宇目郷 温故知新録

子供の頃の記憶を手繰りながら宇目の里を訪ね歩き記録しています。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]


赤松林道

国道10号線 北川支流鐙川と赤松谷の吐合に架かる橋の袂に赤松林道入口のゲートがある。此の林道は大分森林管理署専用林道で通行するには「国有林野入林許可書」が必要です。


イメージ 6



赤松谷に沿い延びる赤松林道を辿り赤松谷分岐点から少し先で右手に赤松林道(赤松側)の入口があるが入らずに行き止まりから谷を詰めて行くと左岸に林道があり、道に上がり少し行くと先の調査で峠から少し下った所に壊れた作業車があった場所に出る。ここから杉林の中の荒れた道を上がって行くと峠に出る。重岡側の眺めは素晴らしく正面に傾山が遠望出来る。

イメージ 4



イメージ 7



イメージ 1


イメージ 2



イメージ 3


明治の文豪徳富蘆花が著書で赤松峠について次のように書いている。

赤松峠
 (大正2年9月16日)
馬車は程なく一の峠を下る。峰と云わず谷と云わず見ゆる限りは土佐繪に描く様な赤松。名にし負ふ赤松峠である。明治十年の戦争には、大分の方から南下する官軍を薩兵は此赤松峠に支へて双方の血が此處に流れた。馬車の上から見廻はす。赤松山に赤松の外、人の氣はなく、ひとりせヽらぐ渓流のほとり半腐した山小屋の藁屋根に一疋の蛇が、とぐろも巻かず、長々と寝そべっていた。
                                                                          
出典 「死の陰に 赤松峠」 大正六年 徳富蘆花


イメージ 5


全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事