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			<title>○○○○ブログ</title>
			<description>石川県金沢市在住の金子吉晴のブログです。http://www15.ocn.ne.jp/~value/</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>○○○○ブログ</title>
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			<description>石川県金沢市在住の金子吉晴のブログです。http://www15.ocn.ne.jp/~value/</description>
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		<item>
			<title>書評第36回　日本政策研究センター「中韓訪問外交はもっと評価されるべきだ」（今月の主張　同センター所長　伊藤哲夫　06年11月1日(水)）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回も私が購読している日本政策研究センターの「明日への選択」に掲載されている小論文です（&lt;a HREF=&quot;http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=381&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=381&lt;/a&gt; ）。&lt;br /&gt;
　安倍政権に最も期待されたことは、外交・安全保障の分野における保守政権としての毅然とした姿勢であったと思うのですが、支持率低下の最大の要因はこれに満足すべき方針を示せていないことにあると思われます。このことは櫻井よしこ氏など政権成立直後から危惧する声があったにもかかわらず、他方では保守勢力の中にさえそのことを評価する向きもあったことは全く驚くべき事です。そこで今回は安倍政権の中韓外交について同誌がどのようあ主張をしているかを検証し、その是非について論評したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;外交の評価というものは簡単には下せないが、今回の安倍首相の中韓への訪問外交は大いに成果があったのではないか、と筆者は考えている。政権発足早々、村山談話、河野談話を相次いで認めるというショッキングな展開があっただけに、保守派には訪問それ自体についてもむしろ困惑の方が多かったといってよいが、結果を見る限りこれまでの政権とは明確な一線を画す「主張する外交」が行われたと筆者には思えるからだ。&lt;br /&gt;
　むろん、単なる印象でいうのではない。例えば中国との間では日中共同プレス発表という文書が公表されたが、そこでは日本側の主張が毅然として貫かれた事実が読みとれるからだ。村山談話に関わる歴史認識についていえば、同談話に示されているような自虐的な認識は一切この文書には見られない。むしろ日本側は「戦後六〇年余、一貫して平和国家として歩んできたこと、そして引き続き平和国家として歩み続けていくことを強調」し、中国側は「これを積極的に評価した」となっている。&lt;br /&gt;
　九八年の日中共同宣言で村山談話の「遵守」を公約している以上、首相としては談話を継承するという姿勢を崩すことはできなかった。しかし、事前に報道されていたような、首相が会談においてその種の認識を重ねて表明する、といったこれまでの悪しき慣行は踏襲されることがなかった。換言すれば、「まず歴史認識ありき」のこれまでの外交からの脱却が明確になされたということなのである。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「自虐的な認識は一切この文書には見られない」ことがなぜ評価すべきことになるのだろうか。そんなことは当然のことで、わざわざ北京まで行って確認することはなく、「主張する外交」と呼べるほどのものではない。逆に言えば、日本外交は今後、中国に対し敵対的な姿勢は取らないと表明しに行っているようなもので、そんなことで東シナ海ガス田問題など日中間の懸案事項について、何かプラスの要素に働くとは思えない。&lt;br /&gt;
　案の定、これ以後進行したことは、６か国協議における中国ペースの進行と安倍政権の靖国参拝断念であり、安倍政権における日本外交は、むしろ小泉政権時代より譲歩しているとしか思えない。&lt;br /&gt;
　「九八年の日中共同宣言で村山談話の「遵守」を公約している」からといって、それに未来永劫、縛り続けられなければならないものではない。条約でさえ改正することがあるのだから、単なる共同宣言など毎回毎回のものと考えるべきである。実際、韓国については金大中大統領が「両国が過去の不幸な歴史を克服し、21世紀に向けた未来指向的な関係を発展させていくことで合意いたしました」（平成10年10月８日小渕内閣総理大臣・金大中韓国大統領共同記者会見録）としながらも、それ以後もことある毎に歴史認識問題を議題にしていることは周知のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;韓国との首脳会談についてもそれはいえる。日中首脳会談とは異なり、盧武鉉大統領との会談では会談冒頭の四十分以上もが、慰安婦だの、歴史教科書だの、国立追悼施設だのについて割かれたという。しかし、首相は一切そうした議論に取り合わず、そうした歴史認識を文書に表そうとした韓国側の要求をも拒否した。かくて韓国とは共同の文書発表すら行われないという異例の展開になったのである。これもまた実に意義深いことだったと筆者は考える。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
  相手のつまらない議論に取り合わないのは当然としても、それなら一体、韓国には何のために行ったのだろうか。首相が行く以上、日本としての韓国に対する何らかの要求があってのことだと思うが、単なる参勤交代よろしきの顔見せなら行く必要はなかったろう。安倍総理には「韓国と日本は、自由と民主主義、基本的人権と法の支配という価値を共有しているからだ。」という無邪気な親韓感情しかないことは、第21回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14038120.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14038120.html&lt;/a&gt; ）の「美しい国へ」の論評で指摘したとおりだが、そのような個人的思いをそのまま外交に反映されたのでは、日本外交が立ち行かなくなるのは理の当然だろう。              &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;とはいえ、何もかも万全だったというのではない。これまでのマイナスがようやくゼロに戻り、これからいよいよ正常な外交が展開される基盤が整ったというのが実際の所だろう。靖国神社参拝にしても、それをしない限りという条件は外させたものの、もちろんそれは今後の争点として残ったわけであり、首相が今後参拝した場合、そこで起こる反発をどう極小化させていけるかは、あくまでも今後の外交努力にかかるからである。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　このような無意味な訪中・訪韓は、実質的に靖国神社参拝中止の表明であるとしか思えないし、その後の現実はそのとおりになったのだが、この論文では全くそういう予想がないのは全く甘い認識としか言いようがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;しかしながら、そうした問題を承知の上であえていえば、やはり今回の首脳会談は成功だったのではなかろうか。政治というものの要諦が「敵勢力の弱体化」にある限り、今回の外交は明らかに成果を挙げているからである。これによって、中韓との首脳会談ができないことが最大の問題点だと批判してきた野党や、自民党の媚中派からその攻撃材料を奪い取ることができたし、何よりも中韓に対し、わが国の政治への分断工作の道を断つことができたからである。これで首相は外交上のフリーハンドを得たし、来年の参院選に向け、これまでの守勢から攻勢に転ずることができたともいえよう。&lt;br /&gt;
　それだけではない。国際政治の文脈においても、首相は自らにマイナスとなる要素を減らした。というのも、欧米などのメディアでは首相を危険なタカ派だの、偏狭なナショナリストだのと評する報道が横行していたからだ。中韓との首脳会談の実現はそうした一方的なレッテル張りに、強烈な反証を提示した。木村太郎氏の指摘するところによれば、米議会本会議において目指されていた例の「従軍慰安婦問題に関する決議案」は、この会談実現が契機となって廃案となることが決まったという。安倍首相に対する警戒感が解消されたことがその理由だというのだ。馬鹿げた話とはいえ、事実とすればこれまた成果の一つだろう。&lt;br /&gt;
　そして何よりも重要なのは、最大の問題となっている北朝鮮の核実験に対し、中韓への力強い働きかけをなし得るポジションが確保できたことである。もしこれがなければ、日本の対応は米国を介しての中韓への働きかけという形に留まる他なかった。戦いはこれからとはいえ、これまた評価されていいポイントだと考えるのだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
  「野党や、自民党の媚中派」の主張に合わせることがなぜ「敵勢力の弱体化」になるのだろうか。実際に進行したことは、売国的という彼らの世間に対する弱みを安倍政権自らが封印してしまい、意図的に政治とカネや年金などの国内問題に世論と安倍政権を引きずり込むことに勢いづかせてしまったことである。&lt;br /&gt;
  「従軍慰安婦問題に関する決議案」についても現実は逆に作用したとしか言いようがない。このようなアメリカにとって第三国間の問題を国内政治の政敵追い落としに利用するという米民主党の恥知らずな行為に対し、日本は反発しないという予断を与えてしまったと言えるだろう。&lt;br /&gt;
  また、北朝鮮問題についてはいわずもがなである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、つくづく外交というものは一歩引けば、相手は二、三歩出てくるものであって、日本的な謙譲の精神など全く通用のしない世界だと感じます。安倍政権が小泉時代の闘争型政治から自民党の伝統的な調整型政治に逆戻りしつつあることと、安倍外交の体たらくとは軌を一にしていると言わざるを得ません。外交をやる上で日本人に欠けた要素とはどういうものであって、それを身につけている人物が日本社会では必ずしもよい評価を受けないという現実はよく考えなければならないところです。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/15630114.html</link>
			<pubDate>Thu, 23 Aug 2007 08:49:37 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第35回　日本政策研究センター「悪意の「誤報」に惑わされるな　安倍首相答弁と「報道」の異様な落差　安倍首相個人が「村山談話」「河野談話」を認めた？」（トピックス06年10月6日(金)）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　約２週間、所用でブログをさぼっておりましたが、本日からまた書き込みを再開いたします。今回も普通の本ではなく、私が購読している日本政策研究センターの「明日への選択」に掲載されている小論文です（&lt;a HREF=&quot;http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=373&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=373&lt;/a&gt; ）。&lt;br /&gt;
　安倍政権の体たらくの原因は保守勢力の安倍総理への甘やかしが最大の原因だと言わざるを得ず、保守勢力と安倍支持勢力の一大牙城である日本政策研究センターもそのことには大きな責任があると思います。特にこれまで何度も主張していますが、安倍政権については誰に吹き込まれたのか、政権成立直後の無意味な訪中・訪韓とそれをせんがための村山談話及び河野談話の継承に物事の始めとしての問題があるので、このことに保守勢力から明確な反対がなかったのは返す返すも悔やまれます。それ以降の安倍政権の約10か月間の歩みは、方向性を誤ったことによる目的意識の不明瞭な政権運営に終始しており、本来の支持勢力からも見放され坂道を転げ落ちるように支持率が低下したのは宜なるかなと思います。&lt;br /&gt;
　安倍総理に対する保守派の物言いを聞いていますと、松井秀喜選手に対する地元石川マスコミの異様な賞賛ぶりに通じるものを感じます。確かに松井選手は謙虚で潜在能力があり、そのことを地元マスコミが賞賛したい気持ちは分かりますが、残念ながら７月10日の本ブログ（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13788443.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13788443.html&lt;/a&gt; ）で述べたように松井選手は外角球を強く打てないことと、打球を上に上げることができないというホームランバッターとしては致命的な欠点を持っています。このことは日本にいたときから指摘されており、メジャーに行ってから打率３割前後、ホームラン20～30本という中途半端な成績しか上げられない根本原因になっているのですが、残念ながら松井選手の姿勢からはこれを技術的に克服しようという積極的意欲が感じられません。折角、日本中が期待しているのですから、リスクを覚悟してこれに挑戦して欲しいのですが、周りが誰も言わないのか、ご本人がこれを意識している風はありません。期待するからこそ短所については厳しく指摘すべきであり、無闇に賞賛するだけでは贔屓の引き倒しにしかなりません。&lt;br /&gt;
　とまれ、そこで今回は日本政策研究センター発行の上記雑誌に掲載された論文を取り上げ、安倍政権成立直後の無意味な訪中・訪韓とそれをせんがための村山談話及び河野談話の継承という問題についてそれらの論文がどのようあ主張をしているかを検証し、その是非について論評したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;今日６日の朝刊には、安倍首相の「歴史認識」に関わる答弁が取り上げられているが、その多くは悪意のある報道と言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
　例えば、朝日新聞は「村山談話」「河野談話」を「首相、個人でも踏襲」（見出し）という記事。「村山談話」については、「国として示した通りであると、私は考えている」、「河野談話」には「私を含め政府として受け継いでいる」と答弁したことをあげ、「首相はこれまで両談話について『政府の立場』を説明してきただけだったが、個人としても受け入れる考えを示した」と報じた。&lt;br /&gt;
　この朝日の記事が取り上げた「村山談話」についての首相答弁について言えば、実際はこうである。&lt;br /&gt;
　安倍首相「その村山談話の中で述べているように、韓国の方々、あるいは中国の方々をはじめ侵略をされた、あるいは植民地支配にあったと。それは、まさに我が国がそのときに閣議決定した、国として示した通りであると私は、このように考えている」&lt;br /&gt;
