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前田陽一の「西欧に学んで」を読んだ。1913年生まれ。東大仏文科を卒業した1934年、フランス政府給付留学生としてパリ大学に学んだ。ジュネーヴで少年時代を過ごしている。留学中に日本大使館の仕事をするようになり、パリ解放後ドイツに逃れ、シベリア経由で帰国した。 |

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前田陽一の「西欧に学んで」を読んだ。1913年生まれ。東大仏文科を卒業した1934年、フランス政府給付留学生としてパリ大学に学んだ。ジュネーヴで少年時代を過ごしている。留学中に日本大使館の仕事をするようになり、パリ解放後ドイツに逃れ、シベリア経由で帰国した。 |
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ナチス・ドイツが英仏に宣戦布告をしたのが1939年9月。それから、在仏日本人たちが大挙して日本郵船の欧州航路で帰国する。中村光夫もその一人である。そうしたなかで、神戸からフランス郵船の船に乗り込んで留学した若者たちがいた。彼らのなかには、フランスの敗北後、帰国することになる人々もいた。 |
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第二次世界大戦下にフランスに留学した人々について調べている。関係者の回想を次々に読んでいるのだが、感動するエピソードが多い。危機の時代にこそ、人間の尊厳が試されるようだ。考えてみれば、現在でも、他国と戦争をしている国に、誰がわざわざ留学するだろうか。普通ではない覚悟で海を渡った人たちなのである。彼らのなかには、大戦が終結するまで帰国しなかった人さえいるのだ! |
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「須賀敦子のパリ」(「三田文学」116号)に加筆しつつ、詳しい出典註を付け直している。いずれ本にするつもりなので。一箇所引用箇所がわからなくなり、数時間かけてようやく確認するなど、愚かなること限りなし。事実関係を訂正した箇所がある。カンボジア号で渡仏した辻邦生を「三等船客」と記したが、これは誤りなので「四等船客」と訂正する。また「私費留学生」という箇所は「フランス政府保護留学生」と言い換える。 |
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遅まきながらのご報告です。 |
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