神谷光信

ブログを引越しました。公式ウエブサイトをご訪問ください。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

世界美化の思想(11)

ドイツ文学者の高橋義孝先生は、留学したのがナチスの時代だったので、ナチス文学に関する研究から出発した方です。読んでみると、韜晦に満ちたナチス文学批判の書物です。

その高橋先生は、多くの翻訳や、リルケや鴎外に関する優れた論考があるほか、文芸理論に関する論文が多数あって、現在読んでも、さまざまな示唆に富む考察を展開しています。

ずいぶん昔のことですが、高橋先生のインタビューをテレビ番組で見たことがありました。髪型は綺麗なオールバックで、銀縁の眼鏡をかけ、蝶ネクタイを締めていることが多かった。美しく装うことに、こだわりがある方なのです。

「西洋人は笑うときに、ドアを開けて閉めるように笑う」と高橋先生は語っていました。また「西洋人は、横を向くときに、顔だけを横に向けるのではなく、身体ごと横に向く」とも言っていました。(西洋人ではなく、ドイツ人だったかもしれません。)

「西洋の劇場は、幕が上がって始まり、幕が下りて終わる」「西洋の絵画は額縁の中にある。額縁の外が現実世界で、額縁の中が作品世界である」という意味のことも語っていました。

ここには観察の鋭さがあり、その観察が観察だけで終わっていないと、そのとき私は敬服したのでした。

高橋先生は、お能をやっていましたが、能舞台には西洋の劇場のような幕がありません。いつの間にか始まり、いつの間にか終わります。そもそも能舞台は、観客席の方に迫り出している。

つまり、現実と芸術との境目が曖昧である。西洋の場合は、それがはっきりと区別されている、ということです。ここまでは現実である。しかし、ここからは芸術であるということが明確になっている。

芸術の世界のなかでは――それは文学でも映画でもよいのですが――ありとあらゆる怖ろしい出来事が起きます。犯罪者、殺人をする人物が主人公であることすら珍しいことではありません。

殺人者の心理が物語の進展とともに詳細に描かれ、読者のわれわれは、主人公に感情移入して、それが優れた文学作品であったならば、何か運命的なものを感じて心打たれます。人間の真実の一端に触れたのです。

絵画が額縁のなかに閉じ込められているように、怖ろしい物語は書物のなかに閉じ込められている。封印されている。そう考えることができるのではないでしょうか。

それはある種の智慧のように感じられます。現実と芸術とを地続きにしない。現実と芸術を区別する。これは大切なことなのではないでしょうか。虚の世界と実の世界を混同するのは危険なことだと思われるからです。

現実の世界と芸術の世界は、往還すべき二つの世界なのであって、両者が混淆してしまうと、日常の生活は少しずつ狂っていくように思います。夢想が現実を侵食し始めると危険です。個人はもちろんですが、社会全体が夢遊病者のようになってしまったとしたら!

しかし、歴史をふりかえると、意図的に両者を混淆させようとする力も、世の中には潜んでいるような気がします。

世界美化の思想(10)

制服の美しさについて考えて見たいと思います。極めつけは軍服でしょう。中井久夫先生がいうように、軍服は老人に威厳を与え、青年に凜々しさを与えます。長い時間をかけて、われわれは軍隊のコスチュームに美的洗練を加えてきたのです。

ナチスの制服は、現在でも有名な紳士服ブランドのデザイナーによるものだと聞いて、さもありなんと思ったことがあります。私立学校の制服に少年少女が憧れるように、青年を美的に誘惑する使命を軍服は持っているのです。

YouTubeで各国の軍事パレードを視聴すると、どれもよく似ています。相互に模倣しているのではないでしょうか。一糸乱れぬ兵士の行進には、ある種の美しさがあります。加藤周一さんが、フランス留学時代に、パリ市内での軍事パレードを見たときのことを自伝で書き残しています。そこで加藤さんは、感性的に魅せられつつ、それを理性で否定してました。感性が先で、理性が後です。

圧倒的な美には、理性を麻痺させるパワーがあります。その事実をわれわれは忘れるべきではないでしょう。

世界美化の思想(9)