　「私は」と述べたことをもって首相は個人としても「村山談話」を認めたと朝日はいうのである。しかし、これは明らかなミスリード、というよりは誤報だ。なぜなら、この発言に続いて、以下のようなやりとりが続くからである。&lt;br /&gt;
　菅氏「安倍総理は、植民地支配、侵略というこの歴史認識を認めたと」&lt;br /&gt;
　安倍首相「もう何回も申し上げた通り、閣議決定されたものです。私は内閣総理大臣として、また私の政府においてそれは引き継がれているということです」&lt;br /&gt;
　これがどうして「個人でも踏襲」になるのか。記者の頭のなかを見てみたい。&lt;br /&gt;
　河野談話についても同様だ。朝日が指摘した箇所は、「現在の政府の最高責任者の総理自身が受け継いでいることか」との菅氏の質問に対して、安倍首相が「当然、私は内閣総理大臣ですから、私を含めて政府として受け継いでいると、こういうことです」と答えた部分である。「私を含めて政府として」を「安倍個人として」と読み替えてしまう。これは悪意のある誤報というほかない。&lt;br /&gt;
　ともかく、この記事は「私の政府」の「私」、「私を含めて政府として」の「私」を、いずれも「個人」だとすり替え、あの「河野談話」「村山談話」を安倍首相が「個人でも踏襲」したと言い立てているのだ。もし、記者のいう通りなら、「私の政府」とは安倍首相「個人の政府」を意味することになってしまうわけで、そんなバカな話はない。&lt;br /&gt;
　朝日のみならず、読売「村山談話・河野談話―個人としても容認」も同様だ。東京新聞にいたっては、詳報欄で、韓国が（日本に）「侵略され」たということを閣議決定し、それを安倍首相が認めたように読めてしまうまとめ方をしている。彼らは記者席で何を聞いていたのだろうか。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　これは朝日のまとめ方の方が正しいだろう。村山談話は首相談話であるし、河野談話は官房長官談話であるから、法律のように国会の議決が必要なものとは違って、安倍総理の一存で否定できるものである。安倍総理は「私を含めて政府として受け継いでいる」としてあたかも受け継ぐ義務があるかのような物言いをしているが、安倍総理には受け継がなければならない義務はないのであり、否定するかどうかのイニシャティブを持っているわけである。それを受け継ぐとする安倍総理の答弁はまさに個人として受け継ぐ宣言であるにほかならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;むしろ、「河野談話」について言えば、いわゆる「慰安婦」の「強制」については、「狭義の強制」（俗に言う「強制連行」である）と「広義の強制」（社会情勢や戦地での行動制限など）の問題を首相の方からとりあげ、「狭義の強制」の強制があったのかどうか、疑問すら呈している。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　安倍総理が「官憲が家に乗り込んで人さらいのように連れて行くような強制性はなかった」（産経新聞07年03月05日）と述べたのは事実であるが、米紙でその発言を批判されると、その後は微妙に表現を変えている。&lt;br /&gt;
　実際に訪米の際に「首相は、大統領との共同記者会見で、慰安婦問題についてこう語った。『慰安婦の方々に、人間として、また首相として心から同情しているし、そういう状況に置かれていたことに対して申し訳ない思いだ』『２０世紀は、人権があらゆる地域で侵害もされた時代でもあった。２１世紀を人権侵害のない素晴らしい世紀としていきたい』それに先立つ米議会幹部との会談でも、ほぼ同じことを述べ、訪米前の日本テレビや米ＣＮＮテレビのインタビューでも同じ言い回しを使った。」（産経新聞07年04月30日）とも発言しており、強制を認めていると言われてもやむを得ないだろう。&lt;br /&gt;
　そもそも米議会の主張の根拠は河野談話しかないのだから、安倍総理が総理就任直後に「河野談話は政府の調査結果に基づいておらず見直しが必要」と述べておれば、米議会が性急にこのような決議案を可決する危険性はなかったと言える。安倍総理は河野元党総裁に対する敬意からこのような曖昧な態度に終始しているもかもしれないが、党の先輩に対する敬意と国家の大事とはどちらが優先されるべきかは論を待たないところであり、このあたりが総理のリーダーシップに疑念を抱かせる大きな要因である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;要するに、これらマスコミは、「村山談話」「河野談話」は政府として受け継ぐだけではなく、安倍首相個人としても認めさせたい、もしくはそれに類似した言い回しがあれば「個人として容認」と書きたいという意図（それはまさしく悪意である）があるということに他ならない。&lt;br /&gt;
　そうした報道をする意図は何か。これは推測だが、安倍首相をこれまで支持してきた保守層をがっかりさせようという、共通の意図があるようにも思える。&lt;br /&gt;
　問題は極めて微妙な問題であるだけに、首相がどんな答弁をしたのか、報道を鵜呑みにすることなく、きちんと議事録で確かめてから議論すべきだろう。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　これはそのとおりであるが、マスコミの体質は先刻、明らかなことであり、彼らに言質を取られないような明確な対応が必要である。報道の内容以前に、政権成立後の総理の対応が、「安倍首相をこれまで支持してきた保守層をがっかりさせ」たことは事実であり、そのことは今回の安倍総理の靖国不参拝に最も明かなことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;ちなみに、「狭義の強制連行」があったと散々騒いだにも関わらず、そのケースが見つからなかったために、途中から「広義の強制」が問題だと論理のすり替えを行ったのは他でもない朝日新聞であった。【この問題については、弊社の最新刊『対中韓「歴史認識」外交を問う』で詳しく紹介しています】&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　このような経緯を考えれば、なおのこと広義の強制というような不明確な主張に依拠するのではなく、最初から明確に「慰安婦に強制はなかった」と発言すべきだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、安倍総理の続投意欲の背景には「憲法改正のできる総理は自分しかいない」という強い自負があってのことだろうと思います。そのこと自体は否定しませんが、教育基本法でも事情は同様ですが、公明党の賛成する憲法改正案など所詮、内容はたかが知れているのであって、今の政権の枠組みの元では憲法改正に過剰な期待は禁物だと思います。前にも指摘しましたが、「神は細部に宿りたもう」であって、安倍総理には憲法から演繹的に物事を考えるという姿勢ではなく、一つ一つの問題の実質的な解決を最優先にして国政に当たり、結果として必要なら憲法改正も視野に入れるという姿勢が必要であると考えます。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/15581822.html</link>
			<pubDate>Wed, 22 Aug 2007 02:29:23 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第34回　社説「原爆の日―「しょうがない」の罪深さ」（朝日新聞８月６日（月））</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回も普通の本ではなく、原爆の日にちなんで久間発言を取り上げた朝日新聞の社説です（&lt;a HREF=&quot;http://www.asahi.com/paper/editorial.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.asahi.com/paper/editorial.html&lt;/a&gt; ）。原爆投下の是非から拡がって核武装論反対の論調になるのはいつものことですが、北朝鮮の核問題もあるので、自分の勉強のために論評したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;原爆の日―「しょうがない」の罪深さ&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;原爆の日が、まためぐってきた。６日に広島、９日に長崎へ原爆が落とされ、６２年がたつ。 &lt;br /&gt;
　今年の被爆地は昨年までとは、いささか様相が異なる。長崎県出身で防衛相だった久間章生氏が原爆投下について「しょうがない」と述べたことが、さまざまなかたちで影を落としているのだ。 &lt;br /&gt;
　久間氏の発言をもう一度、確かめておこう。 &lt;br /&gt;
　「原爆が落とされて、長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、というふうに思っている」 &lt;br /&gt;
　●人が虫になった &lt;br /&gt;
　「原子爆弾を炸裂（さくれつ）させた時、ひとは神さまを捨てて、みんな虫になってしまったのだとわたしは思います」 &lt;br /&gt;
　被爆２世である芥川賞作家の青来有一（せいらい・ゆういち）氏は、小説「爆心」で、長崎の被爆者の心境をこうつづっている。 &lt;br /&gt;
　天災ならまだしも、心のある人間が、これほどの大量殺人を犯すわけがない。まして、原爆が落とされたのは、長崎市でもキリスト教徒の多い浦上地区だった。自分たちと同じ信仰を持つ米国人が、そんな無慈悲なことをするとは信じられない。人間ではなく、きっと虫になってしまったのだ。そんなあきらめにも似た思いが伝わってくる。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　事実認識であり、異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;だが、それは「しょうがない」という気持ちとは違う、と長崎市の平和推進室長を務める青来氏は言う。「多くの被爆者は長い時間をかけて過去の傷をのみこんできた。もうこの先、地球上で核兵器を使わないようにするのならと、心の中で決着をつけてきたんです」 &lt;br /&gt;
　被爆者には、仕返ししたい気持ちや恨みに思うことがあっただろう。だが、自分たちのような悲惨な体験はこれで最後にしたい。そう考えることで、多くの被爆者は、仕返しや恨みの気持ちに折り合いをつけてきたのだ。 &lt;br /&gt;
　そうした複雑な感情も知らないで、被爆体験のない人から「原爆投下はしょうがない」などと安易に言われてはたまらないということだろう。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　久間発言自体はアメリカの慰安婦決議を前にして外交手段という点から全く不用意な発言で閣僚失格だとは思うが、青来氏が言っているのも「もうこの先」という将来のことであって、過去のことについては、「仕返しや恨みの気持ちに折り合いをつけてきた」のなら、それは「しょうがない」という発言と何が違うのかよく分からない。「しょうがない」と思わないのなら加害者に対し行動すべきだし、何も行動しないのならそれは「しょうがない」と言っているのと同じである。このような日本国民の有名無実的な姿勢が中国や朝鮮半島などの勢力によって、反核に名を借りた日本の外交姿勢の弱体化に利用されてきたのだと思う。&lt;br /&gt;
　法律的にはすでにサンフランシスコ平和条約19条で日本は賠償請求権を放棄したのだから、その問題から日本はクリヤしなければならない。アメリカが賠償請求権を放棄したのは同条約14条であるが、実際にアメリカでは捕虜の強制労働に関して同条項の解釈を変えようという法律案が提出されたことがあるそうである（否決された模様）。&lt;br /&gt;
　サンフランシスコ平和条約への対応については、私は日本の戦争責任の点で忸怩たる思いがあるが、今さらそれを否定したところでこの50年以上の長年月にわたって築かれてきた国際法体制を変えることはできないから、原爆投下だけを取り上げて云々するのは、為にする批判と言うべきだろう。&lt;br /&gt;
　もし久間発言をどうしても容認できないとするなら、日本の国会でもアメリカと同様の行為がなされるよう行動をすべきである。そうすることによって初めて日本の反核運動が単なる大義名分の領域から脱して実質的な効用を持ち出すだろう。そのときに中国や朝鮮半島がどのような態度を見せるかは見物であって、大手マスコミの洗脳に踊らされてきた日本国民の覚醒に大きな契機となるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;●「非核」をどう訴える &lt;br /&gt;
　病理学者で原爆投下の歴史に詳しい土山秀夫・元長崎大学長は、むしろ久間氏が「しょうがない」の後に続けた言葉に注目する。「国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうこと（原爆投下）も選択肢としてはありうるのかな」という部分だ。 &lt;br /&gt;
　直接的には過去のことを語っているが、現代でも場合によっては、核兵器を使うことができるとも聞こえる。現職の防衛相の言葉だけに、被爆者は怒りを増幅させたというのだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「ありうるのかな」という言葉は「使われることもある」という意味であって、「使うことができる」という意味ではないことは明らかである。&lt;br /&gt;
　「国際情勢」には「戦後の」という修飾がなされていないが、これは全体の文脈からすると、すぐ後の「戦後の」は「国際情勢」にもかかっていると読むべきであろう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;世界を見渡せば、インド、パキスタンに続き、昨年は北朝鮮が核実験をした。核保有５大国の核軍縮は進まず、核不拡散条約（ＮＰＴ）の信頼が揺らぐ。 &lt;br /&gt;
　国内では麻生外相らが核保有の議論をすべきだと説く。そこへ、久間発言である。核兵器への抵抗感が、政治家の間で薄れているのではないか。そんな不安にかられたのは被爆者だけではない。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　事実認識であり、異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;だが、果たして日本の国民は、久間氏の発言を一方的に非難ばかりできるのだろうか。そんな自問もしてみたい。 &lt;br /&gt;
　日本はかつてアジアの国々を侵略し、米国に無謀な戦争を仕掛けた。しかも、無数の人命を犠牲にして、負け戦をずるずると引き延ばした。その揚げ句に落とされた原爆なのだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「アジアの国々を侵略し」とあるが、日米戦争は人類の歴史上、日本民族に課せられた宿命的な戦争である。また、日中戦争はその下準備としてすでに米英の支配力が強かった中国の一定部分は占領しておく必要があったという意味でやむを得ない戦争であった。&lt;br /&gt;
　「無謀な」ということについては、確かに当時の日米の生産力の相違は大きいが、生産力の相違だけで戦争の勝敗が決まるわけではないし、そもそも戦争の是非と生産力の相違とは無関係な事柄である。&lt;br /&gt;
