ちきゅう色日記

生きること。一人の表現者として。

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2009年もあと一日となりました。

このブログも長いこと更新してなかったなあ。

みなさん お元気ですか?



2009年

本当に素敵な年でした。



年明けをインドで迎え

ガンガーに昇る朝日を浴び

半年間 インドを放浪ミュージックライブツアーをし

いろんな光を吸収し

そのあとは長野へ帰ってきて

9月より タイ式マッサージのお店「空色」を実家の一室にてOPEN。

そして 28歳になった9月の誕生日 人生最大の誕生日プレゼントが私の中に??

なんと赤ちゃんを授かりました〜!!

予定日は5月の終わりころ。

おなかもまんまるくなってきました。

まるで地球みたい。

お母さんのおなかって ほんとうに すごい!!



今まで感じたことのない、とっても暖かい冬を迎えております。

というわけで、せっかく始めたばかりの「タイ式マッサージ屋 空色 」ですが、

ひとまず来年の一月で、しばらく産休にいたします!あしからず〜〜。

四ヶ月の間でしたが、沢山の人の笑顔と出会うことが出来ました。

とてもうれしかったな〜。 ありがとうございます!!

落ち着いてきたら、また再会できたらいいな♪

来年は、どんな年になるでしょうか??!

本当に毎年毎年 予想できないことが起こるので、おもしろい人生です。

歌うことも、去年よりももっと楽しくなったし、

インドを旅してる時に、どんどん自分の声が変わっていっておもしろかった!

まるで 魂に刻み込まれてる音色が どんどん甦ってゆくような、、、。

というわけで、

みなさま、よいお年を〜〜!!


今年もお世話になりました☆

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 今を生きる 女性におくる

ココロとカラダのほぐしどころ。

 タイ古式マッサージ

 「空色〜sorariro〜」 

9月よりOPENします。


☆場所☆

 長野県長野市篠ノ井布施五明310−1

 JR篠ノ井駅西口から徒歩5分
 
 セミの音が気持ちよい、布施神社のちかくです。

 緑いろしたでっかい 恐竜??みたいな親指?!みたいな
 不思議なオブジェが目印です。

 さくら治療院という看板がでています。
 私の父がやっているのですが、ただ今体調を崩してお休み中となっています。
 なので急遽、私がそのお休みのスペースを借りて
 和室にて「タイ古式マッサージ屋」をOPENすることになりました!

 父の治療とはまた異なりますが、
 世界一きもちよいとまで言われているタイ式マッサージで
 全身をくまなくマッサージし、カラダの流れ(セン)を良くすることで
 血行もよくなり、あなたのカラダの不調を整えます♪


 がんばってるあなたに。
 本来の自分をとりもどしたいあなたに。
 たまには自分に「ありがと〜」がしたいあなたに。

 ふあふあした雲のようにゆっくりと 
 澄んだ青空のようなキラキラしたココロ

 そんなあなたに戻って
 お家に帰ってもらえたらと思っています。
 

  空色カミュの 癒しのマッサージ

  カラダまるごこめしあがれ〜〜♪


 ☆タイ古式マッサージメニュ〜☆

  60分 5000円  指圧、マッサージ中心。あなたの不調なところをメインに。

  90分 7000円  ↑プラスのびのびYOGAみたいなストレッチ付き。うたた寝しちゃいます。
  
  オプション

  足湯   500円  お好みのオイルを選んで足元あったか〜い マッサージ効果アップ。


  施術の前にカウンセリングをさせてもらいます。
  あなたのお疲れなところをメインに
  オーダーメイドの施術を行なわせていただきますね。

  痛いのはちょっと。。。いや、痛いぐらいが好きです!!
  というあなたの要望にお答えします!

