オニャンコポンな絵葉書たち

現在、パソコン故障で冬眠中。気が向いたら動き出します。

宮崎の絵葉書と風景

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今日は新シリーズの準備が出来るまでのつなぎで、手持ちの画像から。
 
宮崎市の元祖チキン南蛮の店「おぐら」の瀬頭店。
 
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肉のジューシーさとタルタルソースが決め手。
 
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店内はトロピカルムード。
 
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撮影日:2008年8月6日

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撮影日時:2007年8月22日11時32分、11時57分。

8月に実家に帰省した際に西都にうなぎを食べに行った。

本当は一番有名な入船に行く予定だったのだが、お盆明けの店休日で

代わりに行ったのがここ藤うなぎだった。

宮崎での東国原知事フィーバーは想像以上で、この店の前にも

知事ののぼりが立っていた。

この店はうなぎのバター焼きとか生姜焼きとかの変わりメニューが豊富だが、

この日は普通の定食を食べた。

味はオーソドックスでちゃんと呉汁がついているのが宮崎らしかった。

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画像は明治15年の鹿児島県発行の地券だ。

地券とは昔の土地の権利書のようなものだが、

この地券を見て、私はおやっと思った。

というのは地券の住所が「日向国那珂郡下田島村」となっていたからだ。

住所の下田島村は現在の宮崎市佐土原町にある。

日向国なのに何故鹿児島県か、と一瞬考えたが、宮崎県の歴史を

思い返してみるとすぐに答えは出た。

宮崎県は明治6年1月15日に美々津県と都城県が合併して誕生したが、

明治9年8月21日には鹿児島県に併合されてしまう。

その後、分県運動により再び宮崎県が独立したのは明治16年5月9日だった。

画像の地券はこの鹿児島県に併合されていた時代に発行されたものなのだ。

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画像は昭和8年の祖国日向産業博覧会の際に発行された
日向名勝絵葉書のセットの1枚「宮崎神宮」

高校時代、冬になると体育の授業は長距離走で、

この宮崎神宮の周囲をよく走っていた。

歴史が新しく、古い建物がほとんど残っていない宮崎市の中では

戦前から変わらない姿を残しているのは、この宮崎神宮と

昭和7年建設の宮崎県庁舎本館くらいなものだろう。

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画像は大正前期の絵葉書「日向宮崎町橘通・宮内旅館」

宮内旅館は現在の橘通西2丁目の県庁交差点附近にあったようだ。

旅館の1階は商店になっており、玄関前には撮影用に持ってきたと思われる

立派な人力車が並んでいる。

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