　「負け戦をずるずると引き延ばした」とことについては、形勢が悪いからといってすぐに降伏ができるわけではないから、本土決戦をまだやっていない当時の段階において、降伏していないのはやむを得ないだろう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;一方、戦後の日本はといえば、圧倒的な軍事力を持つ米国と安保条約を結び、「核の傘」に頼ってきた。それでいて、「非核」を訴えるという居心地の悪さもある。 &lt;br /&gt;
　そうした事実を直視し、考えるきっかけにしなければいけないのではないか。 &lt;br /&gt;
　問題は、だからしょうがないではなく、世界に同じ悲劇が起きないように、日本が何を訴えていくかだ。過去の歴史を反省し、アジアの国々と手を携える必要があるのはいうまでもない。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「アジアの国々と手を携える」とあるが、中国や北朝鮮のように日本に核ミサイルの照準を合わせている国々がある中で、どこの国と何をすべきというのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;●米国にも変化の兆し &lt;br /&gt;
　久間発言を支持したのは、多くの米国民だったかもしれない。 &lt;br /&gt;
　米国では「原爆投下で戦争が終わり、１００万の米兵が救われた」というような正当化論が依然、根強いからだ。 &lt;br /&gt;
　だが、その米国にも変化の兆しがないわけではない。 &lt;br /&gt;
　この夏、日系米国人のスティーブン・オカザキ監督の映画「ヒロシマナガサキ」が日本で公開されている。 &lt;br /&gt;
　この映画が画期的なのは、米国で４０００万世帯が加入するケーブルテレビが、制作資金を出したことだ。そのケーブルテレビで６日から全米に放映される。 &lt;br /&gt;
　映画は被爆者１４人と、原爆を投下した米軍機の乗員ら４人の証言でつづられる。投下の瞬間や、治療を受ける被爆者の映像が生々しい。５００人の被爆者から話を聞き、完成まで２５年を費やした。 &lt;br /&gt;
　オカザキ監督は「９・１１のテロ以降、米国人は核兵器が使われるのではないかということに現実味を感じている。今ほど被爆者の体験が重要な意味を持つ時代はない」と語る。 &lt;br /&gt;
　広島では１４万人が犠牲になり、長崎の死者は７万人に及んだ。生き残った人や後から被爆地に入った人も放射能の後遺症に苦しんだ。その恐怖を米国も共有する時代になったのだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　事実認識であり、異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;久間発言によって鮮明になったことがある。日本の国民には、核を拒否する気持ちが今も強く生きているということだ。それを世界に示したことは、思わぬ効用だったかもしれない。 &lt;br /&gt;
　この怒りを大切にすること。それは日本の使命である。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「核を拒否する気持ちが今も強く生きている」とあるが、中国や北朝鮮の核を拒否する気持ちが果たしてどれだけあるのかというと疑わしく、余り評価することはできない。また、内心でどれだけ拒否しようとそれが行動となって表れなければ意味がないのであって、ましてや核を持っている北朝鮮にさえ援助しようとする人々が多い現状にあっては、むしろそれに賛成しているとしか思えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、今回の参院選でも明らかになりましたが、日本の世論は大手マスコミの論調で簡単に世論誘導される弱点があります。日本の大手マスコミには色々な外国資本が入っており、必ずしも日本の国益を主張しているとは限りませんから、日本国民は大手マスコミの発言だからと言って直ちに信用しないという用心深さが求められます。私のブログのような市井の主張に耳を傾けて頂いている方にとっては耳にタコですが、残念ながらインターネットにふれない人々にはこのような主張にふれる機会がありませんから、大多数の日本国民が洗脳され続けていくというのは本当に危険なことだと思います。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14923903.html</link>
			<pubDate>Mon, 06 Aug 2007 08:54:07 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第33回　社説「フルキャスト処分　日雇い派遣増やさない対策を」「年金改革　本物の「百年安心」に汗をかけ」（毎日新聞８月４日（土））</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回も普通の本ではなく、人材派遣業のフルキャストに対する処分と年金改革の必要性に関する毎日新聞の社説です（&lt;a HREF=&quot;http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/&lt;/a&gt; ）。人材派遣業に関する評価は必ずしも芳しいものではありませんが、その本質自体は経済的必要から生じているものだけに冷静な研究が必要であり、自分の勉強のために論評したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;社説：フルキャスト処分　日雇い派遣増やさない対策を&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;人材派遣会社大手のフルキャストが労働者派遣法に違反していたとして、厚生労働省から事業停止命令と事業改善命令の行政処分を受けた。登録している労働者を同法の派遣禁止対象である港湾運送業務に派遣していた。事業停止は全社的に１カ月、違反があった３支店では２カ月に及ぶ。違法な派遣に対し、厳しい処分が下るのは当然のことだ。&lt;br /&gt;
　労働者派遣法とその施行令は港湾業務に加え、建設業、警備業、医療業務の各分野への労働者派遣を禁じている。いずれも専門的な知識や技術が必要で、危険な作業を伴うことがあるからだ。ところが、フルキャストは昨年以降、建設業や警備業への違法派遣を繰り返し、今年３月に事業改善命令を受けたばかりだった。その後も違法派遣を続けていたことになり、極めて悪質と言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
　違法派遣は業界全体で横行している疑いが強い。また、フルキャストや、やはり大手のグッドウィルでは、労働者から１回の派遣で２５０～２００円を業務管理費などの名目で給与から天引きしていたことも不透明だと批判を浴びた。今回の行政処分を業界全体の問題と受け止め、各社は法令順守に厳格に取り組む必要がある。&lt;br /&gt;
　違法派遣を受け入れてきた企業にも問題がある。厚労省は今回、派遣先の１社を是正指導した。受け入れ先がなければ違法派遣は起きないことを、各企業は十分に自覚してもらいたい。&lt;br /&gt;
　労働者が派遣会社に登録し、その日ごとに派遣される形態は「日雇い派遣」と呼ばれる。派遣会社から前日に携帯電話などで連絡を受けて作業現場に出向く。派遣先が禁止対象業務で危険を伴うとしても、労働者は文句一つも言えない。労災が起きても、違法派遣のために闇に葬られる可能性もある。非正規雇用の中でも極めて不安定な立場に置かれている。&lt;br /&gt;
　派遣会社が派遣先からマージンを得る分、労働者の給与は低く抑えられ、１日６０００～８０００円が多いとされる。多数がワーキングプア（働く貧困層）となっている。仕事が回ってこない時の雇用保険も現状では適用されない。&lt;br /&gt;
　日雇い派遣の実態は定かでないが、厚労省の集計では、０５年度の派遣労働者は約２５５万人に上り、そのうち派遣会社に登録している人は約１９３万人と、９８年度に比べ約１１８万人も増えた。&lt;br /&gt;
　その急増の要因が９９年の法改正だ。派遣対象を専門業種に限定してきた従来の制度を転換し、派遣を原則自由化した。さらに０４年の改正で製造業への派遣も解禁した。不況下で労働者の賃金を抑え、雇用調整もしやすくしたいという経済界の要望に沿って政府が規制緩和を進めてきたからだ。&lt;br /&gt;
　経済界は一層の規制緩和を求めており、法改正が今後、再び焦点になる。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;しかし、改正論議では、労働者を企業が直接雇用することが労働者の権利保護の原則であることを忘れてはならない。低賃金の不安定雇用でその日暮らしを強いられる日雇い労働者をこれ以上増やさない対策が求められる。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「労働者を企業が直接雇用することが労働者の権利保護の原則である」ことは事実だが、今、派遣業の規制を強化したところで問題の本質的な解決になるわけではない。確かに今、派遣の立場にある人々の何分の一の人々は正規雇用となる可能性もあるが、その逆に残りは企業が雇用を諦め職を失う可能性もある。このことは最低賃金の問題と共通している。&lt;br /&gt;
　問題は二つあると思う。第一は産業の空洞化の問題であり、第二は一般的な景気水準の問題である。&lt;br /&gt;
　第一については、日本の雇用の減少には産業の空洞化が大きく影響しているのであるから、この動きにストップをかけない限り、日本の雇用問題は本質的には解決しない。もちろん海外市場で売る目的で海外で生産することは何の問題もないが、ユニクロに代表されるように日本市場で売ることを目的に海外で生産することは経済的には反国民的行為であり、規制すべきである。規制するといっても特別な行為が必要なわけではなく、外国との間にきちんと為替レートが国際収支に応じて変動するようになっていれば、神の見えざる手のよって自然に解決されることである。したがって、問題はいつも言っているように、中国の人民元の問題である。&lt;br /&gt;
　このブログの第２回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&lt;/a&gt; ）や第５回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&lt;/a&gt; )で何回も言ってきたように、中国が本格的に為替レートのインチキを始めた94年から日本はずっとデフレなのであり、為替レートでインチキをしている相手と貿易しても利益があるはずがなく、何としても人民元の変動相場制化に圧力をかけなければならない。&lt;br /&gt;
　第二については、小泉政権以降の経済政策は供給を高度化することによって需要を増やそうというサプライサイド論の色彩が強く出ているが、これは消費という最終需要を担っている国民に対する政権の政治的臆病さがもたらしているものであって、需要をいかに増やすかに経済政策の主眼を移行させていく必要がある。これについては、第13回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&lt;/a&gt; ）で森永卓郎氏が「世帯あたり一五○○万円を超える部分にだけ、一律三％の税率をかける」と提案している「金融資産課税」の方法によることになる。同じ需要要因として投資減税や金融支援によって投資を増やすことも可能だが、日本経済にとっては最終需要たる消費の水準の低さが成長のネックになっていると思われるので、喫緊の課題ではないと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;社説：年金改革　本物の「百年安心」に汗をかけ&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;保険料の記録漏れ、制度改革、財源問題。年金をめぐる与野党攻防は秋の国会に舞台を移す。選挙中に盛り上がった熱気を冷まさず、深くて濃い議論を期待する。&lt;br /&gt;
　だれのものかわからない宙に浮いた記録の名寄せは、安倍晋三首相が公約したように「最後の一人」まで突き止める作業を急いでほしい。同時に、進ちょく状況を国民に明らかにする必要がある。ガラス張りの作業は国民の不安を軽減する一助となる。&lt;br /&gt;
　政府は参院選投票日近くになって第三者委員会をせかせ、記録の消えた人に対し、さかのぼって給付する判定を次々出した。選挙向けパフォーマンスに終わらせず、引き続き精力的な審査を促してほしい。消えた記録の一因に社会保険庁職員の着服が指摘されている。１２年間で総額１億３０００万円が着服されたというから驚く。&lt;br /&gt;
　制度改革は与野党の違いが大きい。与党案は年金財政を保険料と税金でまかなうミックス方式、一元化の対象は会社員の厚生年金と公務員の共済年金だけだ。自営業者の国民年金は所得捕捉が難しいと外しているが、将来どうするのか。いつまでもだんまりを決め込むわけにいくまい。２年後、基礎年金の国庫負担は半分（現在３分の１）に引き上げられる。その手当て分２兆５０００億円の出所は依然としてあいまいだ。&lt;br /&gt;
　民主党案は、国民、厚生、共済の三つを一元化し、基礎年金部分を全額税でまかなう。給付については、所得制限を設け年収１２００万円超はもらえない。実現すると無年金者はいなくなるが、消費税を上げずに年金財政を運営できるという主張には与党ならずとも首をかしげざるを得ない。&lt;br /&gt;
　制度設計で隔たりが大きいので、与野党が折り合うのは現実問題として考えにくい。双方とも、本当に信頼の置ける、持続可能な制度なのか、もう一度総点検して直すところがあれば補強すべきだ。その上で税制との関係を含めて国会で徹底的に議論しなければならない。それが年金選挙に報いる政党の責務だ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;選挙を通して、歩み寄れる論点も浮かび上がった。現行制度は２５年間保険料を払い続けないと受給資格が得られない。これは終身雇用を前提とした設計だ。リストラされる人が増えた社会状況を考慮すると、納付期間の短縮は早急に検討すべき問題でないのか。未納の保険料追納を現行２年からもっと長期間にさかのぼる改正や年金保険料を給付以外に使用できなくする目的外使用禁止法も国民の理解は得られやすいだろう。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　年金制度については、第28回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&lt;/a&gt; ）で「国民年金の全額税負担化」と「報酬比例年金の民営化」を主張したが、全額税負担化になれば、「納付期間」や「未納」の問題はなくなるし、民営化になれば、「目的外使用禁止法」の問題もなくなるので、制度の合理化が期待できる。全額税負担化というとすぐに払わない人がもらうのはおかしいと主張する人がいるが、保険料でとるか、税金でとるかは本質的な差はないのであり、住民税に年金分として入れておけばよいだけのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;ただ、年金、医療、介護の個人情報を同じ番号で管理する社会保障番号制導入は、管理する側は楽だが、一方で病歴情報などプライバシーが丸裸にされる危惧（きぐ）もつきまとう。さまざまな面から慎重に議論するテーマだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「病歴情報」を役所が管理する必要がそもそもなぜあるのだろうか。きちんと所得保障がなされていれば、お金の使い方は自由なはずでそれに役所が口を挟む余地はない。むしろきちんと所得保障がなされていないからこそ、そのような不必要な情報を役所が管理しなければならないのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;与野党とも、のど元過ぎれば熱さを忘れたり、論議の先送りは約束違反であり許されない。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、フルキャストの件では、制度そのものより、制度を担っている企業自体の体質が大きいと思われます。また、年金の件については、既得権を配慮した小手先の改革では制度自体の永続性もないし、国民の福祉にも貢献しないので、抜本的な改革が必要だと思われます。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14868224.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Aug 2007 18:49:57 +0900</pubDate>
