう。
人間も生物だから、生態系の一部である。
ということは、人間が行う活動は生態系の一部である。
石油・石炭を燃やして電気を作ったり、金属を加工して自動車や船や飛行機を作るのも、
生態系の一部である。
そう考えると、化石資源を燃やしてエネルギーにしたり、物を作ったりすることは
本質的に悪いことをしているわけではないということにならないか?
では何が問題なのか?
生物のみの生態系は閉鎖系になっており、資源・エネルギーは循環していた。
閉じた系になっていることで、ある変化が起きても循環を回っているうちに、
徐々に変化が吸収され最終的に収束させることができた。
生物は常に多様になるように働き、循環の経路を多種多数備えることで変化に強く
なっていた。ついには地球の気候すら自らが生存するために都合の良い範囲に
収束させるにまで至った。
これに比して、人間が始めた生物によらない物質・エネルギーの利用は
閉じた系になっていない。
化石資源から物質とエネルギーを得ているが、これを元の化石に戻す経路は
存在していない。一方通行である。
そのため、酸性雨、温暖化、激しい気象の変化などが起こっていると考えられる。
系を安定化させるためには循環サイクルが必要ではないか。
上記のことはあくまで、仮定である。
自分で逐一調べたわけではない。
しかし、これらの知識は何もないところから生まれた空想ではなく、書物なり記事なりから
得たものであるから、全くの虚像でもあるまい。
生物が存在する目的を知る由はないが、その結果を見ることはできる。
そんなことが書いてある本があった。(残念ながら書名は忘れてしまった)
地球は生物がいなければもっと寒かったというものである。
地球が吸収する太陽からの放射エネルギーと地球が宇宙へ放射するエネルギーは等しい。
ところが、生物が存在することでエネルギーが地球にとどまる時間が長くなる。
その結果、地球の温度が上昇しているという。
生物活動の結果は「エネルギーを一時的に蓄えた」である。
その目的など、それこそ知る由もないところだ。
今日はここまで。
長い文をここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
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