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それで、若いもんの話になったのだが。俺たち中年はアナログだといことにも 当然成った。デジタルはスパーで・コンビ二で買いもんし。 中高年はシャッター街で、市場で、商店街で、アーケードで買い物してきた。そのころは物言わないと 買い物できない。これなんぼ。安して、はい。これオマケという具合いであった。 いまは物言わずに買い物できてしまう。 その代わり。大きな声で『ありがとうございます』とマニュアル通りにパートの兄ちゃんは叫びあげる。五月蝿いのだ。どんな人がきてもおなじ。まるで、ロボット。色気なし。男の色気。女の色気も。 そうだなあ。ほんとと。うらぶれかかった中年オヤジ二人は仕事少ない昼下がり冷めた珈琲をすする、すすっていた。でこれは何だろう。何だろうって。 そしてものの本に好いたとえがあった。彼らは。ピノキオであると。うん。好いたとえだ。ピノキオであるなあ。納得である。ピノキオ人間。ピノキオ若者。か。 まあ本人たちには理解できないだろうなあ。このたとえのわかる人は。残念か幸か不幸か。おいちゃんである。おばはんである。おっさんでなにが悪い。居直りである。 ここまで。独語。いや読後でもある。嵐山光三郎著の。
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