			<category>景気</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第32回　「「美しい国、日本」に向けた155の約束」（自民党参院選政策パンフレット）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　第28回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&lt;/a&gt; ）で「成長を実感に！」という自民党の参院選公約を掲載した小パンフレットを取り上げましたが、今回はその完全版というべきものです（&lt;a HREF=&quot;http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2007_seisaku/kouyaku/pdf/kouyaku_01.doc&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2007_seisaku/kouyaku/pdf/kouyaku_01.doc&lt;/a&gt; ）。&lt;br /&gt;
　参院選で自民党が予想を上回る惨敗を喫しましたが、昨秋に盤石の勝利で発足したはずの安倍政権がなぜこれほどあっけなく敗北の淵に追いやられたかは本当に興味深いテーマです。思うにその原因は、単に年金記録紛失問題や閣僚の不祥事のような些末な問題ではなく、基本的にこの９か月間の安倍政権の政権戦略の失敗にあると思われます。つまり民主党の「国民の生活が第一」という具体的な政策スローガンに対し、「美しい国」という一般人には分かりにくい抽象的なスローガンだけで有効な対立スローガンを最後まで掲げられなかったことが敗因であると思われます。その有り様はこの政策パンフレットに集約して反映されていますので、今後の政権戦略のあるべき姿を検討する意味で、このパンフレットの利点欠点について検討したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;〈日本型社会保障制度を構築するために〉&lt;br /&gt;
057. 医師不足問題への早急な対応・地域医療の再構築&lt;br /&gt;
058. 救急医療の拡充&lt;br /&gt;
059. 国民が安心して受けられる医療の確保&lt;br /&gt;
060. 社会保険庁解体の断行と年金記録問題への徹底対応&lt;br /&gt;
061. 将来とも安定した年金制度の構築&lt;br /&gt;
062. 介護保険制度の着実な実施で老後不安の解消&lt;br /&gt;
063. 健康で安心できる国民生活の確保&lt;br /&gt;
064. 障害者施策の充実・拡充&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　これは社会保障のメニューを並べた部分であるが、基本的に現行制度を守ると宣言するだけで、目新しい改革プランはない。現下の経済情勢とそれからの脱却のためのマクロ的経済政策を考えるなら、社会保障の強化は不可欠と考えられるが、安倍政権からはそういう発想は窺えない。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;〈再チャレンジと努力する人が報われる社会をつくるために〉&lt;br /&gt;
075. 「チャンスにあふれ、何度でもチャレンジが可能な社会」の構築&lt;br /&gt;
076. 若者の雇用機会の確保&lt;br /&gt;
077. 団塊世代を活用した「新現役チャレンジプラン」の創設&lt;br /&gt;
078. 団塊世代の意欲や活力を活かし、その技能・技術を次世代に継承できる仕組みづくり&lt;br /&gt;
079. 高齢者の活躍の場の一層の拡大&lt;br /&gt;
080. 障害者の就労支援の抜本的強化&lt;br /&gt;
081. 働く人の公正な処遇に向けた取組みとパート労働者の待遇改善&lt;br /&gt;
パート労働者をはじめとする勤労者の賃金を「底上げ」するため、39年ぶりに最低賃金法を改正し、適切な引上げを早急に実現する。&lt;br /&gt;
082. 地域雇用対策の推進&lt;br /&gt;
083. 中小企業金融の拡充・強化&lt;br /&gt;
〈成長力を強化するために〉&lt;br /&gt;
109. 経済成長戦略の確実な実行&lt;br /&gt;
110. Ｍ＆Ａルールの点検	&lt;br /&gt;
111. 安心して投資できる金融・資本市場の整備&lt;br /&gt;
112. 規制改革の推進&lt;br /&gt;
113. 競争政策の充実&lt;br /&gt;
114. 世界トップクラスのコンテンツ産業の育成、感性価値創造の推進&lt;br /&gt;
115. 知的財産戦略の展開&lt;br /&gt;
116. ものづくり産業の競争力強化&lt;br /&gt;
117. サービス産業の生産性向上&lt;br /&gt;
118. 医薬品・医療機器産業、健康関連産業の育成&lt;br /&gt;
119. 海事立国の実現&lt;br /&gt;
120. 国際競争力を強化する人流・物流体系の構築　&lt;br /&gt;
121. 中小企業の事業承継の円滑化&lt;br /&gt;
122. 下請中小企業対策の充実・強化&lt;br /&gt;
123. 小規模・零細企業対策の強化&lt;br /&gt;
124. 情報通信(ICT)産業の国際競争力強化&lt;br /&gt;
125. ICTを活用した生産性の向上&lt;br /&gt;
126. ICTによる住みやすい社会の建設&lt;br /&gt;
127. 通信・放送分野における改革の推進&lt;br /&gt;
128. テレワークの推進&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　これは経済政策のメニューを並べた部分であるが、相変わらずのサプライサイド論で、小泉政権と比べた目新しさはなく、結果はたかが知れていよう。「081. 働く人の公正な処遇に向けた取組みとパート労働者の待遇改善」の中の「39年ぶりに最低賃金法を改正し、適切な引上げを早急に実現する」などデマンドサイドの新規施策も散見されるが、まだまだ不十分である。例えば、第28回で紹介した民主党のマニフェストでは「高齢者の税・保険料負担が急増した原因である公的年金控除縮小と老年者控除廃止をやめ、負担を軽減します」という税負担政策が載っているが（「民主党の政権政策 マニフェスト」 &lt;a HREF=&quot;http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2007/pdf/manifesto_2007.pdf&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2007/pdf/manifesto_2007.pdf&lt;/a&gt;）、自民党にはない。&lt;br /&gt;
　その趣旨と手段は、第28回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&lt;/a&gt; ）で次のように述べたとおりである。&lt;br /&gt;
「第三については、小泉政権以降の経済政策は供給を高度化することによって需要を増やそうというサプライサイド論の色彩が強く出ているが、これは消費という最終需要を担っている国民に対する政権の政治的臆病さがもたらしているものであって、需要をいかに増やすかに経済政策の主眼を移行させていく必要がある。&lt;br /&gt;
　その手段としては、一つは私の主張では、このブログの第２回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&lt;/a&gt; ）や第５回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&lt;/a&gt; )で何回も言ってきたように、中国が本格的に為替レートのインチキを始めた94年から日本はずっとデフレなのであり、為替レートでインチキをしている相手と貿易しても利益があるはずがなく、何としても人民元の変動相場制化に圧力をかけなければならないことである。&lt;br /&gt;
　また、二つ目は、政治的立場から私のような主張を受け入れられない人々にとっては、第13回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&lt;/a&gt; ）で森永卓郎氏が「世帯あたり一五○○万円を超える部分にだけ、一律三％の税率をかける」と提案している「金融資産課税」の方法によることになる。同じ需要要因として投資減税や金融支援によって投資を増やすことも可能だが、日本経済にとっては最終需要たる消費の水準の低さが成長のネックになっていると思われるので、喫緊の課題ではないと考えられる。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;〈国の安全保障を強化する〉&lt;br /&gt;
011. 国家の安全保障政策の強化と官邸の司令塔機能の強化&lt;br /&gt;
012. 国家の情報機能の強化&lt;br /&gt;
013. 安全保障の法的基盤の再構築&lt;br /&gt;
014. 国の防衛体制の整備と日米安保体制の強化&lt;br /&gt;
015. 新たな脅威や多様な緊急事態への対処能力の強化&lt;br /&gt;
016. 技術開発と共同研究の抜本的な改革&lt;br /&gt;
〈主張する外交を示す〉&lt;br /&gt;
146. わが国の総合的な外交力の強化&lt;br /&gt;
147. 日米同盟に立脚した価値観を共有する国々との連携強化、「自由と繁栄の弧」の形成&lt;br /&gt;
148. アジア・ゲートウェイ構想の推進、アジア地域への主導力の発揮&lt;br /&gt;
149. 領土問題解決への努力と真の海洋立国の構築&lt;br /&gt;
また、尖閣諸島には、領土問題は存在しないものの東シナ海問題が存在するため、今後とも毅然とした姿勢で対処し、東シナ海を「真の友好の海」とすることに努める。&lt;br /&gt;
150. ＷＴＯ及びＥＰＡ・ＦＴＡ交渉への全力対応&lt;br /&gt;
151. 中国残留邦人への新たな支援&lt;br /&gt;
〈拉致問題解決へ決意を示す〉&lt;br /&gt;
152. 国家の威信をかけ拉致問題を解決&lt;br /&gt;
今後とも米国・中国等との連携を強化しつつ、国家の威信をかけて拉致被害者全員の帰国を実現する。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　これは外交安全保障分野であるが、こちらは総論的記述が多く、一体具体的に何をやっていくかが明確でない。これは安倍総理個人の政治哲学なのだろうが、これは現代の有権者の時間感覚に合わないと思われる。細かい政策でも良いから、もっと短期に成果を上げないとすぐに有権者に飽きられてしまう。&lt;br /&gt;
　特に象徴的なのは、拉致問題の取り扱いであって、まず順序が152番目というのはあってはならないことで、日本国民の生命がかかっているという重要性を考えれば、本来は１番目に置くべきものである。また、内容も「中国等との連携を強化しつつ」というあり得ない内容になっており、具体的に何をやろうとするのか全く明確でない。&lt;br /&gt;
　また、「149. 領土問題解決への努力と真の海洋立国の構築」についても、「今後とも毅然とした姿勢で対処し、東シナ海を「真の友好の海」とすることに努める」とするだけで、具体的に何をするのかが明確でない。「言語明瞭にして意味不明瞭」であり、これでは国民に危険を覚悟させる迫力はないと言えよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、残念ながら安倍政権が今後もこのような方針で政権運営に当たるとすれば、）寨茲寮嫐海諒△鉢⊂泉政権の二番煎じ、という特徴を転換できるものではなく、内閣支持率が持ち直す可能性はないと思われます。したがって、安倍総理におかれてはとにかくもっと具体的に国民に目に見える成果を上げられる政策を提示し、それを訴える努力が必要かと思います。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14806113.html</link>
			<pubDate>Fri, 03 Aug 2007 08:42:18 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第31回　「社説1　与野党は税財政改革の重責を自覚せよ」「社説2　遅きに失した赤城農相の更迭」（日経新聞８月２日（木））</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回も普通の本ではなく、税財政改革の必要性と赤城農相更迭問題に関する日経新聞の社説です（&lt;a HREF=&quot;http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/&lt;/a&gt;）。最近、新聞報道がスキャンダル中心になっている中で、前者は真摯に政策論を述べているものであり、内容的には目新しいものはありませんが、自分の勉強のために論評したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社説1　与野党は税財政改革の重責を自覚せよ&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;参院選で民主党が躍進し、自民、公明の与党による税財政改革に不透明感が増した。地方や農家への政治配慮で歳出削減も緩みかねない。衆参のねじれから与野党が対立する法改正は困難で、抜本的な税制改革も進めにくい地合いとなった。&lt;br /&gt;
　この先も日本社会の少子化は一段と進み、企業の国際競争は厳しさを増す。借金漬けの財政の立て直しや経済の構造改革に一刻の猶予も許されない。与野党は将来世代への重い責任を意識し、建設的な態度で税財政改革に取り組むべきだ。&lt;br /&gt;
　参院選での論戦は不完全燃焼だった。税財政を巡る自公両党と民主党の公約が共通したのは「2011年度までに基礎的財政収支を黒字にする」、つまり政策経費を税収などの範囲に収めるという財政目標ぐらいで、その道筋も不明確だった。&lt;br /&gt;
　安倍晋三首相ら与党側は「本格的な税制改革は参院選後に着手する」と、基礎年金の国庫負担割合の引き上げや財政健全化をにらんだ消費税の増税論議を封印した。だが選挙戦で首相の消費税発言は混乱し、有権者にモヤモヤとした印象を残した。&lt;br /&gt;
