神谷光信

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友人が、阿部良雄氏の「外国文学者の情熱と責任」という単行本未収録論文と、渡邉守章氏の追悼文「不機嫌なフランス文学」のコピーを送ってくれた。どちらも長文である。

「西欧との対話」を再読してから、阿部氏についてあれこれ考えている。ほかにも何人かの文学者について同時進行で資料を漁っているのだが、じっくりと考える必要があるので、ブログには一切書いていない。

渡邉氏は、阿部氏の父親知二についても言及している。戦時中にバリ島を訪れた紀行文が「国策」という枠組のなかでも、文学者としての「書く楽しみ/読む楽しみ」が崩されていないことを指摘し、渡邉氏はその態度が良雄の「西欧との対話」の苦しみとどれほど隔たっているかと述べる。

「やはりこれは無実な《息子》が罪ある《父親》を赦すために引き受ける《エディプス的なドラマ》であったのであろうかと、なにか暗澹たる気分にさせられていった。」と渡邉氏は記すのである。

阿部良雄という人を理解するためには父親との関係を探らなければならないだろうという私の見当について、ずばり本質を抉るような言葉である。

父親といえば、阿部氏の年代(1920年代から1930年前後まで)は、私の親世代である。現在の私は1950年代にフランスに留学した、自分の父親世代の文学者たちについて研究しているわけで、要するに父親研究というか、父親殺しのような仕事なのだろう。

すでに私も父親であり、何をいまさらという気もしないではないのだが、この仕事を果たさないと、その先に行けない気がするのだ。

幻滅について

阿部良雄氏の「猿芝居」の話から、植民地兵がフランス軍の制服を着て行進するのを見るのがフランス人は好きだというアフリカ人の観察を思い出した。非西洋人がフランス語を話し、フランス文学を研究し、それを見事な修辞法で発表するのを見て、フランス人はナルシシズムを刺激されて喜ぶのではなかろうか。

阿部良雄氏は、1974年に高等師範学校で客員教授として講義をしている。42歳の若さである。阿部氏は、フランス本国でのボードレール研究の水準を知り、自らがその水準の研究遂行能力があることを確信し、実際に高水準の研究をなし、パリでフランス人学生に講義を行った。気がつけば、フランスは遠くから憧れる世界ではなくなっていた。

トーマス・マンの「幻滅」を、私は思い出す。幸福も不幸も、何が人生に起きても、こんなものだったのか、という幻滅に襲われる主人公。阿部氏は、自分がフランス本国で通用するフランス文学者になっていたことに気がついたとき、ある種の幻滅に襲われたということはなかっただろうか。

「若いヨーロッパ」にはなくて「西欧との対話」にあるものは、そうした苦い「幻滅」ではなかろうか。「西欧との対話」のなかには、フランスのある研究会で発表をしている最中に、突然、途方もない空虚感に襲われた体験を記した文章もある。よくよく考えてみる必要がありそうだ。

阿部良雄氏は「西欧との対話」のなかで、次のような文章を記している。

《西欧の大学人たちが文学・芸術の研究としておびただしく生み出し続ける書きもの類は、それが、多かれ少なかれ意識的に、西欧の「精神」が鏡に自己を映して眺めるナルシシスト的な行為としてのみ意義があるのではなかろうかと、そんな風に思われることもある。そのような行為に私が加わるとすれば、それはやはり「猿芝居」でしかあり得ないのではないかと、十数年前にポーランドの詩人が私に言ったことを思い出す。いずれにせよ、西欧精神のナルシシズムが次々に考え出すさまざまな新しい意匠に、一々本気になってつき合う必要もないのだ。》(213頁)

阿部氏のボードレール研究が「猿芝居」でないことは明白だが、その阿部氏にして、このような言があることには本当に驚かされる。

ところで、「文芸」の阿部知二追悼号に、良雄氏も文章を書いているのだが、知二が1950年にヨーロッパに行っており、翌年にそれを本にしていることを知った。全集12巻に収録されており、早速入手の手配をしたところである。

必要があって、阿部良雄氏の「西欧との対話」を再読した。今回はレグルス文庫版で。若いときに読んだ本というものは、鮮やかに記憶している頁というものがいくつもあって、今回の読書でもそういう箇所は、文章そのものを記憶していることに我ながら驚いた。

同時に、以前読んだときには読み過ごしていた箇所に思わず立ち止まり、深く胸に刻んだ頁もある。たとえば、阿部氏がフランス語で論文を書き、抜刷をフランスの学者に送る。そうすると、彼らは必ずその論文を読んで、礼状を返してくる、という件り。

阿部氏自身が、私のような者に対しても、文字通りの拙稿を読んだ上で丁寧なコメントの付いた礼状を下さる方であったことを思い出したのだ。そして、これは、阿部氏自身がフランスのアカデミズムで受けた学者間の作法であったことを改めて知るのである。

私は現在の自分の立場から、阿部氏を論文で批判しようと考えているのだが、氏自身が、恩師であるジョルジュ・ブランを「西欧との対話」のなかで批判している事実に、力づけられるものを感じないわけにはいかない。

昨日に引き続き、バナール「ブラック・アテナ」第二巻を再読。著者が描き出す大きな図式は非常にシンプルなもので、その実証に途方もない調査と分析が当てられている。

第七章「テラ島の噴火―エーゲ海地域から中国まで」の中国の項は驚くべき指摘である。「天命」概念の形成にテラ島噴火が影響を与えたというのである。バナールはそもそも中国の研究者であったことから、このような広大な視野で捉えることができたのであろう。

彼の壮大な仮説について、反対の立場の研究者も、バナールの研究のためにさまざまな意味で協力を拒むことがなかったと彼は記している。こういう話を読むと、学者の世界には希望があると思う。1987年に第一巻が公刊されてから、数多くの批判を受けているが、それを歓迎している姿勢は見習うべきだと思った。

バナールが乗り越えようとしたもの、そのために払った積年の努力を思うと、私のような無名の一読者でも、深く勇気づけられるものがある。


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