世界美化とは、醜悪な現実に華麗な衣装を着せることではありませんでした。感性的に美しいものを称揚することは、汚いものを忌み嫌うことにも繋がります。さらには、見慣れないもの、異質のものに「汚いもの」というレッテルを貼って排除することに繋がる可能性があるのです。

ずいぶん昔の話ですが、評論家の大西赤人さんが、現代日本社会の清潔へのこだわりに潜む危険性に警鐘を鳴らしたことがあります。また、ナチス・ドイツ研究の池田浩士先生が、ファシズム体制の国家が、清潔さを称揚して異分子を「汚いもの」として排除したことを論じています。

世界美化を推進しようとするときに、一歩間違えると、不寛容で攻撃的な、それこそ美しくない社会になってしまう危険性があるのです。普通の意味では決して美しくない、むしろ不快を催すような現代芸術作品を、こんなものは芸術ではないといって排除するような社会にもなりかねないわけです。

ここで私が思い出すのは、美学者の高橋巖先生が著書のなかで紹介していた、ある話です。イエスが弟子たちとともに歩いていると、路傍に犬の死骸がありました。弟子たちの誰もが顔を背けたとき、見てごらん、何て綺麗な歯をしていることだろう、とイエスが言ったというのです。

この話は強い印象を与えます。一見すると醜悪なもののなかにさえ美を見出すという行為こそ、世界を美化するということなのかもしれません。

世界美化の思想(8)

芸術家について考えてきましたが、実践美学の立場からすると、世界を美化する仕事は、画家や俳優、音楽家といった芸術家だけに委ねられたものではありません。

芸術家は、会社員や公務員、農家や工場労働者といった職業人とは違う世界の人々であるという先入観がわれわれにはあります。そこでは、ある種の貴族化、聖別化が行われているわけです。しかし、世界美化という視点からは、美化という行為を、むしろ庶民化、世俗化してみる必要があるでしょう。

植木職人、理容師、料理人、清掃員、ゴミ収集人、内装業者、クリーニング業、貸衣装業、公衆浴場といった業種が、世界美化に従事していることは、ちょっと考えてみれば明らかでしょう。

世界美化を、職業からも自由に考えると、花に水をやる、部屋を片付ける、靴を磨く、洗濯をする、あるいは微笑むといった行為のひとつひとつが、世界を美化する実践であることも見えてきます。

このように考えると、世界美化は、劇場や美術館、コンサートホールのみならず、日常の世界こそが舞台であることがわかります。私がいる、今、ここの問題であることが見えてきます。

世界美化の思想(7)

芸術が、世界の本質の強化的表現である(ミーメーシス美学)。あるいは、世界の真実が開示される場所である(存在論美学)と考えると、学術は真理を明らかにすることを目的としていますから、芸術と学問は同じ目的を持っているということになります。そして、これはすでに青山昌文先生が著書で指摘していることです。

ただし、芸術も学術も、ともに人間の営みですから、真理を明らかにするという意味においては、完全ということはあり得ず、つねに不完全、不充分なものに止まらざるを得ないわけです。

世界美化という主題に戻ります。世界を美化するという行為は、単に感性的な美しさを追求することではなく、真や善を追求することでした。真善美は切り離すことができない価値だったからです。

そして美を追究する芸術と、真を追求する学術とは、方法は異なるけれども、同じ目的をもつものということがわかりました。芸術作品を創作することと、研究者が学術論文を書くことは、両方とも、世界美化に挺身する行為だったと考えることができるのです。

こうした考え方それ自体が、果たして大文字の真理、普遍性を持つ真理にどこまで迫るものなのかはわかりませんが、世界美化、実践美学は行為の学であり、認識で完結するものではないことを考えると、意味のある議論であると私は思います。

私は若い頃に、小説の創作を試みたことがあります。それから、文芸評論を書いた時期があり、現在では、学術論文を書いています。論文を書くのは、隠されている真実を明らかにすることですが、それがそのまま世界を美化することであると考えることは、研究という行為への、大きな力付けでもあります。

真実を明らかにするという意味では、ジャーナリストの仕事もそうでしょう。不正義や不公正、社会の腐敗を明らかにする彼らの仕事もまた、世界を美化する行為にほかならないからです。世界美化とは、醜悪な現実に美しい衣をまとわせることではないのです。


.
kam*ya*on*ena*
kam*ya*on*ena*
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事