　民主党は税財源による最低保障年金など年金改革構想を示したが、消費税率は5％で据え置くと以前の増税方針を転換した。政権公約では家計や農家の一戸一戸に子ども手当や所得補償を給付するという。財源確保へ予算構造をどう変え、誰にどんな痛みが及ぶかが不透明だ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　異論なし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;参院選後の政局混迷で税財政改革には逆風が吹き、二つの大きな懸念が浮上している。&lt;br /&gt;
　一つはバラマキ型の予算配分が復活することだ。10日前後に決まる08年度予算の概算要求基準が試金石だ。公共事業費の3％削減や、社会保障関係費を自然増に比べ2200億円近く抑える路線に与党内の反発が強い。民主党の農業補助金案なども歳出の増加要因となる。&lt;br /&gt;
　だが、票目当てで予算バラマキに逆戻りしても持続した経済成長は望めない。財政の厳しさや良好な経済環境を考えれば、削減努力を緩めてはならない。民主党も予算改革や財政健全化の姿を早く示すべきだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　この問題は景気対策とも関係するだけに、まだまだ議論が必要である。というのは「良好な経済環境」とあるが、個別企業では好決算が目立つが、一国全体の経済としては必ずしもそうだとは言えないからである。上場企業の07年３月期決算についても、「好決算は、（１）好調な海外販売（２）負債削減の進展による企業の財務体質改善（３）リストラ効果による生産性向上――が主な要因」（新光総合研究所 &lt;a HREF=&quot;http://blog.livedoor.jp/memaido3/archives/50528728.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blog.livedoor.jp/memaido3/archives/50528728.html&lt;/a&gt; ）とあるとおり、好調な国内販売という言い方はないし、実際に例えば、新車登録台数は、04～06年は３年連続、前年比マイナスである（自販連 &lt;a HREF=&quot;http://www.jada.or.jp/contents/data/type/index01.php&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jada.or.jp/contents/data/type/index01.php&lt;/a&gt; ）。&lt;br /&gt;
　財政支出を増やしたからといって景気が上向くものではないし、無駄な支出は厳に慎むべきではあるが、所得再分配を強化する意味で景気回復の必要条件ではあるので、財政赤字を増やさない、つまり増税もセットで実施するという条件で財政支出の増加は避けられないところだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;第二の懸念は税制改革の停滞だ。欧州に続き米国でも企業の税負担の軽減論が浮上し、日本企業の競争力を左右しかねない。所得税の控除などの見直しや地方の税収格差是正にも取り組むべきだ。年金改革とも並行し、歳出削減の徹底を前提とした消費税増税の議論も不可避だ。&lt;br /&gt;
　税負担のあり方を真剣に探って自らの構想を堂々と示し、民意を問うのが責任ある政党の使命である。&lt;/font&gt;」 &lt;br /&gt;
　むしろこちらの方は疑問符が多い。日本企業の競争力を左右しているのは税負担と言うよりやはり為替、なかんづく中国の人民元の問題が大きいだろう。その是正手段としては、このブログの第２回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&lt;/a&gt; ）や第５回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&lt;/a&gt; )で何回も言ってきたように、中国が本格的に為替レートのインチキを始めた94年から日本はずっとデフレなのであり、為替レートでインチキをしている相手と貿易しても利益があるはずがなく、何としても人民元の変動相場制化に圧力をかけなければならないことである。&lt;br /&gt;
　年金制度については、第28回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&lt;/a&gt; ）で「国民年金の全額税負担化」と「報酬比例年金の民営化」を主張したが、その税財源については、消費税よりも、第13回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&lt;/a&gt; ）で森永卓郎氏が提案しているように、「世帯あたり一五○○万円を超える部分にだけ、一律三％の税率をかける」という「金融資産課税」の方法の方が合理的であると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社説2　遅きに失した赤城農相の更迭&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;政治資金の不明朗な処理が相次いで指摘された赤城徳彦農相が更迭された。農相の政治資金問題は野党側から厳しい批判を浴び、参院選での自民党大敗の一因となった。その責任をとらせる形で、首相は農相更迭に踏み切ったが、遅きに失した。&lt;br /&gt;
　参院選の公示直前に、農相の政治団体が実家を主たる事務所の所在地として届け、活動実態がなかったとみられるのに、毎年多額の経常経費を計上していた問題が発覚した。&lt;br /&gt;
　選挙戦に入ってからは、別の政治団体が、東京都内の雑居ビルから退去済みだったのに、この場所を主たる事務所の所在地としたまま経常経費を計上していたことが分かった。政党支部と後援会が郵便代を二重計上するというずさんな会計処理も判明した。&lt;br /&gt;
　農相は「架空計上などは全くない」などと釈明するだけで、領収書の提示は拒み続け、説明責任を果たさなかった。与党内からも農相の対応を批判する声があがり、選挙後には自民党総務会で農相の更迭論が出た。安倍晋三首相は農相をかばい続けたことで傷を深め、厳しく任命責任を問われることになった。&lt;br /&gt;
　政権が発足してから10カ月余りで4人目の閣僚交代である。自殺した松岡利勝前農相のケースを含め、首相が擁護しても、問題閣僚が辞任に追い込まれて、交代するパターンが繰り返されている。こうした首相の対応が有権者には「優柔不断」と映り、政権批判を強めたのは確かだろう。この「負の連鎖」を早く断ちきる必要がある。&lt;br /&gt;
　次の内閣改造・党役員人事では失敗は許されない。党内では「老壮青」のバランスをとるのか、首相に近い議員を集める純化路線でいくのかなどを巡り綱引きが始まっている。適材適所の人事を断行しなければ、首相の活路は開かれない。&lt;br /&gt;
　政治資金規正法の再改正も急務だ。自民党内では政治資金管理団体の事務所費などの経常経費（人件費を除く）について、収支報告書に領収書の添付を義務づける額を「5万円以上」から「1円以上」に引き下げる案が浮かんでいる。今後、党内から反対論が出てくる可能性もある。透明性を高めるために、首相は強い指導力を発揮してもらいたい。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　異論はない。しかし、事務所費の問題に限定するなら、伊吹文明文部科学相、中川昭一政調会長、亀井静香国民新党代表代行、松本剛明民主党政調会長など赤城農相よりも多額の計上をしていた各党幹部が存在するのであり（山陰中央新報 &lt;a HREF=&quot;http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=336476033&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=336476033&lt;/a&gt; ）、赤城農相の場合には法的な問題より絆創膏の印象やご本人のキャラクターの暗さがマイナスだったと言える。もう少し自民党として広報的視点から側面フォローできなかったかと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、赤城農相の件では、松岡氏に続き同じ問題で躓いているのですから、やはり安倍総理は危機管理能力に欠けていたと言わざるを得ません。早々に更迭すべきであったのでしょう。ただし、何度もこれまで言っていますが、このようなつまらない問題に国民の視線が釘付けになってしまうような政権戦略にこそ問題があったのであり、その点を変えなければ今後も同じ事が繰り返されるでしょう。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14761022.html</link>
			<pubDate>Thu, 02 Aug 2007 08:51:39 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第30回　「民主党　与党と正面からぶつかれ」「慰安婦決議　歴史認識の溝を埋める努力を」（毎日新聞社説８月１日（水））</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回も普通の本ではなく、民主党に政権奪取政党としての自覚を促す内容と従軍慰安婦に関する米国下院決議への所感という内容の毎日新聞の社説です（&lt;a HREF=&quot;http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20070801k0000m070156000c.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20070801k0000m070156000c.html&lt;/a&gt; ）。毎日新聞ですから、私とはほとんど意見が対立しますが、こういう一方の政党に肩入れした主張が新聞の社説として社会に伝播していくのは、決して望ましいことではないので、その当否について検討したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社説：民主党　与党と正面からぶつかれ&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;民主党の小沢一郎代表は３１日、安倍晋三首相の続投決定について厳しく批判し、与党との対決姿勢を鮮明にした。小沢氏は常任幹事会で「過半数を失っても内閣が存続するという手前勝手な非常識が、国民の理解を得られるとは到底思えない」と語った。&lt;br /&gt;
　自民党は改選６４議席を３７議席まで減らす歴史的惨敗を喫したが、首相は続投を表明した。その理由について「政権の基本路線は多くの国民に理解されており間違っていない」と説明している。&lt;br /&gt;
　だが続投理由は理解しにくい。就任後初めて受けた全国レベルでの国民の審判で与党議席を激減させたのに、どうして「基本路線は多くの国民に理解されている」と明言できるのだろう。「非常識」との指摘の方が的を射ている。&lt;br /&gt;
　小沢氏は記者団に、民主党主導の法案を出すことによって国民への約束を果たしたい、との考えも示した。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　政権交代を迫るのはともかく、与党がどのような内閣を立てようと野党がそれを批判するのは、大きなお世話である。&lt;br /&gt;
　また、今回の惨敗の理由は、年金記録問題や政治と金の問題であり、安倍政権の基本路線と関係がないのは言うまでもない。ただし、その意味は政策以前の問題ということであって、長年の自民党の政策の矛盾を一気に突かれたという状況である。それに対する対処が不十分だと言えばそのとおりだが、短期間のことであり、誰がやっていても同じ結果になったろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;参院で第１党となった民主党は他の野党と協力して与党と対抗する方針だ。法案を先に参院に議員提案して可決させ、衆院で与党に判断を迫ろうという戦術だ。そのひとつとして政治資金規正法の再改正を念頭に置いているようだ。&lt;br /&gt;
　先の通常国会で自民、公明両党の賛成で成立した同法は、５万円以上の経常経費（人件費を除く）の領収書添付を義務付けたが対象は政治資金管理団体に限られた。そのために後援会などの行為が問題になった赤城徳彦農相の事務所経費問題には対応できず、「ザル法」との批判が噴出している。&lt;br /&gt;
　これに対して、廃案になった民主党案はすべての団体を規制対象にするなど、より厳格なルールを規定する内容だ。&lt;br /&gt;
　自民党の選挙敗北は「政治とカネ」の問題に対する消極性も大きな要因だろう。衆院に民主党案を軸にした案が回ってくれば、与党議員も反対しにくいはずだ。&lt;br /&gt;
　政府・与党内では、民主党案に乗るわけにはいかないと独自に改正政治資金規正法を見直す動きも出ている。与野党逆転の効果がすでに出ていると言えるだろう。&lt;br /&gt;
　臨時国会では１１月１日で期限が切れるテロ対策特別措置法の延長が焦点になる。同法に基づき海上自衛隊がインド洋で米軍艦船などに燃料の補給活動を行っている。&lt;br /&gt;
　小沢氏は３１日、特措法延長に反対する意向を明言した。同法への対応は外交政策上も民主党の姿勢が問われる試金石になる。&lt;br /&gt;
　参院の自民、民主両党は５５年体制のなごりで「仲良しクラブ」との指摘がある。党内にも対決姿勢ばかりを強調すべきではないとの声もある。しかし選挙で国民が求めたものは両党の堂々とした政策論争だろう。小沢氏が格差是正で自民党との違いをはっきりさせたのも支持を得た要因と言える。&lt;br /&gt;
　小沢氏は「本当の勝負はこれからだ」と語っている。ならば「民主党政治」がどのようなものかを具体的に示して、「安倍政治」と向き合わなければならない。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
  特段、異論はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社説：慰安婦決議　歴史認識の溝を埋める努力を&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;米下院本会議はいわゆる従軍慰安婦問題について「日本政府は歴史的な責任を公式に認め、謝罪すべきだ」という謝罪要求決議を採択した。日米関係に悪影響を及ぼさないよう両国政府の外交努力を促したい。&lt;br /&gt;
　決議案はこれまでに４回提案され、本会議採択は初めてだ。日本政府は採択しないよう米議会に働きかけたが成功しなかった。決議の重要性が高まったのは、安倍晋三首相が３月、国会で「狭義の強制性」を否定した答弁により、日米双方の関心が一挙に強まったためだ。決議に拘束力はなく、日本を一方的に批判するような内容には疑問もあるが、米議会の人権問題に対する懸念の深さと日米の歴史認識のずれを示す形になった。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　この決議案には虚偽の内容が多く含まれており、そのようなものをこれまで傍観視してきたことの方が問題である。拘束力があろうとなかろうと一国の名誉の問題であるから、正々堂々とそれを指摘すべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;ブッシュ大統領が４月の日米首脳会談で「安倍首相の謝罪を受け入れる」と述べたのにもかかわらず、下院が同盟国日本へあえて要求をつきつけたのはなぜだろう。&lt;br /&gt;