  私はゆっくりと気持ちよく指圧し、
  ストレッチ多めな「チェンマイスタイル」です。

  
  営業時間   10時〜20時   不定休

  完全予約制   090−6798−3583

  アドレス    sorairokamyu@yahoo.co.jp

  申し訳ありませんが、女性限定となっております。


  あなたのおひまな 日 時 を教えてくださいませ。


  どうぞよろしくおねがいします。



  

 

 
 

 
 

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例えば
自分だけのものだったら
秘密の鍵のついた日記を書いたらいい。

だけどみんながこうやって
自分の日常や出来事、感動した事
そういうことをネットで配信することというのは
少なからず何かの「表現」である。とわたしは感じている。

自分が生きるということも
自分以外の誰か、
何かに影響を及ぼしていることには間違いはない。よね。

どんなに引きこもったって
どんなに 匿名希望だって
あなたが発信してるメッセージは
ちゃんと「何か」に繋がっている。

その手段が人それぞれ違ったり
求めてるものが人それぞれ違ったり
ベクトルが違ったり
色々あるけど。


その表現方法が
あればあるほど、
その表現する場所があればあるほど、
人は気をつけなくてはならないこともあるし
逆にもっと生なましく研ぎ澄まされてゆくこともあるだろう。

さらに、ネットのような
そこに顔が見えないとなると。
そこに鼓動がきこえないとなると。
匿名を希望できてしまうとなると。

表現者は仮面をかぶった退屈な表現をしっぱなしで、
どこかへただ逃げてしまう傾向もある。
たまに見る 卑劣な言動。
あなたのあくどい表現から逃げるな。
まあ、逃げたところで
しっぺ返しは必ず帰ってくるだろうよ。


私はDIKA OMKAを始めてから
日本でインドで
いろんな人の前でメッセージを発信するようになった。
それは本当に小さな種まきかもしれない。

だけどその種がいい種か悪い種かで
世界か変わってしまうこともあるという
「危機感」をもたなくてはいけないと感じている。

そしてそれは仮面をかぶったARTではなく、
私の体、魂 すべてをつかったARTであり、
仮面をかぶらないメッセージである。

驚嘆にいえば、沢山のミカタをつけれることもあれば
敵が出来て殺されることだってあるかもしれない。
そういう覚悟だ。
大げさではなくて。

私は絵を描く事が好きだけど
インドネシアの満ちた自然美を体感し感動したとき、
絶対に自然の作り出すARTよりも美しいものなんて
この世には存在しない。と衝撃が体中をつらぬいてから、
自分の描く世界などただの資源の無駄ズカイだったと
思い、むなしくなったことがあった。

私の絵からなんて自然からのメッセージ以上のものがなかったし
見えてこなかったし
自分がただ感じてるだけのオナニーみたいなもんだったのだ。

そんなもので世の中を溢れ返してしまうほど
退屈なものはない気がした。

絵が「上手い」ひとなんて
この世の中にはいぱいいるだろう。
写真を撮るのが「上手」な人なんて
沢山いるだろう。
唄を歌う事がプロなみなひとなんて 沢山いるだろう。

でもそれだけ。

表現者よ。
何に命をかけてるのさ??!

生きるために必要なものを満たすために
手放さなくてはならない真実があるとしたら
それはしょうがないことなのかな?



