神谷光信

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前田陽一の「西欧に学んで」を読んだ。1913年生まれ。東大仏文科を卒業した1934年、フランス政府給付留学生としてパリ大学に学んだ。ジュネーヴで少年時代を過ごしている。留学中に日本大使館の仕事をするようになり、パリ解放後ドイツに逃れ、シベリア経由で帰国した。

この本は、少年時代とパリ大使館時代の回想が書かれていて貴重である。フランスがドイツと戦争になったとき、彼は乳飲み子がいた。パリ解放のときには4歳になっていた。

1940年11月の前大戦休戦記念日に関する記述がある。この日、パリ大学の学生が釣り竿を二本持って行進したというのだ。これは「ドゥ・ゴール」を意味した示威行為であった。これを見咎められて、パリ大学は年末まで休校となる。

別の人の本では、学生たちが無名戦士の墓に花束をたむけたとあり、釣り竿については書かれていなかった。パリ大学の教室にドイツ官憲が現れ、そういうことがあったと学生たちに警告をしたのを目撃していたのだ。学生たちが立ち上がり拍手をしたのに、この人は驚いている。敗戦国の悲哀を象徴するできごとだと受け止めたわけだ。

片っ端から関係書を渉猟しているが、調べれば調べるほど興味をそそられる。

ナチス・ドイツが英仏に宣戦布告をしたのが1939年9月。それから、在仏日本人たちが大挙して日本郵船の欧州航路で帰国する。中村光夫もその一人である。そうしたなかで、神戸からフランス郵船の船に乗り込んで留学した若者たちがいた。彼らのなかには、フランスの敗北後、帰国することになる人々もいた。

しかし、そのまま終戦後までフランスに留まった人もいた。彼らの回想を読んでいる。興味をそそられる話がたくさんある。例えば、ドイツ軍のパリ入城の現実。歴史書に印刷されている写真のようなものではなかったという証言がある。大学生くらいのドイツの兵士たちが、半分眠りながら、足をひきずるようにしてようやく歩いている。馬上からも今にも落ちそうである。体力を消耗して歩くので精一杯なのだ。

パリでシェイクスピアの劇を三箇所で上演している。抵抗運動なのだ。映画館では、ニュース映画の時間、明るいままで上映している。ヤジがとぶからである。ヤジが禁止されると、今度は不自然な咳を観客が一斉にしたのだという。あるいはキャバレーで歌手がフランス語で抵抗の歌を歌う。フランス語のわからないドイツ兵たちが一斉に拍手をする。煙草屋の女性が、ドイツ兵に煙草を渡すときに「ヴォワラ。コン(バカ)」という、などなど。

当時のパリの日本人社会がぼんやりと見えてきたような気がする。神谷美恵子の兄前田陽一はフランス大使館で働いていたのだが、現在のところ、彼に言及する人々は、ことごとく彼をよく書いていない。在留の日本人を見下すようなところがあったようだ。もう少し調べたい。

第二次世界大戦下にフランスに留学した人々について調べている。関係者の回想を次々に読んでいるのだが、感動するエピソードが多い。危機の時代にこそ、人間の尊厳が試されるようだ。考えてみれば、現在でも、他国と戦争をしている国に、誰がわざわざ留学するだろうか。普通ではない覚悟で海を渡った人たちなのである。彼らのなかには、大戦が終結するまで帰国しなかった人さえいるのだ!

戦後に留学した人々の回想と比較をすると、大戦中の仏領インドシナでの日本軍との戦闘が、フランス人の日本人留学生に対する態度に大きな影響を与えていることがわかる。また、サイゴンからフランス船の四等船室に詰め込まれる現地人兵が、何もわからずに勇み立っていたという記述などにも心に重くのしかかってくるものがある。

ドイツ軍の侵攻を危惧してパリから地方都市に移った留学生が、回想録のなかで、ふたたびパリに戻ってしまった別の留学生を昔も今も理解できず、常識では考えがたい行動だと記している。パリに戻った本人の回想禄を読むと、納得のいく十分な理由があったことがわかる。

小さな論文にしようと思っているのだが、当初考えていたよりも分量が増えるかもしれない。

「須賀敦子のパリ」(「三田文学」116号)に加筆しつつ、詳しい出典註を付け直している。いずれ本にするつもりなので。一箇所引用箇所がわからなくなり、数時間かけてようやく確認するなど、愚かなること限りなし。事実関係を訂正した箇所がある。カンボジア号で渡仏した辻邦生を「三等船客」と記したが、これは誤りなので「四等船客」と訂正する。また「私費留学生」という箇所は「フランス政府保護留学生」と言い換える。

それにしても、辻はなぜわざわざ四等で行ったのか。「海洋の冒険ロマンを求めて」と、後年の講演では話している。「荒々しい自然にじかに触れて、労働者とか、あるいは下級船員とか、そういう人たちの生活と結びついた人間の欲望や世界に触れてみたいというような気持ちがあったからです」とも。真に受けてはいけないと思う。同じ船にはフランス給費留学生として渡仏した加賀乙彦や平岡篤頼らが乗船していた。彼らは二等船客であった。辻の留学費用は父親が出している。父の負担をできるだけ減らそうとしたのが真相だろう。

「須賀敦子のパリ」を書いた時点で、私は「保護留学生」について調べきれなかった。全集年譜に拠れば、須賀もまた「保護留学生」なのだ。阿部良雄についても「フランス政府招聘給費留学生」と記したが、これは要するに「フランス政府給費留学生」と同じであったようだ。また、野見山暁治は「フランス政府私費留学生」試験にパスしたのだが、これと「保護留学生」とはどう違うのか。このあたりはまだ調べ切れていない。

御存じの方がおられたら、どうぞご教示ください。

遅まきながらのご報告です。

「遠藤周作『男と猿と』論」という論文を書きました。関東学院大学キリスト教と文化研究所「キリスト教と文化」12号(2014年3月)に掲載されております。この短編は、これまでまともに論じられてこなかったものです。同じ出来事に取材した二編の随想との叙述の異同に着目して、日本人の人間観、動物観と、近代ヨーロッパ人の人間観、動物観という対比的視点から論じています。


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