　最大の理由は、理念の国米国にとって価値観や人権は譲れない原則であり、慰安婦問題を過去の話とみていないという点だ。&lt;br /&gt;
　決議を提案したホンダ下院議員は３月の演説で「慰安婦の経験は棚上げされてすむ歴史のエピソードではない。世界ではいまも女性の人権は守られていない。日本政府は戦時下の女性への暴力を排除する目標に踏み出すべきだ」と呼びかけた。スーダン・ダルフールの女性被害を引用しながら、現在の人権問題として解決を迫る論理だ。いまの日米は価値観を共有するはずなのに、という問題設定でもある。民主主義や自由を世界に広める使命を重視する米国で決議案阻止の動きは少なかった。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　「価値観や人権」という大層な問題ではなく、これは完全にアメリカの国内政治の延長であり、ブッシュ政権という政敵を攻撃するためにこのような第三国間の問題を利用することはあってはならないことであり、日本としては強くアメリカに抗議すべきである。、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;さらに、日本の反応が公式と非公式の姿勢、あるいは建前と本音の間で食い違っているように受け止められた。安倍首相は強制性発言と４月訪米時の「おわびの気持ち」発言の間で大きな揺れをみせた。本心がどちらなのか釈然としない米国人は多いだろう。&lt;br /&gt;
　旧日本軍の関与を認め謝罪した９３年の河野洋平官房長官談話をよりどころに「謝罪してきた」と説明するのが日本の立場だ。だが、軍の強制の証拠はないとして河野談話の見直しを主張する一部の政治家の発言は米国にも伝わっている。歴史修正主義と米国がみなす動きに対する警戒も出ている。&lt;br /&gt;
　ラントス下院外交委員長が本会議で「ドイツは歴史の罪について正しい選択をした。一方、日本は歴史の記憶喪失を促進してきた。日本の一部にある歴史をゆがめ否定し、被害者を非難する動きには吐き気を催す」ときわめて強く批判したのもその表れだろう。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　確かに安倍総理の姿勢は揺れがあり、問題があった。米国側の批判も強制性を認めた河野談話に根拠があるのだから本来なら明確に強制性を否定して河野談話の見直しを宣言すべきであった。目前の訪中を無難に済ますために、昨年10月３日の衆院本会議で河野談話踏襲を明言したことは完全に失言である。この訪中は安倍総理の親族の経済人がセットしたという噂がもっぱらであるが、一国の外交がそのような私心に影響されているとしたら問題である。今回の参院選の惨敗もこの一件にすべての震源があったといっても過言ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;米国が主張する原爆投下正当化論への批判は日本に根強い。対テロ戦争やイラク戦争での人権侵害には国際法違反の指摘もある。「正しい歴史」を振りかざすだけでなく、みずからの過ちを振り返る謙虚さを米国には求めたい。&lt;br /&gt;
　歴史認識のずれを埋める対話は米国ともアジア各国とも続ける必要がある。河野談話で示した謝罪と反省を、繰り返し丁寧に説明する努力を怠ってはならない。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　日本人に必要なのは、例え他者の批判があっても自分が正しいと思うことは明確に主張する勇気である。政治家にとってはそれは権利と言うよりむしろ義務である。安倍総理が今回、グズグズしているのも最初にそれをしていないからであって、それで選挙に負ければ、今後、潔く退陣すべきだろう。&lt;br /&gt;
　また、「攻撃は最大の防御」であって、原爆投下の問題ももしアメリカが慰安婦問題にこだわるようなら、当然、これを蒸し返す必要がある。中国や韓国に対しても同じであって、中国に対してはチベット虐殺や領土拡張主義への批判をすべきだし、韓国に対してはベトナム戦争時の虐殺を批判すべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、余り中身のない社説で評論するほどの価値はなかったのかもしれません。&lt;br /&gt;
　安倍政権については、前回、これまでの安倍政権の政権運営は本来の責務の放棄と述べましたが、「神は細部に宿りたもう」であって、いくら教育基本法や憲法など総論で議論しても安倍政権の政治姿勢は国民に何も伝わらないのですから、村山談話や河野談話の見直しという具体的な政治課題に早急に取り組む覚悟が必要であると思います。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14716582.html</link>
			<pubDate>Wed, 01 Aug 2007 08:52:18 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第29回　「参院選・自民惨敗―安倍政治への不信任だ」（朝日新聞社説７月30日（月））</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回も普通の本ではなく、自民党の参院選惨敗を伝えた朝日新聞の月曜日朝刊の社説で、主として安倍政権の惨敗の原因を解説したものです（&lt;a HREF=&quot;http://www.asahi.com/paper/editorial20070730.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.asahi.com/paper/editorial20070730.html&lt;/a&gt; ）。朝日新聞ですから、私とはほとんど意見が対立しますが、こういう一方的に野党側に立った主張が社会に伝播していくのは、決して望ましいことではないので、その当否について検討したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;安倍首相は昨秋の就任以来、この参院選での勝利に狙いを定めて、さまざまな手立てを講じてきた。有権者はその実績に対して、はっきりと「不合格」の審判を下した。&lt;br /&gt;
　しかし、首相は結果を厳粛に受け止めるとしながらも「私の国づくりはスタートしたばかり。これからも首相として責任を果たしたい」と述べ、政権にとどまる意向を表明した。まったく理解に苦しむ判断だ。 &lt;br /&gt;
●民意に背く続投表明 &lt;br /&gt;
　さすがに自民党内にも首相の責任を問う声が出ている。すんなりと続投が受け入れられるとは思えない。首相はもっと真剣に今回の結果を受け止め、潔く首相の座を退くべきである。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　参院選は政権選択の選挙ではないから、参院選で負けたからといって総理が辞任すべき理由はない。有権者にそのような意思があったとは思えないし、もしそのような観点から投票するなら、民主党がこれほど大勝することはなかったろう。また、もしそのような効果を参院選の結果に認めるなら、参議院の制度改革も必要になる。そのことは結局、一院制にして衆議院の任期をもっと短くするという結論に至るだけだろう。&lt;br /&gt;
　ただし、続投することによって今後、内閣支持率を上昇させられる可能性があるかは難しい判断である。今後、継続的に支持率が低下してボロボロになって辞任するくらいなら今、止めた方がいいという判断も成り立つ。その判断の分かれ目は政策を抜本的に転換できるかどうかである。人心を一新したところで政策の中身が変わらなければ、支持率が上昇する可能性はないと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;●１人区の怒り、深刻 &lt;br /&gt;
　敗北の直接の引き金になったのは、年金記録のずさんな管理に対する国民の怒りだった。さらに、自殺した松岡前農水相や後任の赤城農水相らの「政治とカネ」の問題、久間前防衛相らの暴言、失言の連発が追い打ちをかけた。 &lt;br /&gt;
　首相にとっては、不運の積み重なりだったと言うこともできる。だが、ひとつひとつの問題の処理を誤り、傷口を広げたのはまさに首相自身だった。 &lt;br /&gt;
　年金では「浮いたり、消えたり」した支払い記録の不備が次々と明らかになり、後手後手の対応に追われた。政治資金の問題も、松岡氏をかばい続けて自殺という結果を招き、後任に起用した赤城氏にも同じような疑惑が発覚。総裁選での論功や自分の仲間を重視する人事の甘さが次々に浮かび上がってしまった。&lt;br /&gt;
　その一方で、国会では数を頼みに採決強行の連続。うんざりだ、いい加減にしろ……。広がったのは安倍氏への同情や共感より、安倍政治への基本的な不信ではなかったか。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　年金記録問題は、長年の社会保険庁のずさんな実務処理によって生じたもので、適切な対応を怠ってきた歴代の社会保険庁幹部の責任が大きい。このようなことに一々、政権担当者の責任を問うことは為にする政治的批判である。批判されるべきとすれば、第28回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&lt;/a&gt;）で述べたようにこのような不合理な年金制度を維持してきた与党の責任が大きいし、既得権を有する過半数以上の国民もそのような制度改正に賛成する心構えができているとは思えない。&lt;br /&gt;
　また、総裁選での論功行賞人事がこうした問題閣僚の起用につながったという批判であるが、総理が自分の政策を実行するために自分と政治的立場を同じくする人間を内閣に配置するのは当然であって、それは論功行賞人事というべきものではない。このことは加藤紘一前幹事長のような人物を内閣に取り込んでは内閣が立ち行かなくなることで容易に肯定されることである。&lt;br /&gt;
　それから強行採決は残念なことだが、現在のような時代の転換点にあっては、旧勢力と新勢力の間の政治的立場の違いが大きすぎて、民主主義の教科書どおりには行かないのはやむを得ないだろう。&lt;br /&gt;
　敗北の大きな理由としてはむしろ魅力ある候補者を擁立できなかったことにもあるのではないだろうか。例えば、東京都選挙区では丸川珠代候補が当選したが、テレビ朝日出身の丸川候補がどう見ても安倍総理の思想的立場と合致しているとは思えない。このような候補を擁立していては、安倍総理のコアなファンが離れていってしまうのは当然である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;選挙結果で注目すべきは、とくに１人区で自民党が不振を極めたことだ。地方の経済が疲弊する一方で、高齢者ばかりの町や村が増える。人々の不安と不満が膨らんでいるのに、自公政権は本気で取り組んでくれない。そうした思いが底流にあると見るべきだ。 &lt;br /&gt;
　都市で集めた税金を、公共事業などを通じて地方に再配分する。良くも悪くも自民党政治を支えてきたメカニズムだ。それが終わりを告げたのに、代わりの方策が見つからないのだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　農村部など地方の経済が全体に疲弊している問題に安倍政権が有効な政策を出せなかったのは、事実だがこれは野党も同じだろう。例えば、民主党の雇用対策と中小企業対策は次のとおりである（「民主党の政権政策 マニフェスト」 &lt;a HREF=&quot;http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2007/pdf/manifesto_2007.pdf&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2007/pdf/manifesto_2007.pdf&lt;/a&gt;）。&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;１　雇用を守り、格差を正す。&lt;br /&gt;
● 中小企業に総額2100億円の財政・金融対策を講じ、そのうえで、3年をメドに最低賃金を全国平均で時給1000円に引き上げていきます。&lt;br /&gt;
● パート・契約社員を正規社員と均等待遇にします。&lt;br /&gt;
● 個人アドバイザーや就労支援手当を導入し、フリーター、ニートの就職を支援します。&lt;br /&gt;
● 高齢者の税・保険料負担が急増した原因である公的年金控除縮小と老年者控除廃止をやめ、負担を軽減します。&lt;br /&gt;
５　中小企業を元気にして、日本経済を生き返らせる。&lt;br /&gt;
● ｢中小企業憲章｣を定め、省庁のタテ割り行政を越えて、政府全体で中小企業を支援する制度を確立します。&lt;br /&gt;
● 地場の中小企業の研究開発や地域資源の活用を税制などで支援します。&lt;br /&gt;
● 中小企業に対する不当な低価格取引の強制や抱き合わせ販売などを法律で禁止します。&lt;br /&gt;
● 中小企業に対する政府系金融機関の融資では、個人保証を撤廃します。&lt;br /&gt;
● 研究開発支援などの拡充により、中小企業予算を大幅に増やすとともに、事業承継税制や実質一人会社の役員報酬に対する税制などを改めます。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　しかし、これらは最低賃金の引き上げと高齢者の所得控除問題以外は、結局、竹中経済政策と同じくサプライサイド論に立つものなので、経済水準の引き上げにはほとんど効果はないだろう。&lt;br /&gt;
　また、地方経済の振興には税源や権限の移譲を含む地方分権が欠かせないとして、「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;4. 地域のことは地域で決める「分権国家」を実現する。&lt;/font&gt;」とするが、地方分権にしたところで即、それが地方の発展につながるかは今の地方の姿勢からは心もとない。&lt;br /&gt;
　ましてや地方が実際に望んでいるのは自分たちが払っているより多くのものを欲しいと言っているのであって、別に地方分権を望んでいるわけではない。残念ながらこのような自立意識に欠けた地方住民を育ててきたのは、野党の主張に引きずられた歴代の自民党政権の政策であり、むしろそれから脱皮しようとするのが小泉政権以降の流れである。「個人の自立なくして地域の自立なし、地域の自立なくして福祉の心なし」である。というのは国民の大多数が税金にたかるような発想をしていては、社会保障が成り立たないのは自明のことであり、日本の社会保障が不完全であるのも根本的にはそこに原因があると思うからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;●優先課題を見誤った &lt;br /&gt;
　地方の疲弊に象徴される格差への国民の不満、将来への不安は、都市住民や若い世代にも共通するものだ。とりわけ弱者の暮らしや安心をどう支えるのか。これこそが、小泉改革を引き継いだ首相が第一に取り組むべき課題だった。 &lt;br /&gt;
　ところが、首相が持ち出したのは「美しい国」であり、「戦後レジームからの脱却」だった。憲法改正のための国民投票法をつくり、教育基本法を改正し、防衛庁を省に昇格させた。こうした実績を見てほしい、と胸を張ってみせた。 &lt;br /&gt;
