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前回から、少し時間が経過していますが、
1970年代〜の世界経済を見て行きます。
世界情勢は、アメリカのベトナム戦争と
73年、変動為替レートへの移行。
同年、第一次オイルショック、
78年、第二次オイルショック
と政治的要因が、経済を揺るがしました。
特に、70年代前半は、為替の固定から変動レートへの移行、
第一次オイルショック等、
世界的なインフレとリセッションの時代です。
アメリカは、ベトナム戦争の戦費調達の為に、国債の増刷と、固定から変動レートへの移行で、国内はハイレベルなインフレになり、
金利が上がって来ました。
そして、第一次オイルショックが追い撃ちをかけ、そのインフレを加速させました。
また、アメリカの製造業は耐久消費市場の変化について行けず、アメリカ国内は、日本や西ドイツ製品で溢れ、慢性的な貿易赤字国になりました。
この時代、FRBは、インフレの鎮静化の為、最大20%の高金利政策を取りました。
この高金利の為、世界の資本はアメリカに集まり、ドル高となり、アメリカの製造業を一層不利にしました。
このFRBの高金利政策は、変動レートへの移行だけの経済政策では、間違えではありませんが、オイルショックに対しても、同じ高金利政策で対応したことは失敗です。
この行き過ぎた高金利政策の為、アメリカ製造業が必要以上に弱くなってしまいました。
この時代に、今の資本の流れの原形が出来たと考えます。
貿易黒字国は、外貨準備金として、アメリカ国債を貿易黒字のドルで購入しました。
アメリカ政府は、貿易赤字を国債で補填して、軍事費や公共事業等で、国内の産業、及び国民にお金を回してアメリカの経済を運営しっていました。
70年代は、政治的要因に経済が振り回され、
いびつな、国際経済へと変化してしまった時代です。
貿易収支のアンバランスは、変動レートと適正な資本投資で、自然とバランスが取れるのですが、
間違った高金利政策と政治的エゴ(東西冷戦)により、歪んでしまいました。
次回は1980年代を見て行きます。
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江戸から明治のとき、一ドル=一円では、と言う話があったと聞いています。ぜひ、国際化と変動為替について知りたいですね。
2009/1/12(月) 午前 10:45 [ isamueyes ]
isamueyes様、
いつもコメントありがとうございます。
2回に分けて書きます。
私も、幕末から明治にかけての為替については、知識がありません。
拙い知識と通商条約の解釈の範疇で解答いたします。
間違いのヶ所もあると思いますので、改めてご確認ください。
当時の世界経済は、今のような通貨の概念はなく、強国各国の通貨は、自国と植民地、以外の国や地域では、通用しないと思います。
円で、外国で買い物出来ないのと同じです。
ただ、ヨーロッパや少ない量ながら、植民地以外の国と地域との交易があったので、輸入国が、輸出国の通貨で、決済していたと考えます。
当時大国は、金本位性を採用しており、各国政府は、自国の通貨を金に換金出来るようにしていました。
2009/1/12(月) 午後 1:34 [ 気まぐれ ]
isamueyes様、
前回の続き。
幕末から明治の開国は、国別に通商条約を結びました。
内容は、色々あると思いますが、開国時には、日本の通貨は使えなく、新しく、銀貨を鋳造して、これを決済通貨としました。(銀本位制度)
ただ、この決済には、大きな問題があり、この銀貨に含まれている、銀の含有量が多く、この量に比べ、各国の銀貨に対しての交換レートは低く設定されていました。
当時、日本銀貨で代金を受け取り、その中の銀を取り出し、自国通貨に両替をして、また、日本の銀貨を購入するとの、為替ビジネスが多いに、行われました。(概念的には、今のFX取引で、為替リスクが無い取引です。)
当時の日本は、大国から、いいカモにされていたと思います。
また、本国と植民地間の貿易を除くと、世界の貿易量は、第一次世界大戦が始まるまで、非常に少なく、世界経済では、あまり問題にならない量でした。
ここまでが、私の分かる範囲です。
お問いの回答になっていますか?
2009/1/12(月) 午後 1:36 [ 気まぐれ ]
どうもありがとうございました。
2009/1/12(月) 午後 2:48 [ isamueyes ]