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<裁判員裁判>初の死刑破棄確定へ…「市民参加」何のため http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150204-00000114-mai-soci 殺害された被害者が1人の事件で市民が加わった死刑判断の破棄を認めた最高裁決定は「先例の検討は裁判員裁判でも変わらない」と述べ、特に死刑判断の局面では過去の裁判例との公平性を重視すべきだとの姿勢を鮮明にした。 死刑破棄がまた確定へ 長野一家3人殺害事件 最高裁 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150210-00000539-san-soci これに対し、2審東京高裁は池田被告の関与について、「首謀者2人の指示に従っただけで、突発的に犯行に巻き込まれた」として従属的立場だったと認定。 過去に発生した被害者3人以上の強盗殺人事件に比べて、「被告の関わり方など、事情が大きく異なっている。先例は参考にすべきではない」として1審判決を 破棄し無期懲役を言い渡した。 悪いジョーク以外の何物でもない。 ちょっと手間を加えればいいアネクドートになりそうだ。 誤解の無いように書いておくが、後者の方の考え方それ自体は間違っているとは思えない。 「判例に拘らず、それぞれの事情を考えて量刑などを考える」 これは悪いことではない。(今回の死刑破棄が妥当であったかはまた別問題だが) というか正しい考え方だろう。 しかし、前者と後者を合わせて考えると「こういう考えでやっている」のではなく 「やりたいことに合わせて考え方を変えている」ようにしか思えない。 『裁判官などの考え方の違い方』と言ってしまえばそれまでだが、 こんな矛盾するようなことをしていてはそれこそ裁判への不信感が高まるだろう。 個人的には「素人の裁判員を加えるのではなく、裁判官に『常識』を加えろ」と思っていたのだが、 そろそろ「もう裁判官なんてやめてコンピュータ使えば? 『死刑にしない』を大原則にして、 あとは過去の裁判との一致率を考えて量刑とか決めればいいんでしょ?」と言いたくなってくる。 というか、この二者の違いこそ、まさしく『不公平』の最たるものじゃないんですかね? そもそも「一人殺したくらいでは死刑にならない(大雑把だが)」ことも不公平だとは思うが、 「被告の関わり方など、事情が大きく異なっている。先例は参考にすべきではない」 これ、前者でも普通に適用できると思うんですけれど。 それに最近、従来の基準とはかけ離れた形の死刑判決がいくつか出ている気がするんですが、 あれはいわゆる『判例』とは違うのでしょうかね? 「俺の出した『判例』だけが正しい『判例』だ」? あ、そこで『従来の傾向を前提とすべきでない事情』が示されていないと? 強姦事件を繰り返した上にとうとう殺人にまで手を出して、おまけに証拠隠滅のために 放火までやらかしたというのはそういう事情ではない、と? これって「自分の犯罪を隠すためにあわや大惨事の事態を引き起こした」訳だよね? ……やっぱ裁判官いらなくね? もう『過去判例検索システム』でも作ろうぜ。(棒) (←画像か↓文字か→↓アドレスをクリックで投票) |
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