　有権者にはそれぞれ賛否のある課題だろう。だが、それらはいまの政治が取り組むべき最優先課題なのか。そんな違和感が積もり積もっていたことは、世論調査などにも表れていた。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　首相が政権戦略を誤ったのは、第28回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html&lt;/a&gt;）で述べたように事実である。&lt;br /&gt;
　しかし、そのことは「優先課題を見誤った」という意味ではなく、政策実現のスピードの問題であろう。05年の小泉選挙の大勝によって、安倍総理が少し時間感覚で悠長に成り過ぎたことは事実である。少しぐらい結果が表れなくても、国民の不満が出ないと思ったのだろうが、それは今の国民感覚とは少しずれている。例えば、教育基本法は通ったが、これによって何かが変わったかと言えば、何もない。やはり３か月単位程度で何らかの目に見える改革の成果が出なければ、国民は退屈してしまうだろう。&lt;br /&gt;
　また、朝日新聞がどう言おうと、やはり日本の優先課題は安全保障問題である。例えば、民主党の外交政策は、次のとおりであるが、この内容では安全保障を全うすることはできないだろう。　&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;７　主体的な外交を確立する。&lt;br /&gt;
● わが国外交の基盤として、相互信頼に基づいた、強固で対等な日米関係を構築します。&lt;br /&gt;
● 自衛隊のイラク派遣を直ちに終了します。&lt;br /&gt;
● 国連を中心に世界の平和を構築するため、国連の平和活動に積極的に参加するとともに、国連改革を主導します。&lt;br /&gt;
● 中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係構築に全力をあげます。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　民主党の政策では、日本の平和と安全にとって死活的に重要な日米同盟の信頼を損ない、実体のない国連に頼るだけになり、日本を北朝鮮の核の深刻な脅威の下にさらし続けることになる。&lt;br /&gt;
　また、拉致問題についても、中国や韓国に過大に期待することになり、問題解決の進展は期待できない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、前回と同じ結論になるが、これまでの安倍政権の政権運営は、）寨茲寮嫐海諒△鉢⊂泉政権の二番煎じ、という特徴で総括できると思います。早急にこのような状態から脱却して本来の安倍総理の歴史観や国家観に根ざした政治に取り組まない限り、内閣支持率が上がる可能性はないので、安倍総理におかれては身命を賭してこのような大事業に取り組む覚悟が必要であると思います。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14702791.html</link>
			<pubDate>Tue, 31 Jul 2007 22:14:02 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第28回　「成長を実感に！」（自民党参院選公約パンフレット）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今回は普通の本ではなく、自民党の参院選公約を掲載したパンフレットです（&lt;a HREF=&quot;http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2007_seisaku/kouyaku/index.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2007_seisaku/kouyaku/index.html&lt;/a&gt; ）。参院選で自民党の退潮と民主党の躍進が確実な情勢ですが、昨秋に盤石の勝利で発足したはずの安倍政権がなぜこれほどあっけなく敗北の淵に追いやられたかは全くの驚きですが、今回の敗因はやはりこの９か月間の安倍政権の政権運営にあると思われます。その有り様はこの選挙用パンフレットに集約して反映されていますので、今後の政権運営のあるべき姿を検討する意味で、このパンフレットの利点欠点について検討したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;その実現に向けて、いまを生きるあなたのために、未来を担う子供たちのために、われわれ自由民主党は、１５５の約束をします。その中でも特にわたくしは、&lt;br /&gt;
　「年金制度」を信頼できるものに再構築すること&lt;br /&gt;
　「公務員制度改革」を断行すること&lt;br /&gt;
　………&lt;br /&gt;
　「主張する外交」を展開し、「拉致問題」を解決すること&lt;br /&gt;
　「新憲法制定」を推進すること&lt;br /&gt;
これらを重点課題と位置付け、皆さんとの約束を必ず果たします。&lt;/font&gt;」（22、23頁）&lt;br /&gt;
　これは今回の公約のメニューを表す部分であるが、ここに今回の自民党の戦略と敗因が象徴されていると思う。本来なら公約は、理念的なものから具体的なものへ、安全保障的なものから経済的なものへ、対外的なものから対内的なものへと並べるのがあるべき姿だろうが、今回は年金記録がらみがトップに来ており、本来の安倍政権の目玉である新憲法制定は最後になっている。これを昨年の自民党総裁選挙立候補表明時の政権構想と比較すると、その違いがよく分かる（&lt;a HREF=&quot;http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt4/20060901AS3S0100J01092006.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt4/20060901AS3S0100J01092006.html&lt;/a&gt; ）。&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;政権の基本的方向性 &lt;br /&gt;
　〔文化・伝統・自然・歴史を大切にする国〕 &lt;br /&gt;
　　○新たな時代を切り開く日本に相応しい憲法の制定&lt;br /&gt;
　　…………&lt;br /&gt;
　〔自由と規律の国〕 &lt;br /&gt;
　　○教育の抜本的改革&lt;br /&gt;
　　…………&lt;br /&gt;
　〔イノベーションで新たな成長と繁栄の道を歩む国〕 &lt;br /&gt;
　　…………&lt;br /&gt;
　〔世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのあるオープンな国〕 &lt;br /&gt;
　　…………&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　ここでは新憲法の制定がトップに来ているから、その違いはあきらかである。このような形になった原因は、第18回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13827133.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13827133.html&lt;/a&gt; ）の冒頭で述べたように安倍政権が「政治課題の争点化に失敗したから」だと思う。具体的には総理就任早々、無意味な訪中・訪韓をしたり、村山談話・河野談話を継承するとしたりして自らの責務を手仕舞いしてしまったことであるが、この点は第18回で詳しく述べたので繰り返さない。&lt;br /&gt;
　それにしても不気味に思うのは、なぜ今時急にこのような年金記録紛失問題がクローズアップされてきたかである。このようなことはおそらく社保庁内部では公然の秘密であって、以前から自治労経由で野党の耳にも入っていただろう。巷間、これは社保庁官僚又は自治労が社保庁改革潰しのために野党やマスコミにリークしたとの噂が流布している。例えば、田原総一朗氏は社保庁官僚主犯説をとり、次のように言っている（&lt;a HREF=&quot;http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070719_20th/index1.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070719_20th/index1.html&lt;/a&gt;）。&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;安倍内閣は、社会保険庁を解体して、一度全員クビにして、民営化すると言っている。………。だから僕は、社会保険庁がこぞって、いわばクーデターをしかけたのだと思っている。つまり、社会保険庁の年金がめちゃくちゃな状態であるということを、社会保険庁自らが広めたということだ。社会保険庁の年金がめちゃくちゃな状態で、消えているのか、宙に浮いているのかすらわからなくなっていることを、社会保険庁は厚生労働省や官邸に一切報告しなかった。民主党の長妻昭議員が社会保険庁に手をつけたのが去年6月、そして、5000万件以上もの行方不明の年金があると発表したのが今年2月。ところが、安倍首相や塩崎官房長官がこのことを知ったのは6月に入ってからだ。つまり、社会保険庁は、政府・官邸には何も知らせずに「大丈夫、大丈夫」と言いながら、民主党を中心にした野党、そして週刊誌、新聞に、いかに年金の記録がめちゃくちゃになっているかを、どんどんリークしたのだ。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　もしこれが真実なら自民党もなめられたものであると同時に、社保庁官僚又は自治労は戦略家として見事なものである。というのはこのようないわば「自爆攻撃」をしかければ、当然にその反動として一層、社保庁官僚及び自治労に不利益な改革がなされることは容易に予測できるからである。そのリスクを熟知してこのような行動に出たとすれば、彼らはそのような改革がなされる可能性がないと予測していたことになる。実際、この問題が明らかになって以降の自民党の対応は単に問題の火消しに終始しており、年金運営組織の改編を伴うような新たな年金制度改革は一切、出てきていない。これでは自民党は単に防戦一方の印象であり、参院選が危うくなるのも当然である。&lt;br /&gt;
　では参院選後も安倍総理が続投できるとして、今後、安倍政権はどう局面を打開すべきだろうか。私は三つあると思う。第一は対東アジア外交において本来の責務を果たすことであり、第二は年金制度の廃止を含む社会保障制度の抜本的改革であり、第三は経済水準の一層の引き上げである。&lt;br /&gt;
　第一については何度も述べているので繰り返さないが、早急に着手すべきはやはり河野談話の見直しの表明だろう。これについては、６月27日に平沼赳夫氏を世話人代表として自民党・民主党議員有志一同の名で従軍慰安婦問題に関する米国下院決議について「河野談話の歴史的検証」を求めた「米国下院外交委員会決議121号への声明文」が出されている。平沼議員の復党はもちろんのこと、今後、民主党からも議員の引き抜きを図る際には安倍総理と同じ歴史認識を持つ議員の引き抜きが最も容易であるから、安倍政権がこれに同調することは与野党バランスの修復に大きく寄与するだろう。&lt;br /&gt;
　第二については、今回の民主党の選挙キャッチフレーズである「国民の生活が第一」が高齢者を中心にしてかなりインパクトを持っているので、社会保障制度をやはりきちんと再設計する必要がある。その眼目は経済財政諮問会議の骨太の方針や前回の年金制度改革の際にも議論された「国民年金の全額税負担化」と「報酬比例年金の民営化」である。その目的は所得再分配の機能のない報酬比例年金を民営化して、その機能を国民年金の全額税負担化によって強化することである。その有名な論者である神戸大学大学院経済学研究科教授の小塩隆士氏は次のように説明されている（&lt;a HREF=&quot;http://www.esri.go.jp/jp/forum1/020930/kicho101.pdf&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.esri.go.jp/jp/forum1/020930/kicho101.pdf&lt;/a&gt;）。&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;年金改革の目指すべき目標は、公的年金の規模縮小――これに尽きる。とにかく政府は、賦課方式で運営されている現行制度のスリム化を目指さなければならない。現行の公的年金は、維持するにはあまりに重過ぎる。政府は、守れる見込みのない約束を国民にし続けてはならない。「ない袖は振れない」ことを正直に示すべきである。もちろん、自己責任で個人のリスクは高まるが、制度が破綻するリスクのほうがはるかに恐ろしい。理想的には、公的年金は基礎年金部分だけとし、その財源は高齢者医療・介護とともに消費税（福祉目的税）で徴収すべきである。財源調達の方法は所得比例の保険料方式でも構わないが、強制力を大幅に強める必要がある。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　小塩教授はここではその目標を「公的年金の規模縮小」としているが、次の文章でははっきりと報酬比例年金の問題点を指摘している（&lt;a HREF=&quot;http://www.heri.or.jp/hyokei/hyokei91/91zinko.htm&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.heri.or.jp/hyokei/hyokei91/91zinko.htm&lt;/a&gt;）。&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;しかし、最後に、注意すべき重要な点を指摘しておこう。それは、高齢層といっても一括りにはできないという点である。厚生労働省「所得再分配調査」を見ても、高齢層の所得格差の度合いは、税や社会保障など再分配政策を行った後の所得で見ても若年層よりかなり大きくなっている。これは、現行の税や社会保障制度が高齢層内部の所得再分配を十分に行っていない結果である。………。&lt;br /&gt;
　ところが、社会保障は、社会的なリスクを社会の構成員で分散することを第一義的な目的とする制度であり、所得格差の是正そのものを目指した制度ではない。公的年金の報酬比例部分は、現役時の賃金格差をそのまま持ち上げる仕組みだし、医療や介護も、所得に応じて給付が制限されるわけではない。これらは、制度が社会保険の仕組みとして運営されているからである。しかし、その財源はかなりの程度、現役層が負担しているわけだから、支援の必要性が低い高齢者を支援し、その一方で、支援を真に必要とする高齢者の救済が不十分になっているという弊害が出てくる（清家・山田（2004）参照）。&lt;/font&gt;」&lt;br /&gt;
　このことは所得の平準化によって国民経済全体の限界消費性向を高め景気回復に資するだけでなく、より重要なことはこれを行えば、年金組織の運営に必要な人員を抜本的に減少させることができるから、自民党にとって今回売られた喧嘩を十分に買うことができることである。&lt;br /&gt;
　第三については、小泉政権以降の経済政策は供給を高度化することによって需要を増やそうというサプライサイド論の色彩が強く出ているが、これは消費という最終需要を担っている国民に対する政権の政治的臆病さがもたらしているものであって、需要をいかに増やすかに経済政策の主眼を移行させていく必要がある。&lt;br /&gt;
