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前回も述べたとおり、虚構という装置を用いて、世界の真実を開示するのが芸術であるという渡辺二郎先生の存在論美学と、世界の真実を凝縮して強化的に再現するもの、世界の本質をミーメーシスするのが芸術であるという青山昌文先生のミーメーシス美学は、カント以後の近代主観主義美学の対極にあるという点で共通しています。 |

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前回も述べたとおり、虚構という装置を用いて、世界の真実を開示するのが芸術であるという渡辺二郎先生の存在論美学と、世界の真実を凝縮して強化的に再現するもの、世界の本質をミーメーシスするのが芸術であるという青山昌文先生のミーメーシス美学は、カント以後の近代主観主義美学の対極にあるという点で共通しています。 |
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美が、単に感性的な快でないことは、現代芸術を考えてみればわかります。美の追求であるはずの芸術作品のなかでも、とりわけ現代芸術は、感性的には、いわゆる美しいものばかりであるとは限らないからです。むしろ、不快を催させるもの、醜悪なものがあります。 |
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世界を美化するとは、しかし、いったいどういうことなのでしょうか。窓辺に花を飾ることも、美服をまとって外出することも、料理を盛り付けることも、世界を美化することということができそうです。 |
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20世紀末以降を、今道友信先生は、世界戦場化の時代と捉えていました。かつて、戦場は、敵対する国の兵士たちが戦いあう空間であって、そのほとんどは、市井の人々が暮らす生活圏とは遠い場所にあって、両者は基本的には切り離されていた。しかし、現在では、爆弾テロなどが世界中の都市でいつ起きるかわからない時代になっている。こうした状況を「世界戦場化の時代」と呼んだのです。 |
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世界美化の思想、すなわち実践美学という概念が、現在のところ、言論の世界でほとんど市民権を得ていない状況は、インターネット上で、この言葉を検索してみればよくわかります。概念としてではなく、実践女子大学の美学講座しか出てこないからです。 |
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