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ブログ名を変えた。
このブログを見てくれている友だちたちが、いつからか「きーブログ見たよ」
と言ってくれるようになり、なんとなく定着してきたようだったので。
ちょっとだけ、後ろ髪をひかれないでもないけれど。
「コインチョコレートの金紙を、そっとあけてはもどしていたころ」
この以前のタイトルは私の子ども時代そのもので、私はコインチョコレートが大好きだった。
いや、今でも大好きだ。本物のコインよりもコインらしい、と思う。
小学生のころ、コインチョコレートを人からもらうと、私はそれを机のひきだしにしまった。
ふたつあるうちの、小さいほうのひきだしである。
このひきだしには鍵がついていて、めったにかけることはなかったけれども、
なんとなく、大切なものだけしまうようにしていた。
ときどきそれをひきだしから出して、金紙をそうっとあけた。
ミルクチョコレートの甘ったるい匂いがして、私は鼻をふくらませた。
コインの模様がそっくりチョコレートに刻まれていることを確認し、また金紙をかぶせて
ひきだしにしまう。それだけでうっとりと、優雅な気分になれた。
きれいすぎて、好きすぎて、とても食べられなかった。
ところが、それはいつも突然やってくる。
ある日金紙をめくると、そこに美しかったチョコレートのつやや、
しっとりとした重みはなくなっている。
ぱりぱりと乾いて、白くまだらな表面。
これにはいつだってがっかりした。
こうなってしまうと、もうぜんぜんきれいじゃない。
私は仕方なく、それを口に入れてばりばり食べた。おいしくなかった。
それでも次にひきだしをあけたとき、ふわっとチョコレートの残り香があって、
ああ、やっぱりコインチョコレートってすてきなお菓子だなと思うのだった。
私はいまでも、じぶんでコインチョコレートを買うことができない。
私にとってはなぜだか手の届かない、憧れのお菓子なのだ。
いつの日かスタバのレジで、コーヒーを買うついでみたいにぽんっと1枚レジに置いてみたい。
それができたら、やっと大人。
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コインチョコレートの話、先の「茶柱」の話に、なんかストラクチャが似ていると感じました。
コインチョコレートを、そっと引き出しの中に仕舞って食べられない気持ちは、大切です。
2010/3/26(金) 午後 10:44 [ Mars_jj_boy ]