　その手段としては、一つは私の主張では、このブログの第２回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/11725914.html&lt;/a&gt; ）や第５回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/12577075.html&lt;/a&gt; )で何回も言ってきたように、中国が本格的に為替レートのインチキを始めた94年から日本はずっとデフレなのであり、為替レートでインチキをしている相手と貿易しても利益があるはずがなく、何としても人民元の変動相場制化に圧力をかけなければならないことである。&lt;br /&gt;
　また、二つ目は、政治的立場から私のような主張を受け入れられない人々にとっては、第13回（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/13398966.html&lt;/a&gt; ）で森永卓郎氏が「世帯あたり一五○○万円を超える部分にだけ、一律三％の税率をかける」と提案している「金融資産課税」の方法によることになる。同じ需要要因として投資減税や金融支援によって投資を増やすことも可能だが、日本経済にとっては最終需要たる消費の水準の低さが成長のネックになっていると思われるので、喫緊の課題ではないと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、残念ながらこれまでの安倍政権の政権運営は、）寨茲寮嫐海諒△鉢⊂泉政権の二番煎じ、という特徴で総括できると思います。早急にこのような状態から脱却して本来の安倍総理の歴史観や国家観に根ざした政治に取り組まない限り、内閣支持率が上がる可能性はないので（そうやったからと言って、必ずしもそうなる確証はないが）、安倍総理におかれては身命を賭してこのような大事業に取り組む覚悟が必要であると思います。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14581253.html</link>
			<pubDate>Sun, 29 Jul 2007 09:21:53 +0900</pubDate>
			<category>選挙</category>
		</item>
		<item>
			<title>書評第27回　「姿なき占領」（著者　本山美彦　07年１月㈱ビジネス社発行）</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　これは京都大学名誉教授、福井県立大学大学院経済・経営学研究科教授の本山美彦氏がアメリカとの市場開放交渉に異議を唱えているものです。私にとってはこの著者や小林よしのり氏、藤原正彦氏、関岡英之氏などによるこの種の市場閉鎖的な主張は、旧来の左翼理論の現代的焼き直しにしか見えないのですが、最近は保守系雑誌にも掲載されることがあるので取り上げました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;保険会社がまず企業に保険を売る。保険料が安ければ安いほど、保険は売れる。契約する企業も安いほど助かる。保険会社は安く売るために、安い価格で医療サービスという商品を売ってくれる医療機関や医師を捜し出す。&lt;/font&gt;（中略）&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;医療サービスという商品を安く提供する羽目に陥った医療機関は、医師の数、看護師の数、受付の数をぎりぎりまで減らそうとする。こうして、医療内容が悪化する。&lt;/font&gt;（中略）&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;日本は、国民皆保険である。これはすばらしい制度であり、日本の貴重な財産である。&lt;/font&gt;（中略）&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;それを日本政府は、医療費の高騰を理由に捨て去ろうとしている。医療に市場原理を導入するとして医療保険を民間会社に委ねようとしている。市場原理を口実として、「公」の世界を「私」の世界に開放しようという米国企業の圧力に神されて、日本の医療政策の大転換が起ころうとしている。&lt;/font&gt;」（22、23頁）&lt;br /&gt;
　民間保険にすれば医療内容が多様化するとは言えるが、「医療内容が悪化する」ということはないだろう。良い医療が欲しい人は大きなお金を出せばよいし、ほどほどで良いなら、ほどほどのお金を出せばよいだけである。もし著者のいうとおりなら、世の中に良いサービスはなくなってしまうはずだが、現実にはそんなことはない。&lt;br /&gt;
　また、医療は公共財的性格も持つが、「公」の世界にしなければならないと言えるほど、その公共財的性格は強くない。食事が医療と同じくあらゆる人々にとって必要な物だからといって、八百屋や魚屋を公的機関にする必要がないのと同じである。実際、医療が公の世界なら開業医は何なのだろうか。要するに保険制度とは代金の負担の仕方の問題だから、もし公的保険にして税金を入れた方がよいというなら、最初からその税金で低所得者を救済した方がよほど彼らにとってはメリットが大きいだろう。&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;管理医療システムを効率よく運営するには、医療保険を販売する民間保険会社が直接、病院経営に乗り出せばよい。医師は保険会社の従業員であり、保険会社から給料をもらうのだから、届い主の保険会社は会社命令として提供すべき医療サービス、そして医師の給料をも決めてしまう。&lt;br /&gt;
　医師残酪物語がここから始まる。医師が競争にさらされる。同僚より安いコストで治療できると特別手当がつく。コストばかりかかる医師は減俸処分だろう。神風医療が横行することになるだろう。なるべく短い時間に、できるだけ多くの患者を診なけれぱならなくなるからだ。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;（中略）&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　医師会が医師の労働組合になってくれるならまだしも、恐らくは無理だ。医師の大量失業時代が始まり、誇りを踏みにじられた医師は、安価な労働提供者になってしまう可能性が高い。&lt;/font&gt;」（26、27頁）&lt;br /&gt;
　なぜそんな風に一概に決めつけられるのだろうか。今でも健保組合直営の医療機関もあれば、そうでないものもあるし、今後も同じようになっていくに過ぎないだろう。著者の見解に従えば、健保組合直営の医療機関では神風医療が横行していることになるが、果たしてそう断言できるのだろうか。&lt;br /&gt;
　実際、著者が批判しているアメリカでは、「医師の大量失業時代」が始まっているのだろうか。妄想物語もここまでくれば大したものである。著者の見解は単なる鼻持ちならない特権意識である。おそらく本音を言えば、著者は患者のことはもちろん、医師のことさえ考えているわけではなく、一番心配しているのは、公務員教師である自分の立場だろう。このことは図らずも次の部分で吐露していると言える。&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;民間保険会社が、病院を経営するようになれば、医師や看護師の外部評価が出されるだろう。大学の講義で、受講生が講義の善し悪しを評価する制度になったことと、それはよく似ている。どんなにいい講義、どんなに実力のある学者が、懸命に受講生の学問意欲をかき立てようと努力してもムダとなる。内容のない紋切り型の分かりやすい講義を、スライドを交えて、つまり学生の目を見て話さなくても、映し出される写真で強烈なインパクトを与えることができる講師が、学生から高い評価を与えられるのだ。&lt;/font&gt;」（27、28頁）&lt;br /&gt;
　この先生はよほど国立大学の法人化で「受講生が講義の善し悪しを評価する制度になったこと」が不満なようである。普通の経済社会ではサービスの供給者が需要者から評価を受けることは当然のことであり、そのようなことさえ我慢がならないと言うのであれば、プロの職業人として失格である。「どんなに実力のある学者」とはおそらくご自分のことなのだろうが、それはご自分ではなく他人が決めることである。&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;残念ながら、総じて高収入の人というのは健康である。逆に低所得者層は病気になりやすい。こうして、低所得者層は保険の恩恵を受けることができなくなる。&lt;br /&gt;
　優良な契約者を確保するには、大企業との大口保険契約を結ぶのが一番手っ取り早い。大企業に勤務している人は健康な人が多いからである。優良でない企業には見向きもしない。そして、そうした従業員には高い保険商品を売りつける。低所得者層はそうした高額商品を買えない。こうして無保険者が増えてしまうのだ。あるいは、保険会社が企業と契約してくれていたお陰で、入院治療が受けられ、保険料を支払ってもらったとしても、その従業員が職場に復帰する際、企業側が次回の高額治療の負担に快えて、職場復帰を認めない事態も想定される。これもまた無保険者が誕生する一場面である。&lt;/font&gt;」（32、33頁）&lt;br /&gt;
　社会保険制度には所得再分配機能が乏しいので、公的医療保険制度があろうがなかろうが、低所得者層は低所得者層であり、低所得者層を金持ちにするわけではない。要するに年金や医療保険などの社会保険制度は一定以上の所得や資産を有する恵まれた人々にとっては得なものであるが、それ以下の人々にとっては決して有利なものではないということである。&lt;br /&gt;
　現在、国保の保険料が払えずに医療サービスを受けられない人々の存在が社会問題となっているが、平成19年度予算において国は医療費として8兆4,209億円を計上しているのである（&lt;a HREF=&quot;http://www.wam.go.jp/wamappl/bb11GS20.nsf/0/084f16e1b27289a3492572660007abb2/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.wam.go.jp/wamappl/bb11GS20.nsf/0/084f16e1b27289a3492572660007abb2/&lt;/a&gt;$FILE/20070116_1yosan.pdf 「●予算概要」をクリック）。例えば一人当たりの年間医療費を60万円（月5万円）とすれば、この金額は1,403万人の国民が1円の負担もなしに医療サービスを受けられる金額である。国は十分な予算を費やしているのであるが、制度がまずいとしか言いようがない。社会保障費に回せる国の予算が限られている以上、税金で恵まれた人々も一緒に助けるこれまでの社会保険制度は限りなく縮小し、所得再分配機能に絞った生活保護などの社会扶助制度に予算を優先投入していくことが日本にとって必要な改革である。&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;小泉政権が、二○○一年四月二六日の発足後、いわゆる「骨太方針」（正式名は「今後の経済財政運営及ぴ経済社会の構造改革に関する基本方針」）を閣議決定したのは、二○○一年六月二六日のことである。そこでは第一項目に「経済再生の第一歩としての不良債権問題の抜本的解決」が褐げられていた。そして次のように続いている。「二一世紀にふさわしい安定した金融システムを構築する。直接金融システムを重視したシステムに円滑に移行するために個人の株式投資にかかる環境整備を行うなど証券市場を活性化する。金融システムの構造改革という観点から、銀行の株式保有のリスクを適切に規制する」これは一体何だろうか。規制緩和というスローガンによって、米国の思惑通り、日本型金融システムの根幹であった間接金融＝銀行を主体とした企業編成を破壊するために、銀行による関連企業の株式保有を「規制」するというのだ。&lt;/font&gt;」（45、46頁）&lt;br /&gt;
　「銀行の株式保有」を規制したのは、銀行の保有株式の株価変動リスクを回避するためであって、「間接金融＝銀行を主体とした企業編成を破壊するため」でないことは自明のことである。&lt;br /&gt;
　また、自分で商売をやっている人間にとっては、少なくともこれまでの日本の銀行の行動を賞賛する気にはならないだろう。日本の金融の特徴は担保主義と個人保証であるが、それらから事業金融への転換が随分前から叫ばれているにもかかわらず、なかなかそれが進展しないのは、他人の金を預かって貸しているという間接金融の本質がもたらしているものである。もちろん株式市場を整備したからといってそれがすぐに直接金融に転化するわけではないが、「千里の行も足下より始まる」であり、株式投資への関心が薄かった日本人に関心を持ってもらうには、まずその透明性を確保しなければならなかったのは、当然である。&lt;br /&gt;
・「&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;規制緩和とは、これまで「公」に属し、ほとんど無料であった分野を「私」、つまり民間に開放し、有料にすることである。要するに、これまで存在しなかった市場が、規制緩和によって突如出現するのだ。金儲けをしてはならなかった医療機関が、営利法人の傘下に入っていいという規制緩和によって、医療市場は爆発的に拡大するだろう。それよりも巨大な市場としての可能性があるのが教育なのだ。国や地方自治体が財政難となり、無料ないしはそれに近かった公的教育機関が、株式会社へと売り飛ばされる。当然、高い授業料が設定されるようになるのは明白だ。&lt;/font&gt;」（107頁）&lt;br /&gt;
　「公」に属していたからといって「ほとんど無料であった」わけではない。納税者は税金としてその分のコストを負担してしているのである。大学の先生ともあろう人がなぜこんな子供だましの嘘をつくのだろうか。福井県立大学は一体、早稲田や慶応などの私立と違う教育をしているというのだろうか。もし同じなら福井県立大学を県立にしておく必要はないだろう。そしてその費用で低所得者子弟のために奨学金制度を整備した方がよほど低所得者層にとってはメリットがあるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて総括すれば、最近のこの種の反米的議論が最悪、反米に止まってくれるならさほど問題ないのですが、反米はどうしても親中に転化しやすいところがある（例えば、関岡英之氏の近刊は「仕組まれた「構造改革」と汎アジア共同体構想」）ので、注意が必要です。ただし、この種の主張が多く出てくるのは、なかなかデフレ不況から離脱させることができなかった小泉政権の経済政策のまずさと安倍政権の対中・対韓宥和姿勢にあり、どっちもどっちという感じがします。しかし、アメリカとの競争の敗北は最悪、経済に止まるのに対して、中国との競争の敗北は安全保障に直結するので、この種の議論の世論に与える影響はチェックしておかなければならないと思います。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kaneko_yoshiharu/14497168.html</link>
			<pubDate>Fri, 27 Jul 2007 08:12:37 +0900</pubDate>
			<category>その他経済</category>
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