もっと人が生み出す「ART」は
人に社会に「真理」を訴えかけるべきだし、
世界をより良く変えてゆくものでなければ、意味がない!
と、私は思った。


そしてこの自然のARTが私たちにいろんな気付きをもたらし
魂を癒すように、私たちの手から魂からあふれ出すARTも
そうでありたいと思った。


ARTは戦争ではない。時に何かと「戦う」けれど
           そこに血は流れない。

ARTはゴミではない。
ARTはアーティストだけのもではない。
ARTは世代を超えて、生き続ける。

ARTとは 死を超えた「生」。
ARTとは 傍観者はいない。
ARTとは それを超えてる。



そこに居合わせた人たちとの共鳴から成り立っている
ミュージックライブというのは、
その場その場でいろんな風に変わっていく
生き物みたいな表現、ARTである。

「ART」にはメッセージがある。
メッセージのない「ART」は
果たして「ART」だろうか。

そしてそこにメッセージを聞く人がいないとき、
それは果たして「表現」に繋がっているのだろうか。

秘密の日記を書きたくて歌ってるんじゃない。
伝えたいことがあるから歌ってるんだ。
メッセージがあるから、それを
音楽という手段をつかって奏でている。

奉納演奏だって
そこにある大いなる偉大なものを感じるから
そこに奉納するんだ。

相手が 人であろうが 自然であろうが 神といわれるものであろうが
生き物であろうが

そこに 伝えたい何かがあるからこそ
表現がある。


そこにさざめきあう 「生」「愛」を感じるからこそ
そこに歌うんだ。

だからこそ。

そこにあなたがいたかいないかで
たぶんそれは絶妙に違ってきてるんだよ。

いつもライブをして思うのは
奏でているのは
ミュージシャンだけではなくて、
そこに居合わせたみんなの「生」そのものなんだ。

タクトを握っているのは
実は音を奏でてる人ではなくて、
そこにいるあなたかもしれないし

さっき飛び出てきたあのすばらしい音色の旋律は
実はそこで帽子を脱いだ君が起こした
偶然の奇跡なのかもしれないってことさ。


すべては表現者。
傍観者はいない。

この世に生れたときから
もしくはその前から

自分の存在は 何かに必ず関係していて
自分がいなかったらよかったのに。なんていう世の中なんで
決してないってこと。

自分の生という糸
自分の死という糸

みんな いろんなところで ちゃんと絡まってる。

生きるということは死ぬまで表現者だ。

そして死ぬまで表現された「生」は
あの絶対に叶わないと思った自然が生み出すARTと
匹敵をとらない、最大に美しいアートなのだろうと
思うのだった。

愛されている

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部屋の大掃除
模様替えにはまっていて
さんざ動かした結果
とても居心地のいい部屋になったよ

空中に浮かぶ 粒子みたいな ほこりってさ
光に照らされると
なんであんなにもキラキラするんだろう
お香の煙と
キラキラのほこり
それだけ見てると
時間の流れかたが こことそことで
全然違う気がするね

