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『平和記念像』
天を指す右手で原爆の脅威を、水平に伸びた左手で平和を、軽く閉じたまぶたは犠牲者の冥福を祈っているそうです。
日本は大変平和な国です。諸外国と比べても、夜中にひとりで歩いていても命を狙われる危険性、自らの財産を奪われることなど滅多にありません。それは、日本社会には自ら気づかない中にお互いをサポートする仕組みが築かれているからだと思います。つまりは、お互い様、お陰様の精神が日本人にはあるからでしょう。
しかし、そうした日本人の培われてきた精神は、バブル経済の崩壊以降、失われてきているように思います。昨今の自殺者数は3万人以上を数えます。自らの命を安易に絶ってしまう行為は、相手に対しての思いやる気持ち、人はひとりでは生きていけないという人間の根底の部分が揺らいでいるからだと思います。
イジメの問題が社会的に取り上げられています。マスコミはどこも同じ論調で日本全国で起こるイジメについての報道を繰り返しています。発生する事件を報道すること自体、マスコミの仕事です。しかし、何故、この問題がいつまで経っても解決できずにいるのか、古くて新しい問題として事件が発生する度に皆が思うことではないでしょうか。
ある中学校では平和教育を理解する一貫として長崎に修学旅行に行っています。皆さんご存知の通り、長崎は昭和20年8月9日、原子爆弾が投下され多くの犠牲者を出している地です。教科書などで戦争の悲惨さや悲しみを子供たちに理解させることは大切なことですが、やはり百聞は一見にしかずと云います。自らの目で見て、被爆者の方の生の声を聴く、この自らの体験が命の尊さを肌で感じるのです。
ある中学生は『人というものは一人では生きていけない。たくさんの人との出会いがあるからこそ、今の自分、そしてこれからの自分が創られていく。そのためには他者を思いやる心と実行力が必要だ。それが本当の平和を生み出す根源だ』と語っています。私はこの言葉を耳にしたとき、イジメ報道で大人がたいそうな理屈を並べて講釈してみても何も解決はしない。まずは子供たちに平和への意識を理解してもらうために、広く見聞させることが平和の大切さ、命の尊さを育むことになると確信します。
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