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明治世相百話(昭和11年 山本笑月著)より
秋葉の原昔話 チャリネ最初の興行
「神田佐久間町の秋葉の原といへば、神田ツ子には思ひ出の多い遊び場所
元は火除地で火防の秋葉神社が祀つてあつた。方二三町の空地で最初の貸
自転車屋があり、借馬屋があり、花相撲や軽業もときどき興行、チャリネ
の曲馬も第一回はここで大当り、平素も中々の賑はひで明治二十一年鉄道
構内になるまでは全くの平民的遊園地。
自転車は木製鉄輪で朱塗の粗末な代物、三輪車、二輪車、そのほか達摩と
称する、一輪はずつと大きく後輪は小さいこれも二輪車、よく乗れたもの
だと我我はただ感心して見物、いつも三輪車で我慢した。借賃は十分間
二銭だが、たいていは二三十分乗つてしまふ。達摩の連中はそれで市中へ
押出し立派に乗廻はしてゐたが、いま見たら余り立派でもあるまいが明治
十五六年の話。
借馬屋は原の西南隅で、軍馬の払ひ下げみたいのが四五頭、馬場を4回廻
はつてひと鞍が四銭、主人は騎馬曹長の上りで初心者には丁寧に乗方を指導。
お陰で私も初めて馬の味を知つたが、最初は馬が心得て三回も廻はるとずるい
奴はさつさと小屋へはいり掛け一回誤魔化さうとする。大体借馬は乗手より
馬の方が利巧のやうだ。或るとき外出の客があつたが馬ばかり帰つて来た。
さすがに主人も心配してゐると後から乗手が泥だらけになつて戻る。なんてえ
のがちよいちよいあつた。
チャリネの来たのは明治十九年の夏、大テント張りで■火のやうな照明が昼
を欺むく。なにしろ大がかりで動物園そのままの象、虎、ライオン始め見事
な馬が十何頭、素晴らしい曲馬や曲芸に東京ツ子の眼を驚かして大した景気。
十月ごろ築地の海軍原へ移つて第二回、ここでは暴風雨にあつてテント破損
の大痛事。最後は浅草公園六区でまた盛況、こんな工合で秋葉の原は最後の
賑はひを見せたが二十一年貨物駅の敷地となつて今はアキハバラ。」
このチャリネの広告が明治19年9月4日時事新報に掲載されていました。
資料提供:二世後藤錦
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馬は軍馬の払い下げだったそうですよ。
秋葉原の遊園地を見てみたかったですね。
⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/scganishii/10782030.html
2007/8/14(火) 午後 10:16
伝兵衛さん>チャリネ、チャリコ?チャリンコ(隠語)
の語源かも?
2007/8/15(水) 午前 4:32
自転車が盗難に遭う事?
「自転車が無い」→「チャリが無い」→「チャリネー」なんて。。。実は、イタリアのサーカス団の名前で正式には“キャリニー”らしいですよ。御茶ノ水練塀町でもありません。
2007/8/15(水) 午前 5:46
伝兵衛さん>情報有難うございます。
2007/8/15(水) 午前 10:01
うわ〜、読んじゃいます。そして頭はスリップです
2007/8/15(水) 午後 3:20 [ - ]
CADさん>長閑な時代でしたね。
2007/8/15(水) 午後 6:08
原世は先人達への軽率なぶら下がり…、
しかも公的な指導的立場の団塊世代!。一番に腹立たしい、のです
国の滅亡に…、ね
2007/8/17(金) 午後 9:23 [ - ]
CADさん>???難しい事はよくわかりません???
2007/8/18(土) 午前 1:56