そちらの時間に身をおくと
あーそっかーーって
気がつくことも沢山あってさ

大事なことって
こうやってひとつひとつ
時には目でみたり
耳で聞いたり
こころで感じたりしながら
ゆっくりと紡ぎだされていくのかもしれないね。

砂漠に沈む夕日
乾いた風に
砂が踊る
そこにいるあなた

いまこうして
キラキラしたホコリの流れに 魂を奪われて
その流れを美しく感じるわたしも
あの砂漠の上の私も

同じ魂をもつ わたしという現れ
でも毎日 一瞬 一瞬に
つねに生まれ変わってる
つねに
スタートラインの目の前



悲しいことがあったり
すべてに見放されたり
苦しさでもがいてみたり
大切なものが
この手から
砂のように指の隙間から流れてしまっても

それは決して 永遠ではないんだと
信じて

そして
誰が私を見捨てようと
傷つけようと
私が傷つけてしまったすべてのものに後悔で嘆き苦しもうと
どんな災難が襲おうと
誰にも愛されなかろうと

私の魂は
私を永遠に愛し続けている

私を抱きしめて
私の魂の鼓動を聞いたとき
暖かさを感じたとき

私は 私の魂が
何があっても 私を見捨てないことを
知り
涙を流す

それさえ 信じられたら

わたしは どんなことがこの人生におこっても
笑顔で あなたに愛を伝えられるだろう






ずっと
追い求めて生きてきた

外へ 外へ

私ではない誰かに

私ではない何かに

だけど
私がまず最初に
気がつかなくてはならなかったことは
そういうことだったのかもしれない。

わたしは私の魂が
私を愛してくれていることを知ったとき
初めて
本当の愛を 人と
分かち合う事ができるようになるのかもしれない。


小学校のとき
先生に

作文を書くときに

「私は。。。」と最初に書き出すのをやめてみたら
どうかな?
と言われたことがある。

それから 私は 日記でも 作文でもなんでも
私は と最初に書くのをやめて生きてきた

多くのクラスメイトの日記や作文が
私は今日 から始まるのにも
物足りなさを感じていたので
その先生の教えはとてもわたしに染み渡った。

だけど最近その 「私」という存在に対して
色々と頭をフル回転させて生きてる

そういう時期なのかもなーー

毎日テーマは色々あるけれど
人生というのは
学ぶためにあるのだと思っている

すべて
自分の身に起こってることは
すべて自分が必要な学びなんだよね

こてんぱんな目にあっても
それは自分がまいた種

でもさ
どんなことがあっても
見守ってくれてる 人がいると思うと
とても嬉しいよね。心はそれだけでほっと落ち着くよね。

そんな人が
こんなにも近くに
まさか!!

自分の中にいたとはね〜

あなたの魂も
あなたをたっぷりと

愛してくれてるよ

大丈夫ってことだ〜よ〜〜!!!

あったかいじゃん

だってこんなにもさ

ね!

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インドはダラムサラで
私はある不思議な女の子と出遭った

金色のふあふあな髪の毛に
その辺に生えてる草で作った冠をいつもつけて
あどけない あかちゃんのような ほほえみに
きなり色したワンピースにいろんな葉っぱをくっつけて
裸足でうろうろ

背中から白い羽が生えてるんじゃないかしらって
何度も目をこすってみてみたけど
羽は生えてはなさそうだ

そのかわりに いつも
彼女の背中には寝袋が背負われていた。

一体どこからやってきたのさ?
天国から落っこちてきちゃったんじゃないの?と本気で思わせるような
彼女は天使のような妖精のようなオーラをもっていた。

初めて会ったのはいつだったかは覚えてない
けど彼女は気がつくと歌っているわたしのすぐ隣にいた

彼女は音楽のあるところが大好きで
音が鳴り出すと
ふあふあと ワンピースをひらつかせながら踊りだす

彼女は一切しゃべらない
言葉というツールをつかって 人とコミュニケーションをとらずに
それ以外の方法でみんなと愛を分かち合うことができる
すごい女の子だった


ほほえみ
ダンス
手と手をつなぐ
抱きしめる
膝の上で眠る

そしてわたしが歌うと
彼女はなんとも愛らしい声で
わたしの旋律そっくりに歌っちゃうのだ!

テレパスでもつかえるのか?って
びっくりしちゃったよ。

彼女が一体どこから来て どこへ帰ってゆくのかは
私の友達たちは誰も知らなかった。

でも毎日同じ格好なのと
同じ草冠をつけてるのとをみると
もしかしたらどこかで野宿していたのかもしれなかった。


彼女が寝袋以外に何か持ってるのを見たことがなかった
お財布もないんじゃないか?
じゃあ一体彼女はどうやって生きてるの?って心配はいらなかったよ

だって彼女は
みんなにすごい愛されてて
みんなが彼女にご飯を分けていたから。

チャイにしても
何にしても
みんな必ず彼女の分をちゃんとオーダーするか
お皿にとって半分こしてた。


みんなが彼女の前では
見せたことのないような笑顔を見せる。

それはなぜかって
彼女がそうだからだ

誰に対しても
彼女の内側から溢れだす愛という水を
惜しみなくみんなに分け与える

そんな人
私は初めて出遭ったよ

彼女の前では
みんな赤ちゃんみたいな微笑みを浮かべてる

彼女は
沈黙することを選んだのか
本当にしゃべることができなくなっちゃったのかは分からない。

けれど
彼女は超えてる。そしてもう知ってる。


これは私やあなたが 彼女の「マネ」をしたってしょうがないことで
彼女が ある意味 悟ったからこそできることだと思ったのだった。

言葉のいらない世界。
表現だけで 繋がる世界があるってこと。

言葉がないからこそ
彼女の表現が更に浮かび上がるそのART

彼女のほほえみは
いまも私のむねにしっかりと焼きついてる

彼女のほほえみ
彼女の感じてるヨロコビの世界

それすべてが
そのほほえみからあふれ出してる気がした

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