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我が家最古の写真

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私事のネタで恐縮ではございますが、写真は曽祖父と祖母の写真でございます。
見ての通り、七五三の祝、記念撮影の場面です。

曽祖父は京都出身で本籍、下谷区車坂下まではさかのぼれますがそれ以外のことは
全て謎です。曾祖母は長生きしたので、小生が子供の頃に可愛がってもらった記憶
は今でも忘れられません。

祖母は明治34年(1901)7月生まれなので明治36年(1903)頃に撮影
したのは推定できます。また、写真の入っていた額縁の裏側に
「額ト画 創業明治十二年 Frames & Picturs 渡邊賞観堂 東京神田神保町一ノ十五
 電話神田1084番」
ここで撮影したのか?後にここで額縁だけを買ったのか?謎です・・・。
◇訂正◇
「誤→渡邉写観堂、正→渡邉賞観堂」店主は渡邉恵太郎、「絵葉書及び額面商」
大正13年神田営業所名簿より
また、写真の住居表示が神田神保町となっているは昭和10年の住居表示変更
後だそうです。従いまして、額縁はそれ以降に購入しています。
これでこの写真と額縁の謎が解けました。

情報提供:神田 後藤書院 代表取締役 後藤禎久氏

閉じる コメント(5)

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これは貴重な写真ですね。色あせていなくて保存状況もよさそうですね。この額縁店が写真館も併設していたのなら、そこで撮影した可能性ありますね。この店は今もあるのでしようか?

2006/10/13(金) 午後 7:57 tou*i7*7*

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>調査したところ、残念ながらこの額縁店見当たりませんでした。実は物置に入れっぱなしだったのですが保存状況はいいですね。新聞紙で何重にも包んでたのが良かったのかもしれません。

2006/10/14(土) 午前 4:08 一路

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写真を包んでいた新聞紙も年代ものなのではないですか?歳のせいか古いものに哀愁と興味を感じてしまいます。

2006/10/14(土) 午前 4:32 [ mond ]

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>実は自宅をリフォームした時にまとめて物置に片付けた時の新聞なので平成5年の新聞紙でした。

2006/10/14(土) 午前 6:22 一路

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突然ですが、神保町の渡邉賞観堂の店主渡邉恵太郎の直孫で渡邉喜久男と申します。祖父恵太郎は昭和18年に亡くなりました。
渡辺家は曾祖母のちかが明治12年に写真館を開業し、恵太郎へと
引き継がれて途中から額縁店も兼業したようです。終戦間際に閉店
しました。父は二男で結婚して神田小川町に分店を経営しており
私はそこで生まれました。戦中に強制立ち退きに遭い転居しました。
私は5歳の七五三祝いで、神田明神にお参りしました。
神田は懐かしい所です。

2019/3/26(火) 午後 9:05 [ 渡邉喜久男 ]


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