宇目郷 温故知新録

子供の頃の記憶を手繰りながら宇目の里を訪ね歩き記録しています。

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赤松峠の位置が特定出来ないので今回は西側 黒土峠方面から踏査をした。

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作業道から尾根を見上げる
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赤松古道(ドヤの尾通り)宗太 (国道10号線)方面に南下する尾根筋に

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山神宮  安政2年 11月 松岡 渡辺

481mの山頂から赤松峠に向け少し下った所に西南戦争の遺構(塹壕)がある
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481mの山頂に地蔵菩薩像4体と灯籠・手水鉢 年代は不明
赤松峠を向いて鎮座している。


此処が赤松峠?、左手方向に行くと赤松谷に沿い10号線に出る。

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左の道は赤松谷左沢源頭部に行く作業道、尾根筋の踏み跡をたどり直進すると481mの山頂

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作業道から南の遠望/ 左 桑の原山、 右 木山内、 手前 板戸山



国道326号線 県境にほど近い桑の原トンネルを抜けて宮崎県に入りすぐに右折すると藤川内渓谷・祝子川渓谷(美人の湯)と書かれた看板の前を祝子川方面に(左折して)臼杵・黒内集落へと車を走らせる。黒内の民家の前を過ぎ天神橋を渡り左手の作業道に入り終点まで(鹿除けネットのゲート前)行く 古道の峠は目の前にある。作業道はさらに先、送電線の鉄塔下まで伸びている。ゲート前に車を置き歩く。(地形図が使えると判りやすいのだが)

峠から黒内 シャクシ平を望む

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奉待庚申塔  宝暦八年十月七日



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念仏供養塔



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庚申塔  台座に 見ざる言わざる・聞かざるの彫り物がある。



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庚申塔  文化十一戌三月吉日黒内村、峠をを直進すると上赤集落に下り着く。




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峠から黒内集落とシャクシ平、八本木から伸びた七年谷右岸尾根(県境)



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臼杵集落から桑の原三十三観音霊場を見る。道路は旧326号線


赤松峠を越えて宗太郎の国道10号まで歩いて見ようと思いたちルート調査を始めた。


重岡から赤松峠までのルート調査

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   重岡 長昌寺前から鹿乗集落を望む。ここが赤松峠の入り口


鹿乗(ろくじょう)集落とエノキ
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庚申塔 大師像 地蔵蔵 法華塔 大祖二神神社 等の石塔が榎木の大木の下に鎮座している。



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鹿乗 天神社
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西南戦争 /  明治10年5月12日 払暁薩軍400人余りが熊田から赤松峠を越え重岡分署包囲占拠した。その時,、薩軍奇兵隊が集結した場所といわれている。


記念碑 (未解読)
豊後から日向に至る日向街道は重岡から梓峠を越えて八戸・熊田を通っていたが明治6年に梓越えから赤松峠に変更され、明治18年に国道36号線と命名される。
明治36年に三重から三国峠を越え、重岡 ― 赤松峠 ― 熊田に至る道が現在の国道10号と同じ大原 ― 宗太峠 ― 熊田へと変更された。

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坂を登り詰め尾根筋に出る
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尾根筋の道から 板戸山(アンテナが見える)と八本木(奥)
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赤松峠とおぼしき場所  山神宮(山の神様)の石塔が鎮座
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右 安政四年 左 明治二十四年 の年号が刻まれている。

今回の踏査では赤松峠は確認出来なかった。峠から南 赤松谷 宗太郎方面は杉の造林地でし作業道らしきものが南に下っていたが確信は持てなかった。この場所は西南戦争の時戦場となった場所でもある。
また明治の文豪徳富蘆花が佐伯から馬車でこの赤松峠を越え熊田に下り延岡へ行った。

青春のひとこま 

50年ぐらい前のオートバイ専門誌の切り抜き。
多分モーターサイクリスト誌だと記憶しているが捨てきれずに保管していた。




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1990年代 今から27年位前になるが星写倶楽部の会員であった。といっても名ばかりの会員でした。「犬飼星の見える」天文台の運営・維持管理に携わったことがある。管理者が犬飼町から豊後大野市になり2016年3月末で休止となりました。前から気になっていたので今日は天気も良いので訪ねてみた。河原内から天面山に登り、それから尾根伝いに林道を南に向け走る。道は思ったほど荒れてなく小春日和の中、水の元に到着。天文台へ続く車道は閉鎖されているので歩道で天文台へと上がって行くと銀色のドームが見えてくる。最後にここを訪れたのは何時の日であったか記憶にない。天文台の廻りを一周してみる思ったより傷んでいない。天文台周辺の草刈りなどをされている「ながたに振興協議会」の甲斐氏が居られたので近況を聞いてみると「天文台周辺を荒らしておくのはしのびないと草刈り等周辺整備を手弁当でされているとのことでした。バブル景気の頃、大分県内に上浦町、野津原自然nの家、大分市コンパルホール、関崎等に天文台が作られたが現在稼働中で実績があるのは関崎の天文台と記憶している。三ノ岳の天文台は当時星写倶楽部が旧犬飼町から管理を委託され天文台を運営していて週末は会員が常駐していました。


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                                稼働中の天文台


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