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五十嵐威暢展の毎日デザイン賞決定の項に載せた五十嵐威暢特集の雑誌のコピーが、滝川ホテル三浦華園社長からどっと送られてきました。
その中にあった「BRUTUS Casa 2月号」の「帯広で150軒の住宅を設計した建築家」という5ページ特集が面白かったので紹介します.
これは五十嵐威暢さんの「生涯、帯広にとどまり、150軒の住宅を設計し、600件の建築を手がけた叔父がいる」という一言からスタートした企画だそうで、植田実さんが取材、執筆しています。(写真はCasa特集のフロントページから)

記事のプロフィルによると、五十嵐正さんは1912年滝川生まれ、五十嵐太郎吉の6男。日大工学部建築学科卒。木田建設設計部を経て51年38歳の時に建築設計事務所を開設、以後帯広を拠点に活動、81年死去。享年68歳。丹下健三より一つ年上、滝川が生んだ先輩です。
帯広の町で150軒とはすごい。札幌の圓山彬雄さんの100住宅設計記念展を数年前に見たことはありますが。

植田さんは2日間で60の建築を見て回った。こんな感想が書かれています。
■「設計を依頼されたものはすべて自分の「作品」としてしまうスター的建築家」、「裏方に徹する地道な建築家」、「よくある図式があるとしても、そのどちらにも五十嵐は属していない・・・五十嵐は臨機応変、好きなようにやっている」
■「住宅の玄関は、袖壁で囲ったりポーチ風にしたり、扉の脇の壁に外灯を取り付けたりと、作法が感じられ、これが五十嵐建築を見分ける目安になる」「鋳鉄の飾り格子を塀に大々的に並べたり、本来の使い方から90度倒して壁に取り付けてスクリーンにしたり・・・どれもが既製品なのだ」「「こうした建築資材は完成すべき建築の一片ではなく、彼なりの絵を描き上げる上での画材に過ぎない。そんな気配がある」
■「こうした特徴らしきものが浮かび上がってくるが・・・建築家の個性といえるオリジナルな形態や色合いはどこにもない。そういうものをこの人はまったく必要としていない」
■「見えてくるのは、設計することの楽しさ、その楽しみの深さである。それは独創などという作り手の欲望とも縁がなく、しかしお仕着せですませる効率化からはさらに縁遠い楽しみである」 

それにしても、60もの建築をよく飽きもせずに見たものだと思ってしまいますが「むしろ気持ちがやわらいでいった」と、植田さんは書く。仕事振りは
■「朝9時頃に来て、帰りは深夜なんて当たり前。朝まで設計に夢中になっていたこともしばしば。土日も関係なし・・・スタッフ任せには絶対せず、何から何まで自分が細かくスケッチした」
■「外壁の吹き付けの色を決める時は、晴れたと曇りの日とでの見え方の違いを確かめるために、先生は遠くから近くから眺めておられました」(松本ダンス教室の松本道子さん)

植田さんの結論は「今の社会で受け止められている意味での建築家ではない。やはり町や村のお医者さんに近い」「五十嵐威暢さんにとり・・・デザインへの夢に誘ってくれたルーツだった」

ながくなりましたが、感じがわかったでしょうか。帯広に行って見たくなりました。(目をあげて)

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