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当時、東京市の東京地下鉄道建設と一体で施工されました。工法は神田川を開削した大工事だった事が 銀座線建設の資料から判明しました。また橋詰は船着場として使用されていて葛西まで潮干狩りに出か けた地元にお住まいの方の証言も確かなようでした。施工後の管理は国で行っているようです。 当時から公衆トイレとして使用されていたそうです。現在使用中の橋詰公衆トイレの下です。 この調査は関係官庁、立会いの下に実施し同行させて頂きました。 江戸時代、神田川に架かっていた筋違橋は筋違見附の御門から江戸城に向う交通の要所でした。 現在の万世橋と昌平橋の中間地点付近に位置していました。 明治なって不要になった御門の石を利用して東京で初めて石造りのアーチ橋、万世橋が明治6年 完成しましたが、鉄道と駅の施設計画によって明治41年に撤去されてしまいました。 現在の位置にある先代の万世橋は明治36年に完成し、さらに明治45年に開業した万世橋駅と 周辺の町は、大変な賑わいで連雀町(現、須田町)界隈は当時発行された数々の絵葉書でその様子 を知ることが出来ます。 ところが大正12年、関東大震災で被災し壊滅的な損害を被ることになりますが、昭和初期に見事
に復興した連雀町界隈にある、いくつかの木造家屋や飲食店は今でも現役で使用されていて現在も、 当時の姿を留めています。現在の万世橋は昭和5年9月に完成して現在に至っております。 |
橋
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やはりトイレでしたか。
するってーと、今の公衆トイレは三代目って事になりやすね。
2007/9/14(金) 午前 7:09
なかなか見ることのできないスクープ写真ですねー。とてもガッチリ造られてるようですね。以前の旧萬世橋駅同様貴重な史料ですね。
2007/9/14(金) 午前 8:32
伝兵衛さん>確かな情報なので間違いございません。
2代目のトイレは汚かったので、よく覚えてます。
2007/9/14(金) 午前 9:07
神田っ子さん>当時の石造りのアーチは重厚な造りには目を見張りました。特別な許可とご配慮によって取材をさせていただきました。
2007/9/14(金) 午前 9:11
中央線が走ってますね。なんとお江戸でしょう(^_^)v
壁の埋設配管を撤去して補修した跡が、なんとすごい時空を感じますね、
今度探検されるのは何円後?、ナノでしょうね。
2007/9/14(金) 午前 10:34 [ - ]
CADさん>中央線は意識して背景に入れました。
トイレ設備は解体、撤去、一部補修しスケルトン
原状回復、明渡し状態です。
現在、ここの上には千代田区が管理する公衆トイレ
が設置してありますが、この橋の大規模改修もしくは
架け替え工事が行われるまで、ここのスペースは
このまま千代田区で管理を続けると伺いました。
2007/9/14(金) 午前 11:10
さすが一路さん、写真の構成が素晴らしい!
六つの四角い窓と外の通路でだいたいの構造がわかります。
神田の歴史・文化を語るにははずすことのできない万世橋の
人目に触れない時空を超えた空間を生で取材できてよかったですね。
うらやましい。。。ってか、見たかった〜♪
2007/9/14(金) 午後 0:24 [ westflat ]
westflatさん>お褒めのお言葉ありがとうございます。
お陰さまで小生も急きょ調査団に参加することが出来ました。
旧万世橋駅の見学も貴重な体験でした。残るは地下鉄銀座線
旧万世橋駅跡を見たいです。
2007/9/14(金) 午後 2:43
お〜〜〜!地下鉄銀座線旧万世橋駅跡ですか〜〜 これはダイナミックですね〜期待しちゃいますよー♪
2007/9/14(金) 午後 3:39
神田っ子さん>誰か地下鉄関係者にお知り合いの方いらっしゃいませんかぁ?終電後にでも入れてもらいたいです。
2007/9/14(金) 午後 4:36
貴重な写真ですね!
2007/9/14(金) 午後 6:06 [ りょうさん ]
こんなところがあったなんて…
しらんかんだ…
2007/9/14(金) 午後 10:45
ryoさん>普段入れない場所です。ここで暮らそうかなぁ?
2007/9/15(土) 午前 5:15
通新町さん>・・・・。(笑点)
2007/9/15(土) 午前 5:16
大規模改修、予定有るんですね。一番壊したがる部分でしょうか!?
当地だったら。
2007/9/15(土) 午後 8:57 [ - ]
CADさん>改修予定はありません。見学させて頂いただけです。
2007/9/17(